「それでわたしは御霊の声に従い、ラバンの髪の毛をつかみ、ラバン自身の剣で彼の首を打ち落とした。」ニーファイ第1書4章18節

家族でエルサレムを離れた後、ニーファイは兄と弟たちと共に、「ラバン」という人物から聖典の貴重な写本である真鍮版を手に入れるため、再び町に戻ることになりました(ニーファイ第1書3章2–4節)。ニーファイたちは真鍮版を譲ってもらえるように2回試みましたが、ラバンは彼らを殺そうとしました(24–26節)。そして、夜中にニーファイが戻ると、ラバンが泥酔して倒れているのを発見しました(ニーファイ第1書4:7)。最初は殺すことに抵抗があったものの(10節)、ニーファイはラバンを殺し(18節)、真鍮版を手に入れたのでした(24節)。

この話は、当時のニーファイにとっても衝撃的だったように、現代の読者にとっても戸惑う内容でしょう(ニーファイ第1書4章10節)。しかし、聖書の律法の研究者であるジョン・W・ウェルチ氏は、「ニーファイによるラバン殺害の複雑さは、ニーファイの時代の法的原則の観点から考察することで理解が深まる」と述べています。1

現在の多くの法律ではこのような行為は正当化されないでしょうが、ウェルチ氏の著書では「モーセの律法の下で、当時の約紀元前600年の状況では、ニーファイの罪や責任が大幅に減じられる要素がいくつか示されている」としています。2 ウェルチ氏は、この話の重要な2つの法的要素を説明しています。

  1. State of mind 犯人は待ち伏せしていたのでしょうか?それとも殺意を持って大胆に近づいたのでしょうか?
  2. The role of divine will 神様はラバンをニーファイの手に渡したのでしょうか?3

現代の定義とは異なり、古代の「計画的殺人」の概念は、殺人が事前に計画されたり、裏切り行為を伴って行われる場合を指していました。4  これについてウェルチ氏は、「ニーファイがラバンの話を書き記した時、古代の定義を念頭に置いていたことを示すいくつかの有力な証拠がある」と述べています。5  ニーファイはその心境について、「これから何をすべきか、前もって知らずに行動した」と具体的に記しています(ニーファイ第1書4章6節)。

ウェルチ氏が説明しているように、この聖句はニーファイがラバンを見つけることすら計画しておらず、ましてや彼を殺すつもりもなかったことを示しています。ニーファイはラバンがどこにいるか、また彼が酔っていることも知りませんでした。「突然、その機会が目の前に現れ、ニーファイはラバンを見つけてとても驚きました。彼の行為は計画的ではなく、そのため責任を問われるべきものではなかったのです。」Welch, “Legal Perspectives,” 125. 6

神様の御心の役割について、ウェルチ氏は次のように述べています。「ニーファイが行動した究極の理由は、神様がラバンをニーファイの手に引き渡したからです。御霊が告げたように、ラバンを死に至らせたのは主だったのです。」7 この表現が重要です。ニーファイがラバンに出くわした時、御霊が彼にラバンを殺すように告げました。ニーファイがためらうと、御霊は再び「この男を殺しなさい。主はあなたの手にこの男を渡たされた」と告げたのです(ニーファイ第1書4章12節)。この弁明は出エジプト記21章13節に言及している可能性があり、そこでは「しかし、人がたくむことをしないのに、神が彼の手に人をわたされる…。」とされています。2つの聖句の目立った類似点は、御霊がラバン殺害の責任をニーファイには問わないとしていた可能性を表しています。8

その理由の1つとして、ラバンがニーファイとニーファイの兄弟たちに対して3つの重大な罪を犯していたことが挙げられます。

【ラバンが犯した3つの重大な罪】

(1) ラバンはニーファイたちを「盗賊」だと偽りを言い、殺そうとしました(ニーファイ第1書3章13節、申命記19章16–19節)。
(2) ニーファイたちの財産を盗み、ラバン自身が盗賊であることを証明しました(ニーファイ第1書3章25–26節、4章11節)。
(3) ラバンは主の戒めに耳を傾けませんでした(ニーファイ第1書4章11節、申命記13章15節)。9

こうしてニーファイは、神様が自分の手に引き渡した人物を殺したことになり、ラバンがしたことは神様の視点から見て死に値する行為だったと解釈できます。旧約聖書にも、同じような状況での殺害がいくつか記されています。例えば、祭司ピネハスは律法を犯したジムリとコズビを殺害しました(民数記25章8節)。また、アムノンは異母姉妹タマルに暴行を加えたため、異母兄弟アブサロムに殺されました(サムエル記下13章14-17、29節)。

