すべての善いことは神様から来ます。神様はすべてのことを自分の子供たちのためにしてくれます。わたしたち一人一人も神様の大切な子どもです。そして、子供たちが神のようになる助けをしてくれています。神様がわたしたちに望んでいることは次のことです。

「見よ、人の不死不滅と永遠の命をもたらすこと、これがわたしの業であり、わたしの栄光である。」(モーセ1章39節)

あなたは神様の存在を信じますか?

日本の祭や文化を学ぶと、ありとあらゆるものに神様が宿っているという教えを知ることができます。昔から農作物や生き物など、自然の恵みを受けていたので、天災などの自然現象から神の存在を感じるようになったと言われています。

末日聖徒イエス・キリスト教会の会員として、わたしは神様を信じています。文化や教訓としてというわけではなく、実際に神様からの恵みと助けをもらって生活しています。

文明が発達した現代で、神様を信じていたらおかしいでしょうか?

神様ってどんなの?

末日聖徒イエス・キリスト教会が信じている神様は完全でとても愛が深く、そして正義のお方です。 

末日聖徒イエス・キリスト教会が信じる神様

  • 私たちの天の父

神様はわたしたちの霊の父です。わたしたちは体と霊で出来ています。霊は今の私たちの個性を持っています。

神様はすべてを創造しました。わたしたちが善悪を経験して成長できるように地球を作ったのです。そして成長した姿でまた神様の元に戻ってくることを望んでいます。

「全人類を父親としての思いやりと心遣いをもって見ておられます。」(『歴代大管長の教え-ジョセフ・スミス』39)

子どもが親のように成長するように、わたしたちも神様のようになることができます。

神様は御自身の最初の子である、イエス・キリストをわたしたちの救い主・贖い主として送ってくれました。キリストの助けと犠牲のおかげで、わたしたちは助けを受けて、死んだ後に神の御元に戻って、神様やキリストのようになれるのです。

  • 完全な御方

神様は完全な御方です。ケガもしなければ病気もしない、そして疲れない体を持っています。

神様の知識も完全です。何でも知っています。ですから、わたしたちのためになること、わたしたちに必要な事を知っていて、必要な試練やそれを乗り越えるための方法を準備しています。

  • 万物を創造された

神様が創造された宇宙や、壮大で美しい自然の仕組みからは神様の存在を知ることができます。

昔のイタリアの詩人だったダンテ・アリギエーリは「自然は神の芸術なり」と言っています。

  • 正義

神様は正義の御方です。公平で公正に判断されます。

人から見たら、ある一部の人だけが幸せそうに見えて不公平だと感じるかもしれません。しかし、神様はすべての人が公平に幸せを感じるチャンスも、成長する試練も用意しています。

また罪を犯した人への報いは神様が与えます。反対に、良いことをした人には祝福を用意しているんです。

  • 優しい

神様はとっても優しいです。わたしたち1人1人を愛してくださっています。

神様の愛は、社会的地位や財産のあるなしでは変わりません。

男性も女性も神様の前では平等です。

また、人種によって優劣を付けません。

ほかの宗教を信じているからということでその人に罰を与えることもありません。
どのような人も同じように愛しています。 ニーファイ第2章26章33節参照

なぜ神様について知ることが必要なのか

もし特に何も信仰しているものがなくても、この記事を読んで少しでも神様について知って欲しいです。それは次の理由からです。

神様を知れば知るほど、神様のことに関心を持つでしょう。そして好きになることもできるでしょう。もし神様がすべてを創造され、あなたのことを心から愛している天のお父さまだということを知れば、あなたは自分の事がもっと好きになるはずです。あなたは自分にもっと自信を持ってもいいんです。

そして戒めを守りたいと思うようになるかもしれません。戒めを守ることは正しいことを選ぶ助けになります。あなたの人生で正しいことを選んで行うことは、いつかまた神様の元へ戻るために必要なことです。

分かりやすい善悪に限らず、何を選んだらいいか分からない時があるかもしれません。しかし、神様や戒めについて知っていたら、選択する基準を自分で持つことができるでしょう。人生で道しるべが見つかるかもしれませんね。

