古代アメリカ文明に伝わる物語の中を見てみると、当時そこに住んでいた人々のもとにキリストが訪れたことを思わせる内容があります。
16世紀にスペイン人がアメリカ大陸へ到達したとき、彼らが目にしたのは高度に発展した文明、壮大な都市、そしてヨーロッパとは全く異なる文化だけではありませんでした。
彼らを驚かせたのは、先住民族の間にある伝承でした。それは、遠い海の向こうからやって来た神聖な人物についてだったのです。
その人物は道徳的な原則を教え、平和を促し、奇跡を行い、そしていつの日か再び戻って来るという約束、あるいは少なくともその期待を残して去って行ったと語られていました。
この古代アメリカの伝承がキリスト教と多くの共通点を持っていたことから、多くの年代記作者や修道士たちは、今日でも一つの問いを抱くようになりました。
「コロンブスがアメリカ大陸に到達する前に、キリスト教の教えがアメリカで説かれていた可能性はあるのか。」
この問いは、現在でも研究の対象であり、多くのキリスト教徒にとって特別な関心事となっています。
本記事では、アメリカ大陸の伝承の中で、キリストの訪れを思わせた3人の人物とその詳細を紹介します。

ビラコチャ : 平和な生き方を教えた
ペルーの先住民族には、ビラコチャの伝承が伝えられています。
アンデス地方に伝わる最も有名な伝承の一つです。スペイン人年代記作者のシエサ・デ・レオンは、ペルー征服初期を記録した最も重要な歴史家の一人とされています。彼は先住民がティッシ・ビラコチャあるいはトゥアパカ・ビラコチャという人物について語っていたことを記録しています。
シエサが先住民から聞き取った伝承によると、ビラコチャは暗黒の時代の後に現れました。彼は「創造されたすべてのものの創造主」「万物の君」「太陽の父」と考えられていました。
しかし、この年代記作者が最も驚いたのは、その称号ではなく彼の教えでした。
シエサは次のように記しています。
「彼は人々にどのように生きるべきかを教え、愛情深く、非常に穏やかに語りかけた。そして善良であるよう勧め、互いに害を加えたり不正を行ったりせず、互いに愛し合い、すべての人の間に慈愛があるよう教えた。」信仰プラス訳
また、彼は奇跡を行い、病人を癒したとも記されています。
さらに注目すべきことに、年代記作者自身が今日ではあまり知られていない興味深い記述を残しています。『インカ帝国』第5章で、当時すでに「この地をキリスト教の使徒が訪れたのではないか」と考える人々がいたことに言及しているのです。
つまり、征服からわずか数十年後には、これらの伝承を古代のキリスト教の伝道の名残ではないかと解釈するスペイン人が存在していたことになります。

ボチカ: 東方から来た賢者
現在のコロンビアに住んでいたムイスカ族にも、よく似た伝承があります。
フランシスコ会修道士ペドロ・シモンは、『西インド諸島本土征服史(Noticias Historiales de las conquistas de Tierra Firme en las Indias Occidentales)』の中で、ボチカ(別名ネムケテバ)についての伝承をまとめています。
その伝承によれば、ボチカは東方からやって来て、生涯を人々に教えることに捧げました。
彼は戦士や征服者としてではなく、教師として記憶されています。
伝承では、糸紡ぎや機織り、社会生活の整え方、そして道徳的な原則を教えた人物としても描かれています。
ペドロ・シモンは、ボチカが施しや正しい生き方、さらには復活について教え、訪れたそれぞれの民族の言葉で教えを説いたことも記録しています。
もちろん、これらの伝承がイエス・キリストご自身がアメリカ大陸に来られたことを証明するわけではありません。
しかし当時の多くの宗教者は、その伝承の類似点の背後に、古代のキリスト教の伝道の記憶が残されているのではないかと考えていました。

