末日聖徒イエス・キリスト教会の会員(誤って友達や他の宗派の人から「モルモン教会」と呼ばれる)はイエス・キリストが全人類の贖い主であり主であると信じています。主は処女のマリヤから生まれ、マリヤは神の力によって身ごもり出産しました。末日聖徒はイエス・キリストが文字通り肉体における神の子供であると信じています。また、イエス・キリストが人類の罪のために苦しみ、すべての人が悔い改めることで罪から清められ、天の父である神のもとに戻ることができるようにしてくださったと信じています。イエス・キリストはその死の3日後によみがえられました。は今日生きておられ、この地における王国の業務を導き指示を与えておられます。

イエス・キリストとその贖いの業の神聖さ

mormon-Gethsemene1モルモン書の副題は、「イエス・キリストについてのもう一つの証」です。聖書の旧約の部分にはイエス・キリストの誕生と御業と十字架につけられることが予言されています。それから新約には4人の証人により旧約の予言が成就したことが記されていて、聖書はですからナザレのイエスが実に世の救い主であることの力強い証です。モルモン書には数多くのイエス・キリストの誕生、業績、贖いの犠牲についての霊感あふれる予言や証が書かれています。中でも復活されたイエス・キリストがエルサレムで天に昇られたすぐ後、古代のアメリカを訪れられたことが書かれていることが注目されます。ですから「イエス・キリストについてのもう一つの証」として聖書に連なることによって証の律法を成就するものです。

モルモン書には救い主の生涯とその御業について多くの予言が記されています。次のイエス・キリストに関する力強い文章について考えてみてください。紀元前の600年から592年の間に、ニーファイは救い主の誕生とバプテスマについての示現を受けました。

「そこでわたしが眺めると、大きな都のエルサレムをはじめ、そのほかのもろもろの町が見えた。またナザレの町も見えた。そしてわたしはナザレの町に一人のおとめを見たが、それはまことに色が白く美しいおとめであった。(中略)すると天使がわたしに言った。『神の子羊、まことに永遠の父なる神の御子を見なさい。あなたは父が見た木の意味を知っているか。』(中略)天使はこれらのことを言ってから、またわたしに『見なさい』と言った。眺めると、神の御子が人の子らの中に進んで行かれるのが見えた。また多くの人がその足もとに伏して、御子を拝むのが見えた。(中略)それで眺めると、父の語った世の贖い主が見え、また贖い主の前に道を備える預言者も見えた。また神の子羊が進み出て、その預言者からバプテスマを受けられた。バプテスマを受けられると、天が開いて聖霊が鳩の形を取って降って来て、神の子羊のうえにどどまるのが見えた。」(1ニーファイ11:13,21,24,27)

ニーファイはまた救い主のなさる業とその十字架上での死を証しました。

「またわたしには、子羊が出て行き、力と大いなる栄光をもって人々を教え導かれるのが見えた。また、幾つもの大勢の人々の群れが、その子羊の言葉を聞くために集まるのが見えた。そして、彼らが自分たちの中から子羊を追い出すのが見えた。そして、ほかに十二人の人が子羊に従うのも見えた。(中略)眺めると、神の子羊が人の子らの中に出て行かれるのが見えた。また病気や汚れた霊につかれて苦しんでいる人々の群れが見えた。天使はこれらのことをすべてわたしに語り、また見せてくれたが、これらの人々は神の子羊の力によって癒やされ、また悪霊や汚れた霊は追い出された。(中略)眺めると、神の子羊が人々に捕らえられるのが見えた。まことに、永遠の神の御子は世に裁かれた。わたしはこれを見たので、その証をする。わたしニーファイは、神の子羊が世の罪のために十字架につけられて殺されたのを見た。」(1ニーファイ11:28-29,31-33)

救い主の御業と十字架上での死についてのこの驚くべき予言に加えて、ニーファイはまた弟ヤコブのすぐれた証も記録しています。2ニーファイ9:54はイエス・キリストの「無限の贖い」がどのように人類をアダムとエバの堕落から贖っているかを美しく説明しています。

