CESレターは誠実な疑問の訴えだったのでしょうか?
むしろ、誠実な手紙ではなく、信仰を揺るがすために計算された虚偽でした。
CESレターとは
CESレターとは、CES(CES = Church Education System = 教会教育システムの頭文字を取ったもの)ディレクターへの手紙とされていますが、末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教とも呼ばれるが正式名称は前述のもの)に対する批判的な公開書簡です。
2012年、1人の教会員ジェレミー・ランネルズは、信仰に対する疑問を抱き始めました。教会の教育システムのディレクターが、ランネルズにその疑問を書き出すよう依頼し、ランネルズはそれに応じて84ページにわたる懸念を書いた手紙を送りました。
しかし、ランネルズは返答がなかったので、2013年4月にその手紙をインターネット上に公開したと言っています。この手紙は末日聖徒イエス・キリスト教会の会員や元会員などのブログや、アメリカを中心に会員のコミュニティなどに広まり、多くの人々が教会を離れ、会員資格を辞退するきっかけとなったサイトの一つとなりました。
CESレターの著者
2021年に、あるRedditユーザーが「CESレターはわたしの人生をより良く変えるきっかけとなった」と書きました。
※Reddit アメリカの掲示板型ソーシャルニュースサイト。日本の2ちゃんねるのようなもの。
CESレターの著者であるジェレミー・ランネルズは、オンラインマーケターでもありました。彼は末日聖徒イエス・キリスト教会の一員として育ち、青少年の頃は教会の信仰を養う資料だけを読んでいたと語っています。しかし大人になるにつれて、教会の聖典や指導者に関して多くの疑問を抱くようになりました。ランネルズの話では、これらの純粋な疑問を解消しようとしたが、回答は何もなかったとされています。
ランネルズがこの話を世に出すと、彼は教会に批判的なポッドキャスト番組などで人気となり、オンラインでも有名になりました。彼の知名度や活動は大きく広がり、彼の作品はスパイダーマンのコミックアートにも登場するほどでした。
ランネルズに惹かれた多くの人々は、まず彼の話に共感し、その後、具体的な質問に関心を持ちました。YouTubeのコメンテーターであるシリンキーさんは視聴者に対し、ランネルズは教会を暴露するつもりはなかったと説明しています。彼は「正当な質問を抱えており、それに対する答えを求めていた。なぜ誰もランネルズの質問に正直に答えることができなかったのか?それは、明らかに誰も答えを持っていないからだ」と述べました。
ただ問題が1つありました。CESレターのエピソードは真実ではなく、ランネルズがほとんどすべてを作り上げたのです。
CESレターの経緯
CESレターのエピソードが虚偽の物だということは、(パブリック・スクエアマガジンのライターである)マイケル・ピーターソンと、(マインドフルネスの講師で社会政治や健康の研究者の)ジェイコブ・ヘスが、2024年8月に発表した分析によって確認されています。2人は「これらは本当に真実を追求する誠実な探求者の質問だったのか?(英題は“Were these ever the sincere questions of an earnest truth seeker?”)」と題する記事内で問いかけています。この調査は、手紙の真の起源を示す10の異なる証拠を明らかにしています。
CESレターが初めて公開されたのは2013年4月のことです。その際ランネルズは、これが教会公認の資料を読んで疑問に感じた誠実な宗教に関する質問のリストで、信仰を取り戻すためにこれらの質問に対する答えを見つけようと、末日聖徒イエス・キリスト教会の教会教育システムのディレクターに送ったと書き添えました。しかし、前段落で紹介した証拠を検討したところ、ランネルズはこれらの質問を、誠実に提起していたわけではないことが明らかになりました。これは、彼が実際に値する以上の信頼を得るために、人々を操るための偽りの行動だったのです。
ランネルズは、教会の先任指導者への手紙を使ってバイラルコンテンツを生み出そうとしていました。
※バイラルコンテンツ インターネットやメディアを通して、広範囲に急速に拡大されるコンテンツのこと。
SNSに残るCESレターの真実
