皆既日食や月食を見たことがある人はいますか?実際に見ると、とても神秘的な時間を経験することができます。また2026年2月下旬には惑星直列という天体ショーがあります。
これは、惑星が実際に一列に並ぶのではなく、それぞれの惑星が公転している中、この地球から見ると一列に並んでいるように見える、という現象です。
このように度々観測されるさまざまな天体ショーを、古代の人々も見ていたことがあらゆる記録から分かっています。昔の人は特にそこに文化や宗教を重ねたりしましたが、天体ショーは人間の解釈だけなのでしょうか。
聖書やモルモン書などの聖典を読んでいくと、天体現象は単なる偶然ではなく、意味を持つしるしとして描写されていることに気づくでしょう。
この記事では、聖文が天体を用いて何を語っているかについてフォーカスします。占星術や予言の解釈ではないことをご了承ください。
聖書は天体をしるしと定義している
天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、天のおおぞらにあって地を照らす光となれ。
創世記第1章14節
旧約聖書の一番最初の書を見ると、天体の役割を知ることができます。そして、しるしという言葉が目的を持っていることも分かります。
古代の人々が導きやしるしを求めて空を見上げていたことも想像できますね。
天体を通した神様のメッセージ

「兄弟たちを赦すヨセフ」Ted Henninger画
夢に現れた天体のメッセージ
ヤコブの息子であるヨセフは、自分の夢の中で神様からのメッセージを受けました。
ヨセフはヤコブが歳を取ってできた子供だったため、父親からとても可愛がられていました。しかし、10人の兄たちはそれを妬んでいました。(ヨセフは11番目)
そんな中見た夢がこちらです。
ヨセフはまた一つの夢を見て、それを兄弟たちに語った、「わたしはまた夢を見ました。日と月と十一の星とがわたしを拝みました」。
彼はこれを父と兄弟たちに語ったので、父は彼をとがめて言った、「あなたが見たその夢はどういうのか。ほんとうにわたしとあなたの母と、兄弟たちとが行って地に伏し、あなたを拝むのか」。
創世記第37章9-10節
ヨセフの夢の話を聞いて、父ヤコブは夢の中の天体を分析しました。日は父親であるヤコブ、月は母親、11の星は11人の兄弟たちです。
この夢をきっかけに兄たちにさらに妬まれ、結果的にエジプトに奴隷として売られたヨセフですが、その後大出世を遂げ、エジプトの統治者の地位を得ました。
そんな中、飢饉で苦しんでいた兄たちは、食料を求めてエジプトの弟ヨセフを訪れ、彼の前に身をかがめたのです。
ユダと兄弟たちとは、ヨセフの家にはいったが、ヨセフがなおそこにいたので、彼らはその前で地にひれ伏した。 創世記第44章14節
裁き・歴史的転換点を告げる天体の変化
ほかにも、暗闇や光が失われることを、神様の介入のしるしとして記録されている箇所がいくつかあります。
主はまたモーセに言われた、「天にむかってあなたの手をさし伸べ、エジプトの国に、くらやみをこさせなさい。そのくらやみは、さわれるほどである」。
モーセが天にむかって手をさし伸べたので、濃いくらやみは、エジプト全国に臨み三日に及んだ。
三日の間、人々は互いに見ることもできず、まただれもその所から立つ者もなかった。しかし、イスラエルの人々には、みな、その住む所に光があった。
出エジプト記第10章21-23節
見よ、主の日が来る。残忍で、憤りと激しい怒りとをもってこの地を荒し、その中から罪びとを断ち滅すために来る。天の星とその星座とはその光を放たず、太陽は出ても暗く、月はその光を輝やかさない。
イザヤ書13章9-10節
わたしはまた、天と地とにしるしを示す。すなわち血と、火と、煙の柱とがあるであろう。
主の大いなる恐るべき日が来る前に、日は暗く、月は血に変わる。
ヨエル書第2章30-31節
これらの聖句は、天体現象がただの比喩ではなく、神様の行為として描写されています。また空を覆う暗闇は、懲らしめや恐ろしい出来事の訪れを表していると分析できます。
新約聖書にあるイエス・キリストと天体のしるし
誕生を告げた星
キリストの降誕で有名な星の話を知っている人もいるでしょう。
この星は、キリストを待っている人に「王の誕生」を知らせ、招くべき人を「導き」ました。(マタイによる福音書第2章1-2節、9-10節参照)
興味深いのが、「東からきた博士たち」は、神様が示したしるしとして星を理解していたことです。
彼らはキリストが生まれるという預言を知り、星を観測する技術があったので、星に導かれてキリストの誕生を祝い、その証人となったのです。
イエス自身が語った天体のしるし
旧約聖書のように新約聖書でも、天体の変化は神様の時や週末を示すしるしとして語られています。
また、上では、天に奇跡を見せ、下では、地にしるしを、すなわち、血と火と立ちこめる煙とを、見せるであろう。主の大いなる輝やかしい日が来る前に、日はやみに月は血に変わるであろう。
使徒行伝第2章19-20節
しかし、その時に起こる患難の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。そのとき、人の子のしるしが天に現われるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。
マタイによる福音書第24章29-30節
キリストは自分の言葉で、天のしるしとして天体について人々に語りました。天のしるしの後に、主の訪れがあることも伝えています。

