<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>hlee, Author at 信仰プラス</title>
	<atom:link href="https://morefaith.jp/author/hlee/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://morefaith.jp/author/hlee/</link>
	<description>あなたが神を知り、キリストへ歩み寄る助けとなるように</description>
	<lastBuildDate>Thu, 25 Sep 2025 06:06:43 +0000</lastBuildDate>
	<language>en-US</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=7.0</generator>

<image>
	<url>https://files.morefaith.jp/2025/06/cropped-JAPAN-PROFILE-PHOTO-32x32.png</url>
	<title>hlee, Author at 信仰プラス</title>
	<link>https://morefaith.jp/author/hlee/</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>家族の絆を強める</title>
		<link>https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e5%ae%b6%e6%97%8f%e3%81%ae%e7%b5%869%e3%81%a4%e3%81%ae%e6%96%b9%e6%b3%95/</link>
					<comments>https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e5%ae%b6%e6%97%8f%e3%81%ae%e7%b5%869%e3%81%a4%e3%81%ae%e6%96%b9%e6%b3%95/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[hlee]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 17 Jul 2018 04:08:56 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[家族]]></category>
		<category><![CDATA[子供に教える方法]]></category>
		<category><![CDATA[家族を強める案]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://ja.elds.org/morumon-com/?p=12496</guid>

					<description><![CDATA[<p>家族の関係を強める努力をしていますか？</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e5%ae%b6%e6%97%8f%e3%81%ae%e7%b5%869%e3%81%a4%e3%81%ae%e6%96%b9%e6%b3%95/">家族の絆を強める</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400">今年も近づいて来た夏休み。災害が多い中、家族の絆について考える事も増えてきました。自分には大切な家族がいると確信していますか？彼らに愛を示していますか？夏休みの期間を使って自分の家族を強められる9つの秘訣や方法、また家族内でできる活動等を紹介していこうと思います。この夏に家族の絆を強めて、あらゆるチャレンジに立ち向かうことができますように。</span><span style="font-weight: 400"><br />
</span><b></b></p>
<h2><b>1.耳を傾け、信じる</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">自分以外の人の話を聞き、それを理解しようとする姿勢を持つことは、家族を強めるのに最も重要な要素です。いつもならつい声に出てしまう自分の意見や思いをグッと抑えることができるよう、目標を作ります。</span></p>
<h2><b><br />
2.謝る</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">「最初に謝ることのできる人は最も勇気ある人」という名言が存在するほどです。プライドを捨て、謝れる力を持つよう努力している人はたくましいですよね。</span></p>
<h2><b><br />
3.願う</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">家族の成功を祈ったり、旅行に行けるといった同じ望みを持つことにより、家族の中に会話がうまれます。</span></p>
<h2><b><br />
4.許す</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">伴侶や子供を許すのに時間がかかることが多々ありますよね。ぎくしゃくしたまま放置しておけば絆どころではありません。2番目に出てきた名言の続きがこうです、「最初に許す人は最も強い人。」</span></p>
<h2><b><br />
5.愛</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">家族の中にいつも笑顔があるように、食事や掃除は家族みんなでするように表を作り、それに従うと良いです。</span><span style="font-weight: 400"><br />
</span></p>
<figure id="attachment_12498" aria-describedby="caption-attachment-12498" style="width: 720px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://files.morefaith.jp/2018/07/01.jpg"><img fetchpriority="high" decoding="async" class="size-full wp-image-12498" src="https://files.morefaith.jp/2018/07/01.jpg" alt="家事分担表" width="720" height="420" /></a><figcaption id="caption-attachment-12498" class="wp-caption-text">この画像は<a href="http://cweb.canon.jp/pixus/special/p-note/recipe/detail/127.html" target="_blank" rel="nofollow noopener noreferrer">© Canon Inc./Canon Marketing Japan Inc.</a>より</figcaption></figure>
<p><span style="font-weight: 400">内側の円形の枠内に家族の名前を入れるような仕組みです。</span><span style="font-weight: 400"><br />
</span><span style="font-weight: 400">別紙で内側の円形の紙を作成し、それを一番上に固定します。</span><span style="font-weight: 400"><br />
</span><span style="font-weight: 400">紙を回してその日の掃除当番を決めるだけ、簡単です！<br />
（上記のリンクにダウンロード可能のテンプレートがあります。）</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400"><br />
</span><b>6.尊敬</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">家族に言葉で尊敬の意を示しましょう。尊敬する部分を伝える時は以下の3つの点を意識します。</span><span style="font-weight: 400"><br />
</span><span style="font-weight: 400">・その人がもつ資質（性格、成り立ち）</span><span style="font-weight: 400"><br />
</span><span style="font-weight: 400">・それらの資質が現れた取り組み（経験したこと、見たこと）</span><span style="font-weight: 400"><br />
