以下は「改宗:15の宗派からの真のモルモンへの改宗の物語」からの抜粋です。

アロンゾ・ギャスキルは生まれたときから神の存在を知っていました。彼はギリシャ正教(東方正教会)を信仰する家庭で育てられ、ミサの侍者になりましたが、友人から誘われて十代の頃、一度モルモン教とも呼ばれる末日聖徒イエス・キリスト教会に行ったことがありました。「わたしはモルモンの聖餐会は典礼があまりにも少なく、本当のことを言えばかなり退屈でした」とギャスキルは言います。ギャスキルが再びモルモン教を知ったのは、大学に行くようになってからでした。引っ越した町にはギリシャ正教の教会がなかったからでした。

ほかの宗教についてもっと知ろうと、毎週違う教会に出席することを決めました。これは信仰の問題というより、むしろ知的な実験として考えていました。ある晩、彼はモルモン教のインスティテュート・ビルで家庭の夕べに参加していました。

招きを受けて、ギャスキルはその週の水曜日、インスティテュートの奉仕活動に参加しました。会員たちから別の招待を受けて、次の日曜日、彼は教会に来ました。彼はこのように言っています。「それから間もなく、わたしは新しく見つけたモルモン(モルモン教会の会員の呼称)の友達と月曜、水曜、日曜に教会に行く、というサイクルを繰り返すようになりました」

彼の改宗談から、ある力強い瞬間を紹介します。

モルモンの友人に言われた「厳しい一言」

宣教師たちと話をするようになって数か月経ち、教会の礼拝やいろいろな活動に出席するようになった後、改宗のプロセスにおいて極めて重要な経験をしました。わたしは教会の集会が行われるインスティテュートビルにいました。すると長老定員会の会長がわたしを呼び止め、単刀直入にこう尋ねてきました。「アロンゾ、君はいつバプテスマを受けるの?」わたしはあっけにとられながら、こう答えました。「まあ、もし教会が真実と分かったら、多分バプテスマを受けるよ。でもまだ真実かどうか分からないから、分かるまではバプテスマを受けないよ」

彼は真実かどうか知るために何をしているのか聞いてきました。わたしはモルモン書を少し読んだことや、教会について何回か祈ったけど答えを得たとは感じなかったことなどを伝えました。そのため、なかなか前に進む気にはなれませんでした。(わたしは教会について何度も祈っていましたが、答えは来ないように感じていました。でも、それまでの自分の祈りは基本的に「神さま、この教会が真実であるはずがないと確信しています。もしわたしが間違っているなら、教えてください」というものでした。そして祈り終わっても何も起こらず、ただ沈黙が流れただけでした……)

長老定員会(モルモン教の男性で編成される組織の一つ)の会長は次にこう聞いてきました。「毎日モルモン書を読んでる?」わたしは、履修単位数がたくさんあって、聖書は毎日読んでいるけど両方を毎日読む時間はない。、聖書を読むのを止めてまでモルモン書を読むつもりはない、と答えました。

彼の答えは、自分が覚えている範囲では次のようなものでした。「そうか、教会が真実かどうか見つけるだけの時間がないようだね。それならここから出て行って、真実かどうか知りたいと、心から思ったときに戻って来れば?」

わたしは完全に圧倒されてしまいました。ビルを出て、寮までの帰り道、心の中で何度も彼の言葉をかみ砕きました。彼の一見きつい態度に失望し、人生の喜びに満ちた時間が終わってしまったことを悲しく思いました。しかし、寮に近づくにつれ、初めて自分の考えに浮かんだ『彼が正しい』という気持ちにハッとしました。もしこれが真実なら、本当にそれを知る必要がありました。そして、もし嘘であっても、続けて人生を歩んでいくためにそのことをはっきりと知る必要があります。

心からの祈り

わたしは寮に着くと、寝室に入って鍵をかけ、ベッドの横にひざまづき、教会とモルモン書、そしてこの数か月学んできたすべてのことについて、もう一度祈りを捧げました。このことについては前にも祈りましたが、この時は答えを得ることの大切さを本当に感じていました。わたしは教会が真実かどうか自分が神に聞くだけでなく、神が語られる言葉に進んで耳を傾ける必要があると感じました。

天の御父に自分が感じていること、末日聖徒イエス・キリスト教会の教義について理解していることを説明した後、わたしは次のように懇願しました。「もしこれが真実なら、それが分かるような経験が必要です。なぜなら、もしわたしがギリシャ正教を辞めてモルモンになったら、両親を絶対に悲しませるからです」わたしが心から嘆願し、答えがあたえられるのを待っていると、わたしは次のようなはっきりとした言葉を聞きました。「あなたがたは、自分が見ていないからということで疑ってはならない。信仰が試されてからでなければ、証は得られないからである。」(エテル12:6)

そして、ある思いが心をよぎりました。「アロンゾ、あなたはすでにそれが真実であると知っています。あなたが知っていることに従って行動するまではこれ以上あなたに何も与えることはできません」当時のわたしは、祈りに対する答えがモルモン書の言葉で与えられたとは気づいていませんでした。(恐らく、この聖句を読んだことがあったかもしれませんが、祈りの前だったかどうかは覚えていません)祈りの答えは思いがけず与えられ、言い逃れのできないくらい、意義深い方法でもたらされました。わたしは立ち上がり、友人のケンに電話で尋ねました。「モルモン教会では、どうやってバプテスマを受けるの?」

1984年11月25日、わたしは末日聖徒イエス・キリスト教会に改宗しました。1週間後、わたしはアロン神権の祭司に聖任されました。その後8カ月もしないうちに、長老に聖任されました。そしてバプテスマを受けて1年たたないうちに、イギリスへの伝道に召されました。回復された福音への改宗によりもたらされた祝福は、あまりに多く、ここで説明するにはあまりにも霊的なものです。しかし、これだけは言えます。あの日の祈りに対する答えは、わたしの人生のあらゆる場面に影響を与えるものとなったのです。

 

この記事は元々はwww.ldsliving.com に“One Investigator’s Life-Changing Response After a Harsh Confrontation with a Mormon”という題名で投稿したものです。

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