実際、2012年7月、CESレターが公開される9ヵ月前に、ランネルズはユーザー名「u/kolobot」の新しい匿名のRedditアカウントを作成し、教会や教義をあからさまに攻撃していました。CESレターが初めて公開される前のこのユーザーの行動は、手紙の起源について全く異なるエピソードを物語っています。
2012年10月までに、実はランネルズはそのSNSの匿名プロフィールを使って、教会の中央幹部に宛てた手紙で別のバイラルコンテンツを生み出そうとしていたのです。この手紙は2012年10月10日に公開され、「クエンティン・L・クックへの公開書簡」というタイトルが付けられていましたが、広く読まれることはありませんでした。しかしこの手紙には、その後に世に出されるCESレターで取り上げられる多くの問題が挙げられており、その問題を質問としてではなく、主張として述べています。
この手紙の中で、ランネルズはこの時点で自分を「背教者の魂」としており、それは「邪悪なインターネットで見つけたもの」が原因だと明言しています。彼自身の説明によれば、ランネルズが教会から離れたのは2012年2月に始まり、教会を批判するグラント・パルマー、ジェラルド・タナーとサンドラ・タナーのアポロジェティクス(弁証)や、ウェブサイト「MormonThink」の資料を読み始めたことがきっかけだったとされています。これらの人々はすべて末日聖徒の信条に対して影響力がある批評家たちです。
主にこれらの資料からランネルズの疑問の種が生まれました。彼は、パルマーの著書『Insider’s Guide to Mormon Origins』から直接言葉を引用したこともあります。2012年11月には、ランネルズの匿名アカウント「u/kolobot」で「数ヶ月前に教会を去った」と投稿されています。
ランネルズは、Redditのプロフィールに「I’m on a tapir(自分はバクに乗ってる)」という表現を追加しました。テイパァ(tapir)は日本語でバクという意味ですが、反モルモン教サークルで広く深く根付いた考えです。このテイパァの使用は、ランネルズがこの時には既にモルモン書の真実性について疑問をしっかりと抱いており、その疑問に対して教会や多くの信頼できる学者から回答を提供されていたにも関わらず、その回答を拒絶していたことを意味しています。
人を惹きつけて欺けるコンテンツ
教会を離れてから少なくとも6ヶ月後、ランネルズは「元モルモン」(かつて末日聖徒だった人たち)のコミュニティに連絡を取り、アブラハム書という末日聖徒の聖典の1つが史実に基づくという主張に対する反論を求めました。
2013年1月、ランネルズはRedditで教会から離れるように人々に勧め始めました。
2013年3月までには、ランネルズは自分の疑問についての回答を誠実に求めていたわけではなく、もしそうだったとしても、そのような姿勢はすでに消えていました。彼は自分が何を信じるか決定し、教会を離れたと宣言し、自分の疑問への回答を覆す助けを求めていて、ほかの人々を説得して教会から離れさせることを目指していました。
ランネルズが歩んできた道は確かに彼自身のものです。自分が育った信仰の伝統を離れる、つまり子供の頃から通っていた教会から離れることはよくあることです。ランネルズが信仰を離れた時期にはこの傾向が教会の中で顕著でしたが、現在は減少しています。しかし、プロのマーケターとして、2012年10月に出したクック長老への手紙が注目を集めなかった後、ランネルズは自分の実際のストーリーが多くの人に広まり、ほかの人々が教会を離れるように促す魅力が欠けていると理解していた可能性があります。
2013年3月、ランネルズの祖父がこの時のランネルズの信仰を心配していました。実はすでにランネルズは公に信仰を否定していましたが、それはオンラインの匿名でのみでした。
祖父は友人にランネルズに連絡を取るように頼みました。その友人はたまたま教会教育システムのディレクターであり、ランネルズに教会から離れることについて尋ねるためにメールを送りました。この状況はランネルズにとって絶好の機会となりました。彼は、CESディレクターとのメールを利用して、自分のエッセイに信ぴょう性の覆いをかけると同時に、実際のエピソードとは異なる、独自の共感を呼ぶ脱退の物語を作り上げることができたのでした。