</span><span style="font-weight: 400">・その取り組みによってもたらされた結果</span><span style="font-weight: 400"><br />
</span><span style="font-weight: 400">お互い尊敬し合うことにより愚痴、嫉妬など悪い雰囲気を生み出すものを消去していくのです。</span></p>
<h2><b><br />
7.哀れみ</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">「親しい仲にも礼儀あり」。家族メンバーの悩み事や心配事に気が配れるように今日一日どうだったか等、話をする時間が一日一回とれると理想的です。</span></p>
<h2><b><br />
8.娯楽</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">家族でキャンプに行ったり、ゲームをしたり、外食する時間を作りましょう。お互いの顔を近くで頻繁に見ることによって相手の今の様子が分かります。時には、生活の中でのあらゆる疲れやストレスを解消してくれるよう、フリーの時間を意識的につくり、有効に活用しましょう。</span></p>
<h2><b><br />
9.労働</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">目的を遂げるために継続的に努力して体や知恵を使って働くと家族、またその他親戚にも良い影響になります。庭仕事や部屋のリアレンジメント、近所の方への奉仕等、様々なことができます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400"><br />
この9つの方法を家族で少しずつ心がけ、挑戦することによってお互いがより近い存在になれるでしょう。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">チャレンジの多い夏休みですが、家族で旅行に行ったり、川遊びをしたり、映画を見たりする時に、これらのことを思い出してみてください。楽しく過ごせることを願っています。</span></p>
<p><iframe title="夏休みの期間を使って自分の家族を強められる9つの秘訣や方法" width="800" height="450" src="https://www.youtube.com/embed/uhjO7oSfj7s?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe></p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e5%ae%b6%e6%97%8f%e3%81%ae%e7%b5%869%e3%81%a4%e3%81%ae%e6%96%b9%e6%b3%95/">家族の絆を強める</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e5%ae%b6%e6%97%8f%e3%81%ae%e7%b5%869%e3%81%a4%e3%81%ae%e6%96%b9%e6%b3%95/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>1</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>どうしたら永遠につづく愛を築けるか</title>
		<link>https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e3%81%a9%e3%81%86%e3%81%97%e3%81%9f%e3%82%89%e6%b0%b8%e9%81%a0%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%a5%e3%81%8f%e6%84%9b/</link>
					<comments>https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e3%81%a9%e3%81%86%e3%81%97%e3%81%9f%e3%82%89%e6%b0%b8%e9%81%a0%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%a5%e3%81%8f%e6%84%9b/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[hlee]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 17 Feb 2017 00:37:41 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[家族]]></category>
		<category><![CDATA[愛]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://ja.elds.org/morumon-com/?p=7409</guid>

					<description><![CDATA[<p>「愛する」という言葉は動詞です。よく「恋に落ちる」などの表現で、自分の思いとは裏腹に感情が走っていくような捉え方をしますが、真実の愛は、選択によって育まれていくのです。ですので、「愛する人と結婚できるように」より「結婚した人を愛せますように」と祈る方が正しいのです。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e3%81%a9%e3%81%86%e3%81%97%e3%81%9f%e3%82%89%e6%b0%b8%e9%81%a0%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%a5%e3%81%8f%e6%84%9b/">どうしたら永遠につづく愛を築けるか</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">人は、「愛する」ことを選ぶことができるのでしょうか、それとも愛とは不可抗力なのでしょうか？愛することに選択の自由は関係するのでしょうか、それとも愛とは自然に起こるものなのでしょうか？もし愛が不可抗力なのであれば、どうしたらその影響を受けるばかりではなく積極的に行動にすることができるでしょうか？</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>「恋に落ちる」ということ</strong></h2>
<p>現代のロマンティックな映画は、愛とは、運命や幸運といったもののように、コントロールも制御もできない力だとあなたに思い込ませるでしょう。しかしそれは真実ではありません。愛や恋に「落ちる」というのは、キューピッドや白馬に乗った王子様と同等のおとぎ話以外のなにものでもありません。</p>
<p>「恋に落ちる」という表現はとても美しいフレーズですが、「落ちる」という単語を使うことには特有のリスクがあります。その単語は、愛とは事故的で、無意識的な、選択の余地のないものであることを暗示しているからです。このような心持ちでいると、悩ましくも当然の結果として 「自分たちの愛はさめた」という、最近では結婚の失敗を説明するのによく使われる、ありふれた考えを信じることにつながってしまいます。</p>
<p><span style="font-weight: 400;">恋に落ちたり愛がさめたりというのは、まるで愛がコントロールできないものであるかのように感じさせます。まるで、愛に関してはわたしたちはその影響を受けるばかりで、自分たちから選ぶことができないかのように感じさせるのです。</span></p>
<p>もしわたしたちが選択の自由のある世界に生きているのなら、この人生でくだされるもっとも重要な決断である、伴侶を選ぶという決断が、キューピッドの手にかかったものではなくわたしたちが選べるものであるほうが、意味が通ると思いませんか？</p>
<p><span style="font-weight: 400;"> 新婚のカップルが同じ屋根の下に住み始めると、独身のときには考えもしなかった数々の問題に直面し始めます。そういった問題の深刻性の低いものとしては、ひどいいびきやあまり上手でない料理の腕、または床に放られた靴下などが挙げられるでしょう。より深刻性の高いものでは、身体的な愛情表現や経済面の管理に関する不一致などが挙げられます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">時間をかけて、こういった刺激は関係に膿を生じさせ、ストレスをかけます。そしてそれが感情に深く作用することで、「愛がさめた」と信じるカップルが出てくるのです。そういった人々は、彼らが自分たちの選択の責任を取ろうとするのをやめるように働きかけるサタンの恰好の的となります。一度それが起きれば、彼らは影響を受けるばかりになり、彼らをコントロールする外的な力の被害者であるかのように白旗を振ることでしょう。もしかしたら、結婚しようと決めたもともとの決意を疑い始めるかもしれません。「本当にこの人と永遠に一緒にいたいのか？」と自問し始めるかもしれません。</span></p>