特に重要なのは、御霊がさらにもう一つの理由を示していたことです。「一人の人が滅びるのは、一つの国民が不信仰に陥って滅びてしまうよりはよい」(ニーファイ第1書4章13節)。ウェルチは、この論理が「個人と集団の相対的な権利に関するものとして、聖書やユダヤ教の法律の歴史の中で長い伝統がある」と述べています。10  この実践の例として、サムソンがペリシテ人に引き渡された出来事が挙げられます(士師記15章9–13節)。また、聖書の外典の伝承では、モルモン書の最初の預言者リーハイの時代に、王国を救うために長老会議によって、ユダのエホヤキム王がネブカドネザルに引き渡されたことも示唆されています。11

理由

古代の文献は、その時代の背景を理解することが重要です。ラバンの殺害は現代の読者には不快や違和感を覚えるものですが、「古代の法的な文脈においては、計画されておらず、望まれず、神によって許され、正当化された殺害として、法的にも宗教的にも理にかなっているのです。これは、現代の人々が通常考える犯罪的な殺人とは全く異なるものです。」12  この出来事を通じて、ニーファイは神様が戒めを守るための道を備えてくれたことを知り、不可能に見える状況でも従う決意を新たにしました。また、御霊に従うことや、主が示した戒めの範囲内で行動する重要性も学びました。

とはいえ、ニーファイが自分の行動が神様に認められていると確信していた一方で、ウェルチはニーファイが大きなリスクを冒していたことも指摘しています。「ニーファイがエルサレムの法廷で無罪を勝ち取れるかどうかは分かりませんが、彼自身は確かに法を犯していないと思っていたでしょう。」13

ラバンを殺したことには、それなりの代償が伴いました。ニーファイのように、殺人が計画されていなかった場合でも、殺した者は特定の「避難都市」に逃げ込むか、聖地を離れる必要がありました(民数記35章6節)。ニーファイもまさにそうしたのです。ラバンを殺したことへの罰として、彼は自ら聖地を去る「自発的な亡命」を選び、その地に戻ることは二度とありませんでした。 また、この出来事がニーファイに与えた影響を、読者も自分自身に感じることが大切かもしれません。14
ホランド長老が述べたように、この物語は

本の冒頭(8ページ)に書かれてあり、どんなに気軽に読んでいる人も目にし、向き合わざるを得ないものです。ニーファイもわたしたちも、この物語の苦悩から逃れることは意図されていません。この物語が531ページの書物の冒頭に配置され、苦痛に満ちた詳細が語られているのは、すべての読者に対し、主の意志に従い服従するという、福音の根本的な課題に焦点を合わせさせるためだと思います。もしニーファイがこの厳しい命令に従うことができなかったならば、今後彼が直面する任務を成し遂げたり、生き抜いたりすることはおそらく不可能だったでしょう。15

結局のところ、神様を「自分たちの作った型にはめる」ことは避けるべきです。「この世には暴力が存在しており、たとえわたしたちがそれを嫌ったとしても、わたしたちの考えを絶対的なものとして神様に押し付けようとすることには注意が必要です。」16 この痛ましい経験はニーファイにとって困難なものでした。この記述は実際に起きた数年後に書かれたもので、彼が法的・倫理的・政治的な観点から自らの行動に何年も悩み、深く考えた結果を反映しているのでしょう。17 ちょうど、モーセがエジプトで人を殺したこと(出エジプト記2章11-15節)が、彼自身とその民にとってエジプトから逃げて新しい生活の始まりとなったように、ニーファイのこのつらい経験もまた、彼と家族、そして彼の民すべてにとって新しい土地と生活への道を開いたのです。

もっと読む

さらに興味があれば、英語ですがこちらから知ることができます。

Ben McGuire, “Nephi and Goliath: A Case Study of Literary Allusion in the Book of Mormon,” Journal of the Book of Mormon and Other Restoration Scripture 18, no. 1 (2009): 16–31.

John W. Welch and Heidi Harkness Parker, “Better That One Man Perish,” in Pressing Forward with the Book of Mormon: The FARMS Updates of the 1990s, ed. John W. Welch and Melvin J. Thorne (Provo, Utah: FARMS, 1999), 17–18.

John W. Welch, “Legal Perspectives on the Slaying of Laban,” Journal of Book of Mormon Studies 1, no. 1 (1992): 119–141.

Hugh Nibley, Lehi in the Desert/The World of the Jaredites/There Were Jaredites, The Collected Works of Hugh Nibley, Volume 5 (Salt Lake City and Provo, UT: Deseret Book and FARMS, 1988), 94–104.