ネットコミュニティで書き加えられたCESレター
そのため、ランネルズは依然として偽名の下で、「元モルモン」のコミュニティに再び投稿し、最初の手紙についてのフィードバックやアドバイスを求めました。後に明らかにされたこの矛盾について問われた時、ランネルズは「文法」と「事実」の修正だけを求めていたと主張しました。しかし、コミュニティ上でのやり取りの記録は、彼が自分の「作品」に取り入れた、より具体的な提案がされていたことを示しています。
この手紙が公開される前に、このオンラインの「元モルモン」のコミュニティでは、すでにこの手紙がランネルズの策略であると認識されていました。ある教会に反対するRedditユーザーは「これは小規模の論文だ」と反応しながらも、「本物の手紙として読めて好きだ」とも付け加えました。ランネルズはそのコメントに感謝しました。
彼が書いた手紙は辛辣で軽蔑的な口調で、彼自身も読者に大量の非難を浴びせて圧倒させる「マシンガン戦法」という表現方法を使えていることを、公開前に知っていました。
ウソばかりの「真実」
手紙を書いている時には、ランネルズはCESディレクターがその手紙を読むことを知っていましたが、公開から数日後、彼に友好的な人々に「この手紙はCESの人のために書いたわけではない」と認めました。その年の後半には再び友好的な人たちに、その手紙はTBMs(True Believing Mormons または Totally Brainwashed Mormons の略で信仰深い教会員または洗脳されている教会員)向けに書かれたのだと認めました。そして2015年には、破門を避けるために正式に会員資格を辞退し、「この手紙の対象は、フェンス・シッター(教会に対して中立的な立場の人々)」だと言いました。
手紙を完成させた後、ランネルズはまずRedditで公開し、「教会に信仰深いか、洗脳されているあなたの愛する人に渡すように」という指示を付けました。そしてこの投稿よりも前に、CESディレクターに手紙は送っていなかったのです。
ランネルズの教会への非難の何を信じるにせよ、手紙が書かれた経緯は明らかです。これは誠実な答えを求める探求ではなく、信仰を揺るがすための巧妙で計算された努力でした。
この「CESレター」の著者であるランネルズが、専用のウェブサイトも使って広めた一般的な主張、つまり「彼はまだ教会員として自分を認識していて、主に末日聖徒が受け入れる情報源から疑問を見つけたが、その疑問に答えが得られなかったために手紙を公開した」という話は、作り話だということです。
手紙を送信してから数日後には、ランネルズは元教会員のトム・フィリップスと直接連絡を取り、フィリップスの教会を批判するウェブサイト「MormonThink」でランネルズの手紙を公開する手配をしました。
この手紙は誠実に答えを求めるものではなかったのです。
それにもかかわらず、のちにランネルズは公私ともに、手紙の配布に関して「それはただ起こっただけだ。私は無関係だ」と主張したのです。
欺かれた善人たち
ランネルズの手紙が公開された後、ランネルズが書いた手紙の物語が誠実に見えたために、多くの末日聖徒が手紙の中の疑問に答え始めました。教会員で作家のマイケル・アッシュは手紙の疑問への回答を書く中で、「CESレターの著者が誠実であることに疑いはありません…ほかの人々が同じ状況から抜け出す助けになることを誠実に願っている」と述べました。
同様に、教会の歴史や教義の研究者であるジョナサン・キャノンは、手紙はランネルズが「実際に生きた経験から来ている」と書きました。そして教会の教義などの理解を助ける活動をしているジム・ベネットは、「ジェレミー・ランネルズは誠実で、良い人だと思います…そして、彼がその立場に至ったのは誠実な状況からだと考えています」と述べました。
ランネルズの疑問に回答した人たちは、この手紙が誠実であると信じ全く疑っていませんでした。ランネルズはほかの多くの人々と同じように、彼らを欺いていたのです。
善意で回答を提供した人々は、ランネルズが答えを求めているとした主張を信じていたにも関わらず、ランネルズは個人的な攻撃や脅迫で返信しました。ある時には、疑問への回答を「傲慢な態度」として軽蔑し、「ボコボコにするぞ」と脅すこともありました。