<p>最終的に、彼らは離れ離れになり始めます。「もう君を愛していない」など、相手を傷つけるようなことを言う場合もしばしばあります。相手を不快に思いつつも、子どもたちのために我慢し合うこともあるかもしれませんし、2人の間に生じた違いは相容れないものだと信じて別居することもあるかもしれません。その結果は、傷を負った、または崩壊した家族、またはサタンの最も力のある策略の犠牲者です。</p>
<p><span style="font-weight: 400;">恋に落ちるというこんなにも栄光にあふれ、美しいものが、どうしてこんなにも多く惨めな結果に終わってしまうのでしょうか？なにが問題なのでしょう？</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>理想と現実の混合</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">ふたりの関係が始まったばかりの愛し合う若い未婚のカップルを観察するのは面白いところがあります。丸一日を一緒に過ごしたあとにでも、その晩ふたりはまだ電話で話をしたりします。彼らにとって、離れていることは完全に拷問なのです。他のことにはほとんど集中できません。</span></p>
<p>ふたりの関係以外のすべてのことは、ふたりが一緒にいるのをはばむ厄介で邪魔なことでしかありません。彼らの頭のなかでは、今彼らの目の前にある愛以上に真実の愛と呼べるものはないのです。結婚前のこの愛の度合いを、わたしたちは「心酔」と呼びます。</p>
<p>カップルが結婚したあと、その激しさは徐々に減っていきます。同じ屋根の下に住むと、ふたりはおたがいの癖や気質を発見し始めます。ドイツの作家であるヨハン・ゲーテは昔このように言いました。</p>
<blockquote><p><span style="font-weight: 400;">「愛は理想で、結婚は現実だ。現実と理想の混乱が罰せられないことはない。」</span></p></blockquote>
<p>理想が現実に取って代わられたとき、「親しみやすさ」は簡単に「良くないところ探し」に変わってしまいます。「初めの頃の情熱は、愛の炎はどこへ行ったの？」と、カップルはお互いに尋ねるかもしれません。突然、伴侶がスーパーマンではなく、ただのクラーク・ケントにしかみえなくなるのです。心酔していた状態はだんだんと色あせてきます。</p>
<p>心酔した状態を愛と思い違いしていた人々は、問題が起こった時おろかにも「愛がさめた」と信じるようになるのです。その結果として感じ始める疑いの気持ちは、自分は間違いを犯したのではないか、または本物の心の友はまだどこかにいるのではないかと彼らに思わせます。彼らの関係におけるこの重大な岐路において、サタンはより多くの不確かさを作り出し、そのカップルを別れさせるためにできることをすべてします。</p>
<p>こういうときこそ、この関係を再燃させるためにほんのすこしの本物の愛が必要になるのです。それは、付き合い始めた頃にクラーク・ケントをスーパーマンに見せたような激しい感情を取り戻すものではないかもしれませんが、結婚が向かう方向を完全に変えるものです。</p>
<p>心酔した状態が穏やかになり慈愛に変わるとき、真実の愛が花開き始めます。40年後、おじいちゃんは今まで以上におばあちゃんを愛するようになるのです。そうなれば、心酔した状態はそれよりもずっと忍耐強いなにかに取って代わられているので、彼はより簡単に彼女の短所を堪え忍ぶことができるようになります。彼らの愛は日を追うごとに強く育ち、成熟していきます。</p>
<p>もし夫と妻が愛の聖書的な定義（無私、慈愛、キリストの愛）をふたりの関係に取り入れる気持ちがあれば、生気のない結婚でさえロマンスを取り戻すことができます。ベストセラーになった著者のスティーブン・R・コービーは彼の経験をこう語っています。</p>
<blockquote><p>「あるセミナーで、わたしが家族のなかでキャラクターを実演することの大切さについて話したあと、ある男性がわたしのところにきて言いました。『あなたが言っていたことは素晴らしいと思います。でもわたしの妻とわたしは、以前抱いていたような気持ちをもうお互いに抱けません。もう愛していないのだと思います。どうしたらいいでしょう？』</p>
<p><span style="font-weight: 400;">『彼女を愛してください』とわたしは答えました。彼は困惑しているようでした。『愛を感じないのにどうやって愛せというんですか？』わたしはこう答えました。『いいですか、愛（ラブ）は動詞です。愛するという気持ちは愛の結果なのです。だから奥さんを愛してください。一度できたのだから、もう一度できます。彼女の話を聞いて、共感して、感謝してください。これはあなたの選びです。やってみる気はありますか？』</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">もちろん、わたしは彼に、彼の結婚関係を好転させるために彼に求められているキャラクターを探し求めてみるつもりがあるかと尋ねたのです。わたしたちのすべての関係は人生にそって形成されます。起伏があるものなのです。だからこそわたしたちの家族はわたしたちの人格に重大な影響をおよぼすのです。同様に、それを育てる機会を何度も何度も与えてくれます。」</span></p></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>共に愛を育てる</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">何人かの人に取っては、恋に落ちるというのは魔法にかかるような、ひと目ぼれのようなものかもしれません。しかしある人たちにとっては、「恋に落ちる」というより「愛を育てる」、芽を出し始めた友情が年月をかけて花開き始める、というようなものです。最初のタイプも一瞬で花を開かせるのかもしれませんが、大体の場合それは心酔した状態や、甘いけれど中身がほとんど詰まっていないわたあめのような愛といった幻想からはじまります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">一方で、「神聖な」愛について、スペンサー・W・キンボール大管長はこのように言っています。</span></p>
<blockquote><p>「神聖な愛は世の中で『愛』と誤って呼ばれている、身体的に惹かれることをいうものとは違います。結婚関係がこの『愛』にのみ基づいていると、ふたりはすぐにお互いに疲れてしまいます。傷つき、離婚すると、また身体的な魅力を見出しもう一度結婚につながりますが、それもまた生気がなくなるまで続くだけのものです。</p>
<p>主が話される愛は、身体的な魅力だけでなく、信仰、自信、理解、そしてパートナーシップに基づくものです。それは献身、同僚であること、親であること、そして標準と理想の分かち合いです。それは人生の浄化であり、無私の心、そして犠牲です。このような愛は、疲れることがなく、弱まることもありません。その愛は、病気や悲しみのとき、栄えるときも足りないときも、成功するときも、落胆するときも、現在と永遠を通して生きるものなのです。</p>
<p>多くの有名な歌や映画で、終わりのない愛が取り上げられています。世界にとって、このような歌詞は単純に詩的です。しかし主の愛を実践する者にとっては、神聖な可能性に対する本物の表現です。永遠の愛、永遠の結婚、そして永遠の家族がすべて『神の子供たちの永遠のさだめに対する創造主の計画の中心』（家族：世界への宣言）であることを信じています。」</p></blockquote>
<p>しかし、すべてのカップルがこの栄光あるさだめに向かう旅の途中で困難に直面します。幸せで、成功した結婚は、2人の許す能力にかかっているのです。ゴードン・B・ヒンクレー大管長は、これを「より高いレベルでのお互いの許容」であることを学んだと話しています。真実の、そして成熟した愛は、お互いがお互いの不完全さを見つけた後、2人がお互いに捧げると決めたときに現れるのです。</p>
<p>世界に、完全な結婚関係はありません。なぜなら、完璧な人間などいないからです。しかしイエス・キリストの福音は、完全な結婚に向けてどのように関係を育てたら良いか、そしてその間どのように結婚関係にロマンスを保持するかを教えてくれます。愛が主にもとづいていれば、誰も「愛がさめる」ことを経験しなくて済むのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>注意深く愛を選ぶ</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">あまりに多くの人が、愛とはただ気持ちが付随するもの、つまり人に「起こるもの」であると信じています。彼らは愛と心との関連を認めず、選択の自由を認めません。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">わたしたちは、神のどの戒めも選択の自由を含むことを知っています。従うか従わないかは、いつも自分で選ぶ事ができます。したがって、主が「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ」（マタイによる福音書22章37節）、そして「自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ」（マタイによる福音書22章39節）と愛を戒めの形にしたとき、主は「隣人と恋に落ちてくれたらいいね」と言っているわけではないのです。この戒めは直接的な、意識的に選択を続けるようにという心へのアピールなのです。</span></p>