ケツァルコアトル :今なお注目される存在
おそらく、コロンブス以前のアメリカの人物の中で、キリスト教と最も多く結び付けられてきたのがケツァルコアトルでしょう。
彼は白い肌でひげを生やしていた、あるいはアステカ人がエルナン・コルテス(スペインの軍人・探検家)をケツァルコアトルと勘違いした、という話がよく語られます。
しかし今日では、こうした主張の多くは歴史学者の間で議論の対象となっており、十分な史料の裏付けがあるとは言えません。
一方で、古い史料には実際に興味深い記述も存在します。
ナワトル人の賢者たちとともに、ベルナルディーノ・デ・サアグンの指導のもと編纂された『フィレンツェ写本(Códice Florentino)』では、セ・アカトル・トピルツィン・ケツァルコアトルは非常に尊敬された統治者であり、祭司として描かれています。
また、ナワトル文化の専門家によって研究されている『クアウティトラン年代記(Anales de Cuauhtitlán)』によれば、彼は人身供犠を拒み、人間の犠牲ではなく鳥や蛇、蝶をささげ物として献げることを好みました。
さらに、法律や道徳を教え、人々の間に秩序を築いた人物としても記憶されています。
もう一つ興味深い点は、『フィレンツェ写本』に、彼が丘の上から群衆に教えを説いていたこと、そしてメソアメリカ文化では珍しいほど豊かなひげを生やしていたことが記されていることです。
最後に伝承では、彼はトゥーラを去り、海へ到達し、そこから旅立ったと語られています。そしてその後も人々の記憶に深く刻まれ続けました。
そのため、ディエゴ・ドゥランのような植民地時代の修道士たちの中には、これらの伝承が使徒トマス、あるいは他のキリスト教宣教師の記憶を伝えているのではないかと推測する者もいました。

ニバクレ族の驚くべき事例
ここまで紹介した三つの例は、植民地時代に記録された伝承です。
しかし、次の出来事はほんの数十年前に起こりました。
1980年、末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師たちは、パラグアイの先住民族ニバクレ族に福音を伝え始めました。
ほどなくして、多くの人々が福音を受け入れるようになりました。
しかし最も興味深かったのは、モルモン書について聞いたときの反応でした。
ニバクレ族の複数の指導者たちは、「イエス・キリストがアメリカ大陸を訪れた」というモルモン書の記述は、自分たちにとって非常になじみ深いものだと語りました。
彼らの間には、暗黒の時代の後に天から一人の存在が降りて来て、病人を癒し、隣人愛を教え、奇跡を行い、そしていつの日か戻って来ると約束したという伝承が、代々受け継がれていたのです。
モルモン書にもこのような記載があります(ニーファイ第三書 第10ー18章)。この類似性は、彼らが回復された福音のメッセージを受け入れた理由の1つとなりました。
もちろん、この伝承が本当にイエス・キリストについて語っていたと断言することはできません。
しかし、1つの先住民族が、モルモン書によって何世代にもわたって受け継がれてきた自らの伝承を理解できたということは、非常に興味深いですね。

末日聖徒はどのように考えているのか
モルモン書を信じる人々にとって、これらの伝承はイエス・キリストがアメリカ大陸を訪れられた出来事を思い起こさせます。
多くの研究者にとって、これらの物語は人類学や宗教学、比較神話学の研究対象です。
しかし、末日聖徒にはもう一つ重要な視点があります。
モルモン書には、イエス・キリストが復活後、アメリカ大陸の人々を訪れ、福音を説き、病人を癒し、教会を組織し、弟子たちを召し、その福音を教えられたと書かれています。
その観点から見ると、ビラコチャ、ボチカ、ケツァルコアトル、さらには現代の先住民族に伝わるいくつかの伝承も、不思議なものではありません。
少なくとも、偉大な神聖な教師がアメリカを訪れたという考えは、末日聖徒にとって初めて聞いた話ではありません。
回復の業が始まるはるか以前から、古代アメリカの先住民族が、人々の人生を変え、再び戻って来る希望を残して去って行った、偉大な神聖な教師についての考えを持っていたのです。
これらの一致をどのように解釈するかは人それぞれでしょう。
しかし、モルモン書を信じる人々にとって、こうした古代の伝承は、歴史上最も重要な出来事の1つです。復活した救い主が、古代アメリカの民を訪れた出来事の遠い記憶の反響なのかもしれません。
もし、これらの伝承が、わたしたちの想像以上に多くのものを今も伝えているとしたら、胸が踊ります。
参照:masfe.org
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