この世の人生で正しい選択をしてきた人は、神様と大切な家族と永遠に一緒に生きることができます。このことを「永遠の命」といいます。

永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります。 

ヨハネによる福音書17章3節

末日聖徒イエス・キリスト教会の会員にとって、この聖句はまさに文字通りの意味です。わたしたちは永遠の命を得るために、神様についてまたキリストについて学びます。

ブルース・R・マッコンキー長老は、神様を知ることについてこのように言っています。

永遠の命を得るという意味で御父と御子を知るとは、御父と御子と同じ事柄を享受し、経験することである。神を知るとは、神がお考えになることを考え、感じられることを感じ、お持ちになる権能を持ち、理解される真理を把握し、行われることを行うということなのである。神を知る者は神のようになり、神のような生活、すなわち永遠の命を得るのである。

ブルース・R・マッコンキー

大切な家族と早くに別れてしまったり、死に対して不安や恐怖があっても、このことを知っていると、心に平安が訪れます。死が絶望的なものから希望に変わることでしょう。

神様が属する神会

神会

末日聖徒は、神様が「神会」という組織に属していると信じています。

神会とは、神様、イエス・キリストが属している組織です。この方々は別々の方として存在していることを信じています。多くのキリスト教が信じている三位一体とは違いますね。

そして、神様とキリストの体はわたしたちと同じような形をしてます。しかし、その体は完全です。ケガも病気もしません。これはわたしたちとは違いますね。

神会のもう一方の聖霊は、名前の通り霊の存在です。

神様とイエス・キリストと聖霊は、別々に存在していますが、目的が一致しているので「1つ」であると信じています。

わたしたちはイエス・キリストの御名によって神様に祈ります。それは神様が究極の礼拝の対象であることを意味しています。

キリストは、主でありわたしたちの贖い主です。つまり、神様とわたしたちの関係を仲介してくれているんです。

聖霊は神様とキリストの使者で、啓示をわたしたちに与えてくださいます。言い換えると、神様やキリストのメッセージを個人的に届けてくれます。

この御三方が一致してそれぞれの役割を果たしてくださっているので、わたしたちは神様の存在を自分で知ることができます。

その1つの例が祈りです。

末日聖徒は、イエス・キリストの御名によって父なる神に祈ります。御父を究極の礼拝の対象として、御子を主、贖い主として、聖霊を御父および御子の使者、啓示者として認めているのです。

教会ホームぺージ、福音トピックス「神会」より
わたしたちの祈りが神に伝えられ応えられるまでのサイクル図
祈りの仕組み

神様が直接わたしに会いに来て、祈りの答えやメッセージを伝える事はありません。

しかしイエス・キリストの御名によって祈ることで、聖霊が神様からの答えやメッセージをわたしに届けてくれます。そして聖霊の影響(みたま)を感じると、とても温かく安心した気持ちになり、元気になります。

神は預言者を通して語られる

神様は個人的に語られるということはなかなかありませんが、昔も今も預言者を通して人々に必要なメッセージをくれます。

預言者とは文字通り、神様の言葉を預かる人です。誰でもなれるのではなく、神様によって選ばれます

旧約聖書の時代から神様は、預言者を通して必要なメッセージを人々に伝えられました。

昔の預言者といえば、例えばモーセ、アブラハム、ノアなどです。神様のこの方法は昔から続いている方法の一つです。

まことに主なる神はそのしもべである預言者にその隠れた事を示さないでは、何事ごとをもなされない。

アモス書3章7節

キリストが十字架に掛けられて亡くなった後に復活しましたが、彼は神様の元に戻りました。その時、キリストの福音も地上から無くなったのです。

それから長い年月が過ぎましたが、神様はある1人の人にキリストの福音と真実の教会を回復するように命じました。

それがジョセフ・スミスです。

末日聖徒イエス・キリスト教会の最初の預言者 ジョセフ・スミス

1842年4月、真実の教会を探していた14歳のジョセフの祈りに応えて、神様とイエス・キリストがその姿を彼に表しました。その後、神様の真理は回復され、ジョセフ・スミスは末日聖徒イエス・キリスト教会の最初の預言者になりました。聖徒とは、キリストに従うことを約束してバプテスマを受けた人々のことです。また古代のキリスト教会との区別で、「末日」という言葉を使います。