<p>救い主は、愛が従うべき戒めであること、「律法全体と預言者とがかかっている」戒め（マタイによる福音書22章40節）であることを明確にしています。キリストのような愛を手に入れるためには、わたしたちは生まれながらの人を捨て、生まれながらの欲求をコントロールして、敵さえも愛する必要があります。この戒めは、従う理由と意識的な決意を必要とします。</p>
<p>モルモン書の預言者であるベニヤミン王もまた、愛は選択の自由と大いに関係があることを教えています。親たちに対する彼の助言のなかで、彼はこのように宣言しています。</p>
<blockquote><p><span style="font-weight: 400;">「（あなたがたは、[子どもたちに]）互いに愛しあい、互いに仕え合うように教えるであろう。」（モーサヤ書4章15節）</span></p></blockquote>
<p><span style="font-weight: 400;">学ぶことのできないことが、教えられるのは可能でしょうか？</span></p>
<p>もう一度言いますが、聖典はわたしたちに、影響を受けるばかりでなく自分から行動することを含む愛について教えているのです。愛するように命じるにあたって、主は心酔した状態よりもずっと深い、忠誠の一番深い愛について触れています。それは聖約といいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>結婚のなかで真実の愛を見つける</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">では伴侶の間の愛はどうでしょうか。この愛はロマンスと愛情表現というさらなる要素を含みます。愛と選択の自由に関するこの原則は、そして愛するようにというこの戒めは、結婚にも当てはまるのでしょうか？</span></p>
<p>もう一度言いますが、主はわたしたちに指示を与えてくださっています。「あなたは心を尽くして妻を愛し、妻と結び合わなければならない。その他のものと結びあってはならない。」（教義と聖約42章22節）主が、わたしたちの選択の自由を尊重しつつも、とても直接的な戒めを与えていることに気がつくために、どんな推測も必要ありません。すべてのことでそうであるように、キリストは愛を示すことを選ぶことに関しても完璧な模範を示されました。彼はより高いレベルの、完全な愛、自分への感心を全く抜きにした愛を示されたのです。彼はこのように言いました。「わたしは、新しい戒めをあなたがたに与える、互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。（ヨハネによる福音書13章34節）</p>
<p>キリストがしたように愛するというのは、「自分を愛するように」愛することよりも更に高い段階の愛です。それは、他人を自分自身より高く上げるという純粋な愛です。この純粋な愛が、夫と妻の間にあるべき愛の形なのです。十二使徒のパウロはこのように強く勧めています。</p>
<blockquote><p><span style="font-weight: 400;">「夫たる者よ。キリストが教会を愛してそのためにご自身をささげられたように、妻を愛しなさい。」（エペソ人への手紙5章25節）</span></p></blockquote>
<p>では、キリストはどのように教会を愛したのでしょうか？彼の完全な模範は、真実の愛とはなんなのかを教えてくれます。それは慈愛です。真実の慈愛を理解したとき初めて、わたしたちは主の「愛しなさい」という戒めに完全に従うことができるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>愛を理解し始める</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">愛という、全世界共通のものが、どうしてこんなに定義しにくく見つけにくいものなのでしょうか？その一部分においては、愛が広範囲に及ぶ、そしてすべてを包む原則と感情であることが理由として挙げられるでしょう。または、世界がこの愛を星の光、月の光、またはろうそくの灯りなどで探そうとしていること、「世の光」（ヨハネによる福音書8章12節）である「真実の光」（教義と聖約88章50節）をもって探そうとはしていないことも原因のひとつです。</span></p>
<p>わたしたちの救い主は、真実の愛、そして終わりのない究極のラブストーリーの唯一の筆者です。彼はその愛を慈愛と呼び、それは「永遠に」堪え忍ぶといいます。（モロナイ書7章47節）慈愛なしでは、そして贖いなしでは、哲学者や作家たち、脚本家たちや詩人たち、そして作詞家たちが完全に、そして永遠になることはありえません。</p>
<p><span style="font-weight: 400;">イエス・キリストは、慈愛について本当に理解し、愛に生きた唯一の人です。ジェフリー・R・ホランド長老はこう言っています。</span></p>
<blockquote><p>「真の慈愛は、今までに一度だけありました。キリストの決して尽きることのない、究極的な、私たちに対する贖いの愛の中でのみ、完全で純粋でな形で見られます。」</p></blockquote>
<p>わたしたちの知識には限りがあり、完全ではありませんが、わたしたちは聖典や預言者の言葉から、特に慈愛に関する助言から学び、探し、そしてよく考えることにより、よりよく理解し始めることができます。しかしながら、キリストの愛を完全に理解するためには、わたしたちは信仰により、彼の模範に従うことにより、そして犠牲から学ぶことにより知識を深めなければなりません。（教義と聖約88章118節）</p>
<p><span style="font-weight: 400;">ブルース・C・ヘイフェン長老はこのことをとても良く説明しています。</span></p>
<blockquote><p><span style="font-weight: 400;">「人の王の弟子となろうと思う人々は、彼の犠牲の経験を出来る限り最大限に真似るべきでしょう。そうするときにはじめて、彼らは主の共感や慈愛を味わうことができるのです。そうするときに初めて、彼らは主が感じた方法で他の人への主の愛を感じるのに足りる存在になれるのです。主が「わたしがあなたを愛したように」と言ったとおりに。（ヨハネによる福音書13章34節）それはより深く、「自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ」という愛とはまったく違ったものです。（マタイによる福音書19章19節）」</span></p></blockquote>
<p>唯一の完全な「結婚・家族カウンセラー」として、詩的センスだけでなく、文字通り永遠の、そして究極のセンスで「いつまでも幸せに」といったタイプの愛を見つけられるようわたしたちを助けることができるのは、主ただ一人なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>「愛している」と言うことは戒めの一つ</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">愛は動詞であり名詞でもあるので、「愛している」というフレーズもそういった態度や献身を約束すると同時に、気持ちの表現でもあります。わたしたちが「愛する」（動詞）ことを選ぶ時、そしてそれを表現し見せることで行動にうつすことを選ぶ時にのみ、「愛」（名詞）は花開き始めるのです。</span></p>
<p>信仰が働くのも、これと同じ方法です。「信仰が試されてからでなければ、証は得られないから」（エテル書12章6節）です。結婚関係や家族のなかで、わたしたちが肯定感を得るのは愛にもとづいて行動し、愛を試した後のみです。</p>
<p><span style="font-weight: 400;">わたしたちは、今している以上に「愛している」というフレーズを使うべきです。もしわたしたちが子どもたちにこのフレーズを使うことを教えなければ、彼らはその後の人生ずっと、このフレーズを気まずい思いなしに口にすることはできなくなってしまいます。わたしと妻は子供を育てるにあたり、わたしたちは家族の祈りと毎朝の聖典勉強をお互いにハグしあうことで終了しました。それぞれが「愛しているよ」と言いました。兄から妹へ、妹から兄へ、親から子供へ、そして夫から妻へ。それは一日をはじめるのにはうってつけの方法で、またベニヤミン王の「子供に愛することを教えなさい」（モーサヤ書4章15節参照）という助言に従うとてもいい方法でした。</span></p>