「おお、神の慈しみの何と深いことか。わたしたちがこの恐ろしい怪物に捕まえられないように、神は逃れる道を備えてくださっている。まことに、その恐ろしい怪物とは死と地獄であり、わたしはそれを肉体の死および霊の死と呼ぶ。(中略)神は、神の声に聞き従うすべての人を救うために、この世に来られる。見よ、神はすべての人の苦痛、まことに男、女、子供の区別なく、アダムの家族に属する、生けるものすべての苦痛を受けられる。神がこれを受けられるのは、復活がすべての人に及び、大いなる裁きの日に、すべての人が神の御前に立つようにするためである。また神は、すべての人に、イスラエルの聖者に対して完全な信仰を抱きながら、悔い改めて、神の御名によってバプテスマを受けなければならないと命じておられる。そうでなければ、人は神の王国に救われない。(中略)おお、わたしの愛する同胞よ、罪を捨てなさい。あなたがたを固く縛ろうとする者の鎖を振り落とし、あなたがたの救いの岩である神のみもとに来なさい。」(2ニーファイ9:10,19,2123,45)

2ニーファイ9を何度も誠実な祈りと共に読みそれについて深く考えると深刻な罪を犯した人でも悔い改め、イエス・キリストの贖いに世って恵みと赦しを得ることができます。ジョセフ・フィールディング・スミス長老はイエス・キリストの十二使徒ですが、このヤコブの説教について「贖いについて話されたものの中で最も啓発される内容で、救いを求める人は皆これを注意深く読むべきです。」[1]と述べています。

モルモン書の最初の400ページの中には12人以上の預言者によるイエス・キリストの誕生と救いをもたらす贖いについての証が述べられています。紀元前545年頃死を目前にしたニーファイの予言を見てみましょう。「かつてユダヤ人が拒んだまことのメシヤを信じさせ、また、もうほかのメシヤがおいでになるのを待ち望む必要がないことを確信させるために与えられるものであるから、彼らは終わりの日にこれらの御言葉によって裁かれるのである。預言者たちの語るメシヤはただ一人であって、ユダヤ人はそのメシヤを拒むのであるから、ほかにメシヤが来るとすればそれは民を惑わす偽りのメシヤにほかならない。預言者たちの言葉によれば、メシヤはわたしの父がエルサレムを去ってから六百年で来られる。また、預言者たちの言葉と神の天使の言葉によれば、その御名は神の御子イエス・キリストととなえられる。」(2ニーファイ25:18-19)

これ以上にはっきり述べることはできません。私たちがニーファイとその民にとって救い主についての知識を知ることがいかに大切であるかニーファイは説明しています。「わたしたちは子孫と同胞に、キリストを信じ(中略)わたしたちはキリストのことを話し、キリストのことを喜び、キリストのことを説教し、キリストのことを予言し、また、どこに罪の赦しを求めればよいかを、わたしたちの子孫に知らせるために、自分たちのの予言したことを書き記すのである。」(2ニーファイ25:23,26)

モルモン書のさまざまな預言者が救い主の誕生の数百年前から紀元前5年までの間にイエス・キリストの贖いについて証しています。

紀元前544年から421年にエノス(エノス1:26-27)が、紀元前279年から130年にアマレカイ(オムナイ1:26)が、およそ紀元前124年にベニヤミン王(モーサヤ3:5-8,17)が、紀元前150年ごろアビナダイ(モーサヤ16:6-13)が、紀元前100年から92年に父アルマ(モーサヤ26:22-26)が、紀元前83-73年に息子アルマ(アルマ5:48;7:7-14;34:4-8;36:17-20)が、紀元前90年ごろにアロン(アルマ22:12-14)が、紀元前30年ごろヒラマンの息子ヒラマン(ヒラマン5:9-12)が、紀元前5年にレーマン人のサミュエル(ヒラマン14:2-8)が予言しています。

モルモン書にはエルサレムでの十字架上での死と復活の後、復活されたイエス・キリストが古代アメリカの住民を訪れたことについての神聖な記録が含まれています。次の記録はもう一人のニーファイによって記されていますが、このニーファイは紀元後34年にアメリカ大陸に住んでおり、バウンテフルと呼ばれた地に民が集まっていたときのことについて述べています。