古代の人々だけじゃなく、今を生きる人も愛してくださっているので、神様はジョセフ・スミスの特別な経験を通して、この福音と教会を回復しました。

そして今の時代の預言者は、ラッセル・M・ネルソン大管長です。彼はこの教会の17番目の大管長になります。

真理が回復されたこと、また今の生ける預言者がいてわたしたちを導いてくださっていることに、わたしたち教会員は信仰と誇りを持っています。

この動画は、2020年に新型コロナウイルスの感染拡大で、世界中でパンデミックが起きている時に、わたしたちに与えられた預言者からのメッセージです。


何より大切な預言者の役割は、イエス・キリストについて証することです。

 わたしたちはまことに神の右に小羊を見たからである。また、わたしたちは証する声を聞いた。すなわち、「彼は御父の独り子であり、

彼によって、彼を通じて、彼から、もろもろの世界が現在創造され、また過去に創造された。

教義と聖約76章23-24節

 神様とコミュニケーションをとる

神様は預言者を通してメッセージを与えてくださいますが、実は神様と個人的にコミュニケーションができるんです。個人的なことについての導きも得られます。では、気軽に会いに行けるような存在ではないのに、どうやってコミュニケ―ションを取るのでしょうか?

祈り

祈りは、場所や時間を問わずにすることができます。祈りたいと思った時、必要な時いつでも祈ってください。アルマ書34章18-27参照

すべての人の天の父で、わたしたちを愛してくださっているのが神様です。なので、教会に行かないと祈りがささげられないということはありません。もし本当にそうだとしたら、教会に行けない人にとって不公平ではないですか?

心を注いで祈る時、その場所がどんなところであろうと、とっても神聖で特別な空間に感じることでしょう


【聖典】

聖典を読むことによって、神様と一緒に時間を過ごすことができます。

ジェームス・W・マッコンキー3世長老が伝道部会長(宣教師を管理してサポートする召し)があった時の特別な経験をシェアします。

わたしやローレル、また宣教師たちにとって、聖文の中でイエスと時間を過ごすことはすべてを変えました。イエスがどのような御方で、何を大切にしておられるかということに対する感謝の念が深まりました。わたしたちはともに、イエスが教えられた方法やその内容、愛を示された方法、祝福し、仕えるためにされた事柄、主の奇跡、裏切りへの対応方法、人間の難しい感情への対処……祈り、贖いの犠牲、復活、そして主の福音について考えました。

ジェームズ・W・マッコンキー三世 「彼らはイエスがどんな人か見たいと思っていた 」2022年10月総大会

【福音学習】

福音を学ぶことは神様の教えや考えを知って考えることができるのでおススメです。

方法は色々ありますが、いくつか例をあげてみましょう。

宣教師との勉強

希望するなら、どなたでも無料で宣教師と学ぶことができます。後からお金を請求されることはありません。宣教師と勉強したからといって教会に入らなければいけないということもありません。思っていたのと違う、興味がなくなった、一緒に勉強をしたけど教会に入るほどでもない、という場合は勉強をいつでも辞めることができます。

日曜日の集会(聖餐会・レッスンなど)

集会に参加した時に感じたことや学んだことを書き留めるといいかもしれませんね。お近くの教会はこちらから見つけることができます。

わたしに従ってきなさい
末日聖徒が個人や家族で福音を学ぶ時に使うテキストのことです。末日聖徒イエス・キリスト教会の四大聖典を毎年1つずつ学べるようになっています。

福音は自分一人でも学べます

「わたしに従ってきなさい」、教会機関誌、指導者の言葉を聞く集会(総大会)、などすべて無料でHPで使用できます。また誰かと学んで話すことで理解が深まったり、新しい発見やひらめきが生まれることもあります。なので、福音を学んだことや感じたことを誰かにシェアするのはとっても役に立ちますよ。

