真理を求め続けた金原さん

真理を求め続けた金原さん

 新築間もない私のアトリエに、二人のアメリカ人宣教師が訪れたのは1970年1月20日過ぎのことでした。初めて福音の種が浜松の地に蒔かれた頃のことでした。当時私は、本当の人生の目的、生き方を求めてプロテスタントの教会へ行き、その教会員となって居りました。神を信じ、信仰の土台は持って居りましたが満足は得られず、飢えた者の様に真理を求めて居りました。そのモルモン教の宣教師に小さなチラシを渡されました。私はそれを素直に受けとめ、1月30日仕事の終了後に再度来訪される様約束いたしました。

 

 約束の日、私は最大の礼を尽くして使徒として彼等を迎えました。未だ20歳そこそこのアメリカ人の青年ですが、大変礼儀正しく、日本人より日本人らしく、今まで出逢った日本の青年達よりはるかに心に近いものを感じました。数分の会話の間に、私は彼等のうちに今まで見たことのないまったく別の世界を見ました。それはアメリカ人でもありません。私が自分の住む世界をここに見つけたことは、信じられない位の喜びと驚きでした。私はこの世の中に私の安住する世界はないと思っていたからです。

真理を教えるモルモン教の宣教師

真理を教えるモルモン教の宣教師

 また宣教師は次の様に言われました。「すべてのものが滅びてもこの教会は残ります。」また、「復活したイエス・キリストはアメリカ大陸へも来られました。その記録がこの本に出ています。」「それは初耳です。是非読みたい。」と申しました。宣教師はモルモン経(現在のモルモン書)というその本を下さり、先ず百ページ読んで下さい、とおっしゃいました。

 

 私はその夜からモルモン書を毎晩読み続けました。第一ニーファイ13章迄来たとき、私は大変驚きました。それは、宣教師の訪れる1週間から10日前に見た不思議な夢の答えがここに書かれていたからです。ある日、丘の上で戦いがありました。その後ふもとにある大きな敵の城の城壁の下に恐れて身をかがめていた時、ベージュ色の馬に乗った若い勇者が走ってきて、私を馬に乗せてそこから走り去りました。それは大変爽快でした。何でもない田園風景の中に、何事もない民家が点在していました。若い勇者は自信に満ちた面持ちで、馬を走らせながら、「この何事もない世界の中に、実は、沢山の秘密がかくされている。その秘密を私たちは握っているので負けているようだが勝っている。」と色々と説明しました。最後に「私達は必ず勝つ」と云ってハッと目が覚めました。まだ外は真っ暗でしたが、あまりの印象の強さに目は冴え、「これは悪夢に違いない。一体何のことだろうか?と毎日考えていましたが、確かな答えなどわかる筈がありませんでした。

 

 モルモン経を読み進むにつれて、天父の愛が私の心を包み、目から涙が落ちました。神様は生きて居られる!!神の国は本当に在った!!この驚きと感動、宣教師への深い感謝は言い様がありません。宣教師の日本語は、私に福音を教えるのに充分でした。偉大な福音は何と単純明快なことでしょう。私の目から鱗がおちました。澄み渡った永遠の世界や真理が見えたのです。又世界に力強く伸びていく神の国を見、心は喜びに満たされました。以下は私の好きな聖句です。

 

 「誰にでも汝らの右に居り、また左に在らん。わが『みたま』は汝らの心の中に在り、またわが天使らは汝らを囲みて抱き支えん」(教義と聖約84:88)「われは彼等にすべての奥義、すなわち昔より今に至り、またこれより永き未来のわたるわが王国のあらゆる隠れたる奥義を知らしめ、わが王国に就けるすべてに関するわが旨を知らしめん。」(教義と聖約76:7

 

 その時の長老はランキンズ長老とバトラー長老でした。ランキンズ長老は昨年(1999年)北海道の札幌伝道部長として日本にいらっしゃっています。

 

浜松ワード30年史に掲載された記事より

(浜松ワード30年史p5-6、2000)

著者:金原礼子