質問

有名な絵画や映画などを見ると、多くの天使には大きな白い翼と光輪が描かれています。そして、多くの人がそういうイメージを持っていると思います。しかし、それはただの芸術的な表現なのでしょうか?それとも、天使は本当にそんな姿をしているのですか?ズバリ、天使には翼があるのですか?

答え

『教義と聖約』129章1〜3節には、次のように書かれています。

天に二種の存在者がいる。すなわち、第一は天使である。天使とは、骨肉の体を持つ復活した人々である。例えば、イエスは、「触って見なさい。霊には肉や骨はないが、あなたがたが見るとおり、わたしにはある」と言われた。第二に、完全な者とされた正しい人々の霊である。彼らは復活していないが、同じ栄光を受け継ぐ。

このことから、天使は人のような見た目をしているため、翼を持っていないことが分かります。では、なぜ天使は一般的に翼を持つ姿で描かれてきたのでしょうか。それは文化の違いにあります。

西洋文化では、物事をまさしく文字通りに受け取る傾向があります。比喩やあいまいな言葉を使わず、言いたいことをそのまま表現します。一方、ユダヤ文化を含むほかの文化では、聖書に記されている記述は、より詩的で、象徴性に富んだ形で書かれています。

翼の象徴的な意味を考えると、それが何を表しているかが分かります。翼は、天使が神様の使者として動き、行動する能力を象徴しています。そのため、聖文の中で翼を持つ天使について読んだとき(出エジプト記25章20節、エゼキエル書10章)、それは象徴的な表現として理解すべきなのです。

実際に、預言者ジョセフ・スミスもこの点について同じ質問をし、「彼それらの翼は力の表れであり、動く力や、行動する力などを表す」という答えを受けました。(教義と聖約77:4)

わたしたちは一つの大きな家族

天使は、霊の状態にある者、またはかつて地上に生きていた者として、天の御父の子供たちです。また、天使がわたしたちに非常に近い存在であることも分かっています。ジョセフ・スミスは次のように述べています。

「この地上を去った父母、兄弟姉妹、友人たちが、忠実であり、これらの権利と特権を受けるにふさわしい者であるならば、彼らは再び地上にいる親族や友人を訪れる使命を与えられることがある。彼らが肉体を持って生きていたときに愛した人々に、神の御前から、愛のメッセージ、警告、あるいは戒めと教えをもたらすためである」(『福音の教義』第5版[1939年]435~436頁)。

この約束は、私たちが決して本当に一人ではないことを思い起こさせてくれます。神の助けを求めるとき、私たちは見知らぬ存在を天に求めるだけでなく、私たちを導くために神聖な許しを与えられた、自分たちの祖先の身近で愛に満ちた影響を感じることもできるのです。

参照:Ask Granpa