【心に思う】

これも祈りと同じ様に場所も時間も関係なくできます。むしろ場所や時間にとらわれずに神様について心に思ってみてください。

「本当に神様っているのかな」「神様は今の自分を見てどう思うかな」という疑問でもいいですね。もし神様を信じられない、感じられないと思っていても、きっと身近に思うようになることでしょう。

【必要な儀式を受ける】

神様の祝福を得るためには、いろんな儀式があります。例えば、バプテスマや聖餐などです。ほかにもさまざまな儀式がありますが、それらを受ける時に、御霊(聖霊の影響力)を感じることができます。

また、バプテスマの後に聖霊の賜物をもらう儀式があります。この儀式で聖霊の賜物をもらうともっと聖霊と交われるようになります。つまり、神様の御心をさらに知れるようになるということです。

【神様からのコミュニケーションは御霊、啓示、誰か人を通して】

わたしたちが祈ったり福音を学んで神様とコミュニケーションを取ろうとすると、神様もわたしたちに聖霊を通して働きかけてくれます。

御霊は、生活の中で心に感じる確信や、悩んでいた問題に対する答えの確信を直接与えてくれます。

そして誰か自分の周りの人を通して必要なメッセージや慰めを伝えてくれることもあります。

神様について考えたり、祈ったり聖典を読んだり、福音を学ぶ時に自分がどんな気持ちを感じているか意識してみてください。心に温かいものを感じたり、安心感、平安、元気を感じたら、それは神様からのコミュニケーションかもしれません。

神様とコミュニケーションを取れば取るほど、神様の存在と自分が神様に愛されていることが分かるでしょう。

わたしたちと同じ信仰を持っていなくても、神様について考えてコミュニケーションを取ろうとしてみたら、これまでに書いてきたような経験ができるでしょう。

わたしにとって神様とは

わたしは小さいころから親に連れられて教会に行っていました。しかし教会には同年代の子どもが少なく、学校の友達も教会には行っていなかったので、自分だけ何か違う、と違和感を感じていた時代もありました。

ただ、今思うといつも何かに守られていたと思います。もちろん親や先生たち、習い事の先生もそうですが、習慣になっていた祈りも楽しくなかった教会も、心の奥には楽しさや平安がありました。

大きくなるにつれ、自分の力ではどうしようもできないような問題が起きます。受験で学校を選択する時も、どれがいいのか自分はどうしたいのか分からずただひたすら焦っていました。

しかし祈りを知っていて、神様がその祈りの答えをくれるという知識は、安心感をもたらしました。神様に祈るということを、いつも思い出させてくれるこの聖句が大好きです。

あなたのすべての行いについて主と相談しなさい。そうすれば、主はあなたのためになる指示を与えてくださる。まことに、夜寝るときは、眠っている間も主が見守ってくださるように、主に身を託して寝なさい。そして、朝起きるときに、神への感謝で心を満たしなさい。これらのことを行うならば、終りの日に高く上げられるであろう。

アルマ書37章37節

わたしは祈る時に、神様を近くに感じます。そして、疲れやストレスからやってくる孤独や悲しみも、わたしは神様の大切な子どもだ、と思い出すことで明日への力を得ることができます。

もし今わたしが神様を信じていなかったら、わたしは何に頼って何に安心感を得るのか、と時々考えます。

結局は神様を信じているので分かりませんが、自分に辛いことがあっても、なんだかんだで前を向いてまた歩き出せるのは、神様への信仰があるからです。

まとめ

末日聖徒イエス・キリスト教会の会員として、みなさんに神様、永遠の天の父、についてシェアしました。

しかし、わたしたちの信じている神様は、わたしたちのためだけの神様ではなく、この世のすべての人のための神様です。なので、みなさんも神様から愛されています。

みなさんは神様を信じていますか?もし信じているならどんな神様なのでしょう。

ぜひコメントで教えてください。

今後、もっと詳しくわたしたちの信仰やキリストに関する知識、慰め主である聖霊について説明する記事も投稿していきます。楽しみにしていてくださいね。