<p>それぞれの家族に、それぞれの愛の示し方があるのはもちろんですが、わたしたちは決して子どもたち、伴侶、両親、姉妹たち、そして兄弟たちが自分の愛を感じていると思い込んだり、推測したりするべきではありません。デビッド・A・べドナー長老はこのように話しています。</p>
<blockquote><p>「わたしたちは、『愛している』という言葉は始まりにすぎないことを覚えておくべきです。それを言うだけでなく、心から言うべきですし、最も大切なのは常にそれを示すことです。」</p></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>愛することを決め、愛し続ける</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">聖典では、愛に関すること、（愛とは自分で決めるものなので「恋に落ちる」ことはできないということを）主が明確に話しておられます。それが真実であれば、わたしたちは意識的に伴侶と家族に心をつくし、精神をつくし、そして思いをつくして愛すること、そして「恋に落ちる」のではなく、強く愛し合う夫婦関係と家族を築くことを決意し続けなければなりません。スペンサー・W・キンボール大管長はこう言いました。</span></p>
<blockquote><p>「愛する人と結婚できるよう祈るのはやめて、代わりに結婚した相手を愛することができるように祈りなさい。」</p></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">この記事はElder Lynn G. Robbinsの著書である「Love Is a Choice」の抜粋で、</span><a href="http://www.ldsliving.com/" target="_blank" rel="nofollow noopener"><span style="font-weight: 400;">ldsliving.com</span></a><span style="font-weight: 400;">に&#8221;</span><a href="http://www.ldsliving.com/Elder-Robbins-How-to-Build-a-Love-That-Lasts-Forever/s/81055/?utm_source=ldsliving&amp;utm_medium=sidebar&amp;utm_campaign=related" target="_blank" rel="nofollow noopener"><span style="font-weight: 400;">Elder Robbins: How to Build a Love That Lasts Forever</span></a><span style="font-weight: 400;">&#8221; の題名で投稿されました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">日本語©2017 LDS Living, A Division of Deseret Book Company | Englsih ©2017 LDS Living, A Division of Deseret Book Company </span></p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e3%81%a9%e3%81%86%e3%81%97%e3%81%9f%e3%82%89%e6%b0%b8%e9%81%a0%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%a5%e3%81%8f%e6%84%9b/">どうしたら永遠につづく愛を築けるか</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e3%81%a9%e3%81%86%e3%81%97%e3%81%9f%e3%82%89%e6%b0%b8%e9%81%a0%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%a5%e3%81%8f%e6%84%9b/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>2</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>看病疲れをせず、心の病と戦う愛する人を支えるためにできること</title>
		<link>https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e7%9c%8b%e7%97%85%e7%96%b2%e3%82%8c%e3%82%92%e3%81%9b%e3%81%9a%e3%81%ab%e6%94%af%e3%81%88%e3%82%8b/</link>
					<comments>https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e7%9c%8b%e7%97%85%e7%96%b2%e3%82%8c%e3%82%92%e3%81%9b%e3%81%9a%e3%81%ab%e6%94%af%e3%81%88%e3%82%8b/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[hlee]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 11 Nov 2016 21:59:56 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[家族]]></category>
		<category><![CDATA[祈りの答え]]></category>
		<category><![CDATA[神様からあなたへのメッセージ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://ja.elds.org/morumon-com/?p=6517</guid>

					<description><![CDATA[<p>病気の人を支えるのはかなりのストレスがかかり、看病疲れになる人がほとんどです。少しでも看病疲れを避け、最小限のストレスで愛する人を支える助けになる１２の提案を試してみてください。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e7%9c%8b%e7%97%85%e7%96%b2%e3%82%8c%e3%82%92%e3%81%9b%e3%81%9a%e3%81%ab%e6%94%af%e3%81%88%e3%82%8b/">看病疲れをせず、心の病と戦う愛する人を支えるためにできること</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">あなたの愛する人がうつや躁うつ障害、統合失調症、依存症など心の病に苦しんでいたら…生きることは彼らにとってとても大変なことでしょう。しかし同時に、それらの病はその人を愛するあなたや、その他の人にとって大変つらいことで、看病疲れをしてしまうこともあります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">家族の一人が心の病を抱えていると、心の均衡を保つのがとても難しくなるため、家族の全員が心の病を患っているかのようになってしまうと何かで読んだことがあります。これを知った上で、同時に同じ状況はふたつとないということを覚えておくのはとても大切なことです。例えば、あるケースでは心の病を抱える本人が状況をしっかりと把握することができていたりします。それはとても助けになることですが、他のケースでは、心の病を抱えながらその存在自体に気がついていなかったり、ほとんど知識がなかったりする人もいます。 </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">どのようなケースであろうと、あなたの愛する人が心の病に苦しんでいたら、自分自身の健康をおろそかにしてしまうこともよくあることです。しかしそうしてしまうと、既に困難な状況をさらに悪化させてしまいます。もしあなたの愛する人が苦しんでいたら、あなたは自分自身（それから愛する人）をいたわってあげましょう。そうして自分をねぎらうことが人生のストレスを少し減らすことにつながり、彼らの必要を満たしてあげるのに必要な労力をつくりだすことにつながります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">以下はそれを始めるにあたっての12個の提案です。</span></p>
<h2><strong>祈りの力を利用する</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">天父との深く確固としたつながり以上に孤独感を和らげてくれるものは多くありません。個人の祈りの優先順位を高めてください。毎朝起きたらまずひざまずき、なにがあってもそこにいてくださる天のお父様とのつながりを求めてください。心を注いで心配や恐れ、愛する人を支えることに関しての不安を吐き出しましょう。信じられないほどの霊的な力と慰めが、心からの祈りによって一日を照らしてくれます。必要なときに立ち止まって祈ることで、その力をさらに増すことができます。</span></p>