黙示録における最終的なしるし
小羊が第六の封印を解いた時、わたしが見ていると、大地震が起って、太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は全面、血のようになり、天の星は、いちじくのまだ青い実が大風に揺られて振り落されるように、地に落ちた。 ヨハネによる黙示録第6章12-13節
キリストの弟子の1人であるヨハネが、紀元90年ごろに書いたとされている黙示録は、大まかに預言、象徴、幻について書かれています。
そしてこの聖句には、太陽・月・星の変化が、神様の裁きと世界の転換を告げる合図として描かれているようです。
一人の人生についての啓示ではなく、一国の終わりでもなく、世界の行く末とその後に起きる秩序の大きな変化のしるしとなっています。
モルモン書にある最も具体的に記録された天体のしるし
紀元前600年から紀元400年にアメリカ大陸で書かれたモルモン書にも、聖書に書かれてあるような天体のしるしが残されています。さらに、具体的な描写が残されていることも興味深いです。
例えば、キリスト誕生のしるしとして、
- 日と夜が区別できなくなる
- 新しい星が現れる
とあります。ヒラマン書第14章3-5節
また、キリストの死を告げるしるしも記録されています。
- 太陽・月・星が暗くなる ヒラマン書第14章20節
- 3日間、暗闇が続いた 第三ニーファイ第8章22-23節
イエス・キリストが生まれた中東からはるか遠く離れたアメリカ大陸で、キリストの誕生と死を告げるしるしが残されていたことに驚かされます。
さらには、ヒラマン書のように1つの書の中で誕生と死のしるしが語られていることで、読んでいる人がこのしるしについて理解しやすくなっていると感じます。
専門学からの視点
この天文と神様の関係について研究する「Astrotheology(天文神学)」という学術分野があります。
これは、天文学と神学が合わさり、宇宙と神様の関係性、聖典を解釈するために、天体の動きや神話の象徴を関連付けたり、文化や宗教との関わりを研究します。占星術とは異なる学問です。
この学問ではまず、聖典本文の天文言語が、その箇所で象徴として使われているかを整理します。
例えば、太陽、月、星、天、天の軍勢などの言葉がどんな文脈で登場するかを分類するのです。
その後聖典が書かれた時代の天文学・暦・天体観を参照します。
例えば、太陽と月が「時を支配するもの」とされていたことから、農耕暦・祭儀暦と直結していたと考えられています。
また「星が落ちる」という表現は、実際に星が空から降ってくることを説明しているのではなく、秩序が崩れる比喩として使われているとされています。
つまり、 現代天文学を押し付けるのではなく、当時の理解に立ち戻る作業を行います。
Astrotheologyは聖書を科学書にせず、同時に神話扱いをしないというバランスを保ちます。そして、天体が物語全体の中で何を語っているかをみているのです。
天文神学がしないことは、惑星直列から預言を作ることをしません。また、天体の日付を特定することもしません。天文現象を神様の直接的なメッセージとは断定せず、現代の天文ニュースを聖句に当てはめることもありません。
Astrotheologyは天体を「神様の声そのもの」とするのではなく、聖典が天を用いて何を語ろうとしているかを、文脈と歴史の中で読み解く学問です。

聖典が一貫して語ること
聖書やモルモン書などの聖典では、一貫として天体を神様そのものとはしていません。ただ、神様が人々に語りかけるための、手段やしるしとして描かれています。
これは、恐怖を与えるのではなく、注意を向けさせるための方法として使われているのです。
天体についてさまざまなことが分かっている現代でさえも、昼夜問わず空や宇宙で起きることには、感動させられます。
ですから、何も知識がなかった昔の人たちが、天体ショーに圧倒されたり信仰を育ててきたことを想像すると、空はどんな時代でも人々と共にあって、さまざまなものを与えてきたと考えることができます。