日本での伝道が開始して125周年となった今年、この特別な年を記念して、8月30日にべドナー長老姉妹による全国特別集会が行われました。

べドナー長老姉妹を迎えたこの特別な集会は、横浜にある山手ワードから日本全国の教会へと生配信されました。

山手は日本の教会史において、特別な場所です。

1901年ヒーバー・J・グランドと3人の宣教師が日本に着き、横浜にある山手の丘にて、この地で福音を述べ伝えるための奉献の祈りを捧げました。

この集会では、日本の教会の発展の一部に関わりがある兄弟姉妹や、次世代を代表とする子供たちが証を分かち合いました。

話を聞いていて、彼らはまさに日本の教会の開拓者だと感じました。そしてその働きや証、思いは確実に新しい世代に繋がっています。

日本の最初の宣教師とその日本人友人の記念撮影
日本の初期の宣教師とその日本人の友人 左から高橋五郎、ルイス・A・ケルチ長老,ホレス・S・エンサイン長老,ヒーバー・J・グラント長老,アルマ・O・テーラー長老。画像:末日聖徒イエス・キリスト教会

日本の開拓者への感謝

わたしは教会員の家庭に生まれ、いわゆる2世として福音の中で育ちました。物心ついた時には自分のホームワードに教会堂があり、プライマリーやセミナリー、青少年クラスなど、教会のプログラムによって福音を学ぶ機会を得ていました。

1960~1970年代の日本では、教会が急速に発展し、集会所が足りなくなります。そのため新しい集会所を探したり、新たに教会堂を建設する必要がありました。

教会堂の建設には、多くの教会員の犠牲がありました。献金や建設に携わり、仕事や学業に励みながら、教会の発展に尽力していました。

今は教会が建設費を負担し、業者に発注して教会堂や神殿の建設や維持を行っています。

当時の教会員の信仰と働きにより、現在わたしたちは毎週教会に行き、福音学習や信仰を育てるためのさまざまなサポートを受けることができます。

この特別な集会中、多くの日本の教会の開拓者たちの働きと、当時の苦悩などを想像してみました。あくまでも想像なので完全に理解することはできませんが、それでも感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。

特別集会で山手ワードで話すべドナー長老
2026年8月30日に開催された日本教会設立125周年記念集会で話す、デビッド・A・ベドナー長老。画像:末日聖徒イエス・キリスト教会

べドナー長老からの学び

使徒が日本を訪れて、教会員に教えを説く機会は度々ありますが、どれもとても特別な時間になります。

今回も日本で伝道が始まって125年という節目にべドナー長老が来たことは、とても祝福されたことだと思います。

特別集会でのべドナー長老の話で心に残っているのが、神聖な力が聖約を守る民に宿る、という話です。

これは日本の教会の発展に携わってきたすべての教会員のことを言っているような印象を受けました。

時間、労力、金銭までも犠牲にしながら教会のことを行い、また自身の信仰を育み証を分かち合ってきた兄弟姉妹は、主の聖約を従順に守ってきたからこそ、力を得て、数々の困難を乗り越えて、現在も教会に通っているのでしょう。

べドナー長老はモーサヤ書24章の聖句を使って、「重荷に耐える」話をしました。

わたしたちの人生で生まれる重荷は、主によって取り除かれるのではなく、主はわたしたちがその重荷に耐えられる力を与えてくれます。さらに、その力はただ忍耐する力ではなく、「心楽しく忍耐」する力です。(モーサヤ書24章15節)

さらに、べドナー長老は2026年4月の総大会でこのような話を分かち合っています。

最後まで堪え忍ぶとは、単に歯を食いしばり、体力と精神力の限界にしがみつき、死すべき生涯の困難や逆境を乗り越えようとする不屈の決意ではありません。それ以上のものなのです。

…聖典の中の「最後まで堪え忍ぶ」という言葉は、わたしたちの心の中に生じる大きな、霊的な変化を繰り返し思い起こさせるものです。それはまた、わたしたちがキリストの純粋な愛を真に持つならば、どのような者になれるかという、主の約束でもあります 。

(デビッド・A・ベドナー「勇敢に堪え忍んだすべての者」『リアホナ』2026年5月号)

心楽しく忍耐する力は、一度や二度の霊的な経験によって得られるものではありません。生涯続く信仰生活の中で繰り返し経験することで、その力を得られるのだと感じました。

子供の頃に見た教会の大人たちは、いつも笑顔でした。日曜日にお互いに声を掛け合い、土曜日の活動などでは、とても楽しそうに参加していました。

教会員はお互いに助け合い、重荷を分かち合い、共に信仰を育てながら教会も発展してきた
画像:末日聖徒イエス・キリスト教会

大人になるにつれ、福音によって得られる喜びを知り、あの頃の大人たちがなぜいつも笑顔だったのかが分かるようになりました。

もちろん、いつも幸せで人生に何の問題もない教会員はいません。それぞれが何かしらを抱えて生きています。それでも彼らは福音によって喜びを得ています。それは、べドナー長老が話した通り、主の聖約を守り続けているから神聖な力を得ているのでしょう。

使徒たちはイエス・キリストについて証をします。その証からわたしたちは御霊を感じ、自分のキリストの証を養い育て、そして普段の生活でもキリストを思い出すことができます。

キリストについていつも思い出すことができることも、わたしたちを支え、励まし、強さを与えます。

日本での伝道開始125周年という特別な集会に参加できたことに心から感謝します。

そして、次の125年で日本の、そして世界の教会がどのように発展していくか楽しみです。また、1人でも多くの人に福音が届けられ、共に喜びを分かち合う機会が増えることを祈っています。

特別集会の模様はこちらに紹介されています。

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