<h2><strong>霊的な養いを求める</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">心の病に苦しむ誰かを愛し支えることはとても消耗することです。だからこそ、霊的に自分自身を養うと決意してください。あなた自身だけでなく、周りのひと、とくに愛する人達がその決意から益を得るでしょう。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">総大会のお話や聖典を集中して勉強することは、特にあなたの状況での助けとなります。ジェフリー・R・ホランド長老は2013年10月の総大会で「</span><a href="https://www.lds.org/general-conference/2013/10/like-a-broken-vessel?lang=jpn"><span style="font-weight: 400;">破れた器のように</span></a><span style="font-weight: 400;">」という素晴らしいお話をされました。そこからはじめてみるのもいいでしょう。 </span></p>
<h2><strong>知識を得る</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">あなたの愛するひとが抱える問題について出来る限り勉強してください。本を読んだり、講義を聞いたり、医療関係者に話を聞いたり、国立健康機関などといった信用できるオンラインリソースを使ったりしてください。愛する人に対してどう話しかけたら良いのか学んでください。必要なときには境界線を設ける方法や、彼らに医療の助けを受けるよう説得する方法も学んでください。あなたが愛する人の抱える病について知り、理解するほど、あなたは彼らにとってより力強い助けになれます。そしてそれはお互いのためにとても良いことです。</span></p>
<h2><strong>話しやすい場所を見つける</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">あなたの愛する人が苦しんでいるとき、あなたがそのことについて話せる相手が一人いることは助けになります。信頼できる人、あなたとあなたの愛する人に対して深い興味を示してくれる相手を選んでください。それは友人でもビショップでも、家族の一員でも構いません。または、聞く耳とともに助けとなるアドバイスもくれるセラピストでもいいでしょう。あなたのエリアで、似たような試練を経験している人たちのサポートグループがあれば、それを探すのもいいかもしれません。心の内をあかせる安全な場所として、日記を選ぶのもいいでしょう。 </span></p>
<h2><strong>前向きなつながりと思い出をつくる</strong></h2>
<figure id="attachment_6522" aria-describedby="caption-attachment-6522" style="width: 795px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://files.morefaith.jp/2016/11/22574.jpg"><img decoding="async" class="size-full wp-image-6522" src="https://files.morefaith.jp/2016/11/22574.jpg" alt="暖炉と家族の並んだ足" width="795" height="497" /></a><figcaption id="caption-attachment-6522" class="wp-caption-text">写真提供はLDSLivingより</figcaption></figure>
<p><span style="font-weight: 400;">特に状況が厳しいと感じるとき、あなたとあなたの愛する人との関係における良い部分はかんたんに忘れられ、無視されがちです。できるときには可能な限り、そういったつながりを小さなことから、前向きにつくるようにしましょう。シンプルな愛の行いは彼らとあなた自身にとても良いものです。そういった行いは人間関係に必要な正常性をもたらしてくれるからです。試練がいつくるかいつもわかっているわけではないかもしれませんが、陽の光を感じる小さな瞬間をひとつひとつ分かち合うことは、良いときも悪いときも、お互いの支えとなります。</span></p>
<h2><strong>看病疲れをしないよう必要な休養をとる</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">物事がうまくいかないとき、臨戦態勢に入ってしまい、自分自身が溺れないようにしながら愛する人を助けるためにできることをすべてしようとしてしまうのはよくあることです。燃え尽きてしまうのを避けたければ、またはそれから回復したければ、自分自身に回復のために必要な休養を与えてください。それらの休養は、良い本を読んだり、映画を観に行ったり、ともだちとランチにいったりするなどの簡単なことでいいのです。もしあなたの愛する人が特につらい時期を過ごしているなら、彼らの必要なときに誰かが助けを与えられるようにしておき、心配しすぎたり罪の意識を感じることなく休養をとれるようにしましょう。自分自身にそのような時間をとることを許すのは簡単なことではないかもしれませんが、ぜひ時間をとってください。それも、可能であれば定期的にそうするようにしてください。そうすることでリフレッシュして、愛する人を支えるのにより備えられた状態でいることができるからです。</span></p>
<h2><strong>感謝を選ぶ</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">状況が困難で未来が見えないときは、勇気を失い落胆しがちです。それは自然なことですが、絶望にとらわれていはいけません。人生のなかでの祝福をよく思い起こすことで光を招き入れてください。上手く行っていることに関して、急がずに感謝をするために数分長めに祈りの時間をとったり、日記に感謝していることを書いたり「ありがとう」のメモを書いたりすることで簡単にそうすることができます。 </span></p>
<h2><strong>心の均衡のため食生活を改善する</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">カロリーばかりの重たい食事は人を感情のジェットコースターに導きます。それはあなたには絶対に必要のないものです。食生活を見なおすことは、感情的な展望を改善することにつながります。食生活を一度に徹底的に改善するよりは、一週間にひとつずつ変えてみましょう。すぐに、食生活を劇的に改善することができていることに気がつくはずです。</span></p>
<h2><strong>ストレス減少のため運動する</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">科学研究により、散歩にいったりジョギングをしたりするとストレスレベルが劇的に下がることが証明されています。そのようなことをする時間がなくても、たったの10分でもプラスの影響をもたらすことができます。運動は、人間のストレスホルモンの分泌量を下げ、リラックスした気持ちや楽観的な気持ちを生み出すエンドルフィンというホルモンの生成をうながします。看病疲れやストレスを感じやすい状況にいればなおさら、エンドルフィンの助けを借りられると思いませんか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">もし定期的に運動していないなら、一日の日程で運動を組み込める時間を探してみましょう。クリエイティブになってみるといいでしょう。たとえば、エネルギッシュな音楽をかけて家族で踊ってみるのもいいかもしれません。活力的な楽しみのあとでは家族全員がより元気になれるでしょう。</span></p>
<h2><strong>他人の判断は気にしない</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">心の病に苦しんだことのない人や、愛するひとがそのような状況になったことのない人は、ときに思いやりに欠け、なんの気なしに傷つくことを言ったりしてしまいます。あるワードで、ある姉妹の娘が苦しんでいました。ワード内の数人の女性が集まったとき、彼女たちはその姉妹と娘のことについて噂話を始め、その姉妹は彼女たちの判断をとても個人的に捉えました。しかし少しして、彼女はその姉妹たちが彼女や彼女の娘について、そして自分たちが経験していることについて何も知らないのだということに気が付きました。しかし神は知っています。そして神が見たのは、大きな苦しみを負う子供をできることすべてをかけて愛し、養う母親の姿でした。 </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">一分たりとも、他の人の判断によってあなたやあなたの愛する人達の本質を決めつけてはいけません。神はあなたの本質を知っています。そして彼はあなたの愛する人の本質も知っています。彼の愛、導き、そして慰めを信頼し、最善を尽くし続けてください。</span></p>