その後の数年間、ランネルズは手紙の宣伝を続けています。現在でも手紙の形式とタイトルはそのままですが、現在公開されている手紙の43%の内容がCESディレクターに送られていません。彼はオシャレなデザインやロゴを公開し続けて、彼の手紙を複数の言語に翻訳している一方で、手紙を広める意図はなかったと主張しています。
ランネルズが提起した疑問に対処するために、多くの時間と注意が費やされてきました。しかし、もう一つの問題はまったく扱われておらず、人々の意識に全くなかったのです。この調査が確認したように、手紙が書かれることになった物語、つまりこの男が誠実な「疑問」に真剣に取り組むように人々を動かした物語が、真実ではなかったということです。
2024年8月9日のプレゼンテーションで、教会員で著名な歴史家でもあるスティーブン・C・ハーパーは新しい証拠を検証し、次のように結論付けました。「著者は誠実に真実を追求したのではありませんでした。多くの人と同じ様に、誠実な人物だと本当に思い込んでいました。…わたしも彼の言葉を信じた多くの何千人の一人であり、CESレターを読み、ジェレミー・ランネルズを抱きしめて『それはひどいね、あの愚かなCESのディレクターがもっと良くしてくれていればよかったのに』と言いたかったのです。しかし、その話の筋が合わないんです。彼の話は真実でなかったからです。」
マイケル・ピーターソンとジェイコブ・ヘスによるCESレターの歴史に関する詳細な調査が、Substackの「Publishing Peace」にリンクされています。最新版は8月13日に公開されました。
CESレターについての記事ありがとうございました。最近Light and Truth LetterというCESレターと同じような形式でCESレターの疑問と議論について一つずつコメントしているものが登場しています。これはAustin Fife氏という、教会員ですが、10年間ほど彼が教会について疑問を抱いていたときに学んだ不正直な批判者の説得の仕方を描いたものでもあります。残念ながらまだ日本語版がありません。https://www.lightandtruthletter.org/
コメントありがとうございます。
Light and Truth Letterは初めて聞きました。大変興味深いのでぜひ読んでみたいと思います。
CESレターが人を欺くため、信仰を揺るがすための疑問であるなら、尚更それらの疑問に対する正しい答えを早く教会が提供すればいいだけの話では?
教会員が離れていったのはCESレターに「騙された」のではなくて、それらの疑問に対して教会側が「誠実に」「回答できなかった」からでしょう?
きちんと疑問に答えることができればみんな納得するんじゃないですか?
ユダヤ人哲学者にエマニュエルレヴィナスという人がいます。彼は第二次世界大戦後、ユダヤの若者が「なぜ神は我々を救ってくれなかったのか」と言ってユダヤ教を去っていくことを批判しました。
「人間が人間に対して犯した罪を償いや癒しは、神がなすべき仕事ではない。神がその名にふさわしいものなら、必ずや「神の支援なしに地上に正義と慈愛の世界を打ち立てることができる人間」を創造されたはずである」と。
この弁神論によってレヴィナスは崩れかけたユダヤ人共同体を再建しました。
CESレターが歴史的にどのようなプロセスで書かれたものなのかを調べることは大変有意義だと思います。
ただそれが「悪意のある批評」とおっしゃりたいのなら、どの部分が「悪意のある批評」なのかを具体的に明示すべきでしょう。
答えられない質問に対して、質問した人の人格を攻撃する記事こそ「悪意のある批評」だと思います。
悪意のある批判」という表現は記事内では使われていないのですが、どの部分からそのように受け取られましたか?
今回の記事は教会から離れていった元会員たちの経緯ではなく、CESレターが作られた経緯について書いてあります。
またCESレターは「もともとCESに向けて書かれたものではない」と著者のSNSや周りの人の話からそのような結論が出たというレポートになります。
調査によると、CESレターの中で著者が主張している経緯が真実とは異なる部分が多々ありました。著者は真摯な疑問を持っていたのでなく、攻撃するために疑問を出しました。
実際に彼の疑問に答えようとした教会員が暴言や脅迫を受けたことは残念ですが、この記事の目的は、著者の人格を攻撃するものではありません。