「天から発せられるような声が聞こえた。(中略)その声は彼らに語った。『わたしの愛する子を見なさい。わたしの心にかなう者である。わたしは彼によって、わたしの名に栄光を加えた。彼に聞きなさい。』そして、彼らはその意味が分かったので、再び天を見上げた。すると見よ、天から一人の男の方が降って来られるのが見えた。この御方は白い衣を着ておられ、降って来て群衆の中に立たれた。全群集の目がこの御方に注がれたが、(中略)そこで群集は進み出て、主のわきに手を差し入れ、また主の両手と両足の釘の跡に触れた。彼らは一人ずつ進み出て、全員がこのようにし、自分の目で見、自分の手で触れ、この御方が、将来来られると預言者たちによって書き記された主であられることを、確かに知って証した。彼らは全員進み出て、自ら確認したのち、一斉に叫んだ。『ホサナ。いと高き神の御名がほめたたえられますように。』そして、彼らはイエスの足もとに伏して、イエスを拝した。」(3ニーファイ11:3,6-10,15-17)

復活した贖い主はこれらの人々に福音を教え、12人の特別な証人をお立てになり、バプテスマを施し、主の教会を設立するための権能をお授けになりました。それから主は聖餐の儀式を執り行われ、3日の間人々の間で奉仕の業をなさいました。3ニーファイの12から30章までは、復活されたキリストが紀元34年にアメリカのニーファイ人の中でなさったことが記録されています。.ニーファイ第3書には復活されたキリストの実際教えられたことが記されているので、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書に続く、第5番目の福音書であるともいえます。

アメリカにおける救い主の業に引き続いて、人々は前例のないような福千年の時代に相当するような時代をほとんど2百年ほども経験します。ニーファイ第4書はほんの4ページほどだけですが、この平和な時代について簡潔に述べています。「そして、民の心の中に宿っていた神の愛のために、地の面にはまったく争いがなかった。また、ねたみや紛争、騒動、みだらな行い、偽り、殺人もなく、どのような好色もなく、神の手によって造られたすべての人の中で、彼ら以上に幸せな民は確かにありえなかった。」(4ニーファイ1:15-16)

預言者モルモンはおよそ紀元310-385年ごろに生きていた人ですが、10才のとき、まじめな性格であることを認められ、15才のときニーファイ人の軍の指揮官に任命されました。モルモンは主より選ばれ、民の神聖な記録を抄録することを命じられ、モルモン書のもとである金版の主な記録者となりました。モルモンは偉大な預言者で、その民の没落を目撃しました。彼は金版に記した記録がやがて末日に日の目を見ることを予言しました。この記録について次のように公言しています。

「これらのことが主御自身がふさわしいと思われるときに伝わるように、主に託してこれを隠しておかなければならない。(中略)これらのことは、主が御自分の知恵でふさわしいと見なされるときに、主の命令どおりに伝わるであろう。そして見よ、これらのことは、ユダヤ人の中の信仰のない者に伝わる。これらのことが伝わる目的は、彼らにイエスが生ける神の御子キリストであられることを信じさせることである。(中略)またこの民の子孫に、異邦人から伝わる主の福音をさらによく信じさせることである。」(モルモン5:12-15).

モルモンの息子モロナイはモルモン書の最後の預言者ですが、クモラの丘に記録を埋める前にイエス・キリストについての証を記しています。「まことに、キリストのもとに来て、キリストによって完全になりなさい。神の御心に添わないものをすべて拒みなさい。もしあなたがたが神の御心に添わないものをすべて拒み、勢力と思いと力を尽くして神を愛するならば、神の恵みはあなたがたに十分であり、あなたがたは神の恵みにより、キリストによって完全になることができる。」(モロナイ10:32)

モルモン書の主要で権威を持った人物とは最初の章から最後の章まで主イエス・キリストご自身です。ほかに比類のないほど世界の救い主に対するメシヤ的なメッセージに焦点を当てていることから、モルモン書は「イエス・キリストについてのもう一つの証」と称えられるのです。[2]

モルモン書は罪人の中でも「極悪な」人たちが改心した経験の記録によって、イエス・キリストの贖罪の力について証しています。そのような人たちの中には、父アルマ、息子アルマ、モーサヤの子供たち、ラモーナイ王の父、邪悪な法律家のゼーズロムなどがいます。

その他の資料:

イエス・キリストの贖いはモルモンの信条の中で最たる重要性を持っています。そのことについて末日聖徒イエス・キリスト教会(誤って友達やほかの宗派の人から「モルモン教会」と呼ばれる)の公式サイトで学んでください。

無料のモルモン書を注文する。この書物はイエス・キリストについてのもう一つの証です。

地元の教会堂に集う。

出典:

T・ローズ、どのようにモルモン書が真実であると知るのか、スプリングヴィル、ユタ、シーダー・フォート、2010年、35-41ページ