<h2><strong>心の病は恥ずかしいことではないと教える</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">不運なことに、心の病は恥ずかしいものだという感覚がはびこっています。ユタ州ソルトレークシティゴールド法律学校の教授であるエリン・サックスは、30年以上も統合失調症に苦しんでいます。彼女はこのように言っています。「人々は、心の病は考え方や意思の強さでどうにかなるものではないと知らずに、その人を責めるでしょう。」 </span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">可能な限りいつでも、心の病に苦しむ人のために立ち上がり、そういった病に関する正しい知識を広めましょう。心の病を理解する人が増えれば増えるほど、思いやりを示してくれるひとが増えます。</span></p>
<h2><strong>福音ツールキットを作って使う</strong></h2>
<figure id="attachment_6520" aria-describedby="caption-attachment-6520" style="width: 795px" class="wp-caption aligncenter"><a href="https://files.morefaith.jp/2016/11/hands-clasped-prayer-830749-tablet-2-1.jpg"><img decoding="async" class="size-full wp-image-6520" src="https://files.morefaith.jp/2016/11/hands-clasped-prayer-830749-tablet-2-1.jpg" alt="祈るの手" width="795" height="497" /></a><figcaption id="caption-attachment-6520" class="wp-caption-text">写真提供はlds.orgより</figcaption></figure>
<p>祈りや聖典勉強は、つらい時期を乗り越えるときには必要不可欠ですが、そこで終わらせてはいけません。あなたが自分の置かれた状況の中で使える福音の道具をリストアップして、頻繁に使ってください。</p>
<p><span style="font-weight: 400;">過ちを犯したとしても自分自身と自分の愛する人を許すことをその道具のなかに含むのを忘れないでください。断食も足しましょう。断食は啓示や新しい見方を与えてくれることがあります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">毎週、よく考え集中して聖餐を取ることで、地を踏みしめることもリストに入れましょう。希望や信仰、そして愛を含めるのも忘れないでください。愛を行動の理由とするとき、間違った行いは起こしようがありません。いつでも、望んだような愛を返してもらえるとはかぎりませんが、毎日あなたが愛されているということは何らかの形で知ることができます。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">この記事はDebra Sansing Woodsによって書かれ、</span><a href="http://www.ldsliving.com/" rel="&quot;nofollow”"><span style="font-weight: 400;">ldsliving.com</span></a><span style="font-weight: 400;">に”</span><a href="http://www.ldsliving.com/12-Ways-to-Care-for-Yourself-While-Caring-for-Someone-with-Mental-Illness/s/79462" rel="&quot;nofollow”">12 Ways to Care for Yourself While Caring for Someone with Mental Illness</a>”の題名で<span style="font-weight: 400;">投稿されました。</span></p>
<p>日本語©2016 LDS Living, A Division of Deseret Book Company | Englsih ©2016 LDS Living, A Division of Deseret Book Company</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e7%9c%8b%e7%97%85%e7%96%b2%e3%82%8c%e3%82%92%e3%81%9b%e3%81%9a%e3%81%ab%e6%94%af%e3%81%88%e3%82%8b/">看病疲れをせず、心の病と戦う愛する人を支えるためにできること</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e7%9c%8b%e7%97%85%e7%96%b2%e3%82%8c%e3%82%92%e3%81%9b%e3%81%9a%e3%81%ab%e6%94%af%e3%81%88%e3%82%8b/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>2</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>カトリック教授「モルモン書は奇跡の書」</title>
		<link>https://morefaith.jp/%e8%81%96%e5%85%b8%e3%81%8b%e3%82%89%e5%ad%a6%e3%81%b6/%e3%82%ab%e3%83%88%e3%83%aa%e3%83%83%e3%82%af%e6%95%99%e6%8e%88%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%9b%b8%e3%81%af%e5%a5%87%e8%b7%a1%e3%81%ae%e6%9b%b8/</link>
					<comments>https://morefaith.jp/%e8%81%96%e5%85%b8%e3%81%8b%e3%82%89%e5%ad%a6%e3%81%b6/%e3%82%ab%e3%83%88%e3%83%aa%e3%83%83%e3%82%af%e6%95%99%e6%8e%88%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%9b%b8%e3%81%af%e5%a5%87%e8%b7%a1%e3%81%ae%e6%9b%b8/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[hlee]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 13 Oct 2016 02:59:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[聖典から学ぶ]]></category>
		<category><![CDATA[神様からあなたへのメッセージ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://ja.elds.org/morumon-com/?p=6317</guid>

					<description><![CDATA[<p>今年亡くなったスティーブン・H・ウェブ博士はカトリック教の教授だった。そして、とても研究熱心で、特にモルモン書を勉強し、世界の大半がモルモン教はクリスチャンではないという意見に真っ向から、公に反論をしてくれた人だ。そんなウェブ博士が「奇跡の書」と呼んだのが、モルモン書だった。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e8%81%96%e5%85%b8%e3%81%8b%e3%82%89%e5%ad%a6%e3%81%b6/%e3%82%ab%e3%83%88%e3%83%aa%e3%83%83%e3%82%af%e6%95%99%e6%8e%88%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%9b%b8%e3%81%af%e5%a5%87%e8%b7%a1%e3%81%ae%e6%9b%b8/">カトリック教授「モルモン書は奇跡の書」</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">カトリック教の教授であるスティーブン・H・ウェブ博士を知らない人も多いかもしれませんが、彼は<a href="https://www.lds.org/?lang=jpn">モルモン教</a>の信仰や価値観、そして聖典を支持してきた人です。世界のほとんどがモルモン教はクリスチャンではないと言ったとき、彼は公にモルモン教を擁護してこう言いました。「モルモン教は、イエスが神の息子であるという驚くべき主張をまじめに取り合うことをしない主要なクリスチャンの宗派より、よっぽどクリスチャンである。」 </span></p>
