毎年1月6日は、西方教会の祝日で公現祭が行われます。これは、誕生したキリストに三人の博士が訪れたことを祝うことも含まれています。(※三人の博士がキリストを訪れた日ではありません)

では、三人の博士はどこから来たのでしょうか?

東の方から来た?

マタイによる福音書に、この三人の博士達について書かれている箇所があります。

「イエスがヘロデ王の代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、みよ、東からきた博士たちがエルサレムに着いて言った、『ユダヤ人の王としてお生まれになったかたは、どこにおられますか。わたしたちは東の方でその星を見たので、そのかたを拝みにきました。』」マタイによる福音書第2章1-2節

この時、博士たちは黄金、没薬、乳香を贈り物として持ってきました。黄金の価値を知っている人は多いでしょう。没薬や乳香は、アロマはお香で現代でも使われているので、体験することができます。

しかし黄金と同じようにとても高価な物です。このことから、そんな高価な物を幼子であったイエスにプレゼントした博士達の信仰とイエスを敬う気持ちが、伝わりやすいのではないでしょうか。

博士達についての記録

実は、あの分厚い聖書の中にも、数ある歴史家の著書の中にも、三人の博士たちについて具体的に書かれているものはないのです。ただ「東の方」というだけです。

『キリスト・イエス』の中で、ジェームズ・E・タルメージ長老は博士たちについて次のように記しています。

「実のところ、彼らの国や民族、部族的な関係についての情報は何も与えられていない。彼らが何人であったのかさえ記されておらず、確認されていない伝承によって「三人の博士」とされ、さらには名前まで与えられてきた。しかし、現存する唯一の真の記録である聖典の中では、彼らは無名のままであり、二人であった可能性もあれば、多数であった可能性もある。」 信仰プラス訳

では、博士たちがどこから旅してきたのかについて語られている、これらの「確認されていない伝承」とはどのようなものなのでしょうか。

「マギ」というキーワード

新約聖書にあるマタイによる福音書の原典に記載されている「マギ(magi)」というギリシャ語の言葉が一つの鍵となります。これは、古代メディアやペルシャ文明で世襲の祭司階級を指すことがあります。現在のイランやイラクにあたる地域です。この祭司階級は、学問や占星術と結び付けられることが多くあります。ですから博士たちが「星」を目指して旅をしてきたこととも重なります。

西方教会ではほかにも、博士たちはそれぞれ別々の地域出身だという伝承もあります。アラビアの王、ペルシャの王、インドの王です。この三人の博士が学者や祭司ではなく王という説は、旧約聖書の詩編69篇29節にある、キリストに関係する預言と結び付けられてきました。

「エルサレムにあるあなたの宮のために、王たちはあなたに贈り物をささげるでしょう。」

この聖句が博士達=王と考えられてきた理由です。

サンドロ・ボッティチェッリ 「東方三博士の礼拝」 (1478-482)
サンドロ・ボッティチェッリ 「東方三博士の礼拝」 (1478-482)

博士たちから学ぶ

人類が今の段階で、この三人の博士たちがどこから来たのか、彼らが誰だったのか、どんな人生を送っていたのかを、わたしたちが知り検証できる確実な方法は存在しません。

しかし、今よりも確実に不便な環境の中で、少ない情報を手がかりに、幼いイエスを探し求めて礼拝しようとした姿からは、主に対する献身と信仰の強さ、彼らの純粋さを知ることができます。

情報が十分ではないのに、長い間人々に語り継がれるキリストの誕生の話に、博士達の存在が語り継がれるのも納得です。

※本記事内では、聖典や教会の指導者の言葉を用いていますが、これが末日聖徒イエス・キリスト教会の正式な見解ではありません。

参照:LDS Daily