<p>2016年3月5日にウェブ博士が54歳でなくなったとき、モルモン教の学者を含む多くの人達がこの素晴らしい人物を失ったことを悲しみました。「現代の、モルモン教の会員ではない神学者の中で、ウェブ博士ほどモルモン教の理論に厳しさと関心をもって関与した人はいませんでした。」と、ブリガム・ヤング大学のインスティチュート宗教研究協会のブレア・ホッジズは言いました。</p>
<p><span style="font-weight: 400;">ウェブ博士は、モルモン教、特にモルモン書は「キリストに関することでいっぱいである」と信じて、それを発表してきました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>モルモン書との出会い</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">「その本を実際に読んでみたとき、わたしはとても驚いた。」と、ウェブ博士は書いています。「キリスト以外の人は注目を浴びていないのだ。『わたしたちはキリストのことを話し、キリストのことを喜び、キリストのことを説教し、キリストのことを預言し、またどこに罪の赦しを求めればよいかを、わたしたちの子孫に知らせるために、自分たちの予言したことを書き記すのである。』（</span><a href="https://www.lds.org/scriptures/bofm/2-ne/25?lang=jpn"><span style="font-weight: 400;">第二ニーファイ25章26節</span></a><span style="font-weight: 400;">）」</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">この引用でわかるように、彼はモルモン教の信仰に尊敬を示しはしましたが、その尊敬のために批評を抑えようとはしませんでした。しかし、亡くなる少し前、ウェブ博士はLDS Livingにメールを送り、あれから彼の観点が「変わり、育ち、そしてより深くなった」と言いました。更に彼はこう続けました。「わたしがあの言葉を書いたのは、回復された福音を探す旅のほんの序盤にいるときでした。そしてそれから、わたしは聖徒たちに関して、また彼らから多くを学びました。」</span></p>
<p>ウェブ博士は、モルモン教について学び、モルモン教の会員に会うことが、彼をより良いクリスチャンにしたと固く信じていました。</p>
<p><span style="font-weight: 400;">この信心から、彼は「モルモン教のキリスト教：モルモン教でないクリスチャンがモルモン教から学べること」という本、そしてその後に続く「カトリックとモルモン教：神学的会話」という本を書きました。</span></p>
<p>アメリカマガジンとの質疑応答で、ウェブ博士はモルモン教の教義がどのように彼を変えたのか、そしてそれがどのように他のクリスチャン、特にカトリック教徒の益となるのかについてより多くの例をあげました。以下はそのうちのいくつかです。</p>
<blockquote><p>「. . . わたしにとって、モルモン書は物語の形をとって神学の問題に言及する奇跡の書物のように見える。歴史的な観点からよりも、宗教的にこの本を読むと、この本が19世紀にプロテスタントを分裂させた問題の多くを解決し、そのころ可能だったどのような方法よりも豊かで広いキリスト教へ向かう方法を提案していることがわかる。. . . .</p></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>カトリック教はモルモン教から何を学べるだろうか？</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">. . . モルモン教とカトリックはどちらもプロテスタントより多く、「働くこと」と「神聖さ」について話をする。したがって、これに関して彼らはお互いからより多くを学べるはずである。更に、モルモン教では天国の物理的な存在に関する強い信仰を持っている。カトリック教はかつてより写実的で詳細な天国に関する意見を持っていたが、残念ながらその多くは失われているように思う。わたしたちは、モルモン教の物質的にリアルな死後の世界に関する自信から学べることが多くある。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">モルモン教はまた、生者と死者との強いつながりを持ち、それを信じている。わたしたちカトリックは、わたしたちの死者への責任を、モルモニズムを学ぶことで新しい観点から見られるようになるはずである。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>モルモン教はカトリック教から何を学べるだろうか？</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">モルモン教は、最初の十二使徒の死後キリスト教が道を失ったと信じている。そのため多くのモルモン教の会員は神学の歴史や伝統を読もうとしない。誤解しないでほしい。わたしはモルモン教の会員たちは他のどの教会の会員たちよりも神学的に教養があると思っている。彼らは自分たちの信仰に関して驚くほど学びがあり、マイナーな宗派だからこそ、それらの信仰の理解や関連性をとても明確に提示できる。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">モルモン教の会員は自身の信仰に関して神学的に好奇心が旺盛で、知的で大胆である。しかし、多くの場合彼らの信仰がキリスト教の伝統のなかでどこに位置するのかを知らない。わたしは自分の著書や研究のなかで、モルモニズムはキリスト教のなかで孤立しアクセス不可能な宗派ではないということを示そうと努めてきた。モルモン教の信仰には、キリスト教の歴史や伝統にその前例を見つけたりするようなおもしろい並行が見られるのだ。. . . .</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>これを理解するうえで、モルモニズムの本質的なメッセージとは何か？</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">モルモン教の中心となるメッセージは他の教会となんらかわりはない。わたしが話をしたすべてのモルモン教の会員たち、そして今までに読んだすべてのモルモン教の本は、イエス・キリストが主であり、神の息子であり、真の救い主であるということを指し示していた。. . . .</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">わたしがローマ法王フランシスに、モルモン教について一言言えるとすれば、何をいうだろうか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">カトリック教がモルモン教をもっとまじめに取り合うべきときはすでに来た。当時枢機卿（カトリック教における教皇の最高顧問）であったジョセフ・ラッツィンガーがモルモン教のバプテスマの正当性を否定したことを考え直すのが、そのよいきっかけになるかもしれない。ローマから始めるべきかもしれないし、モルモン教がそこに彼らの神殿を建て、その神殿が機能し始めるときが良い機会かもしれない。」</span></p>
<p>モルモン教についてマイナスなイメージからそれを学び始め、実際に心を開いてモルモン書を読み研究することで少しずつその信学論や会員たちを愛し尊敬し始めた男性からのアドバイスや発見そして驚くべき考察がこれです。</p>
<p><span style="font-weight: 400;">わたしたちはウェブ博士の思いやりの心、研究、そしてモルモニズムに関する前向きなメッセージを世界に伝えようとする彼の努力に感謝しています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">この記事はDanielle B Wagner</span><span style="font-weight: 400;">によって書かれ、</span><a href="http://www.ldsliving.com/" rel="&quot;nofollow”"><span style="font-weight: 400;">ldsliving.com</span></a><span style="font-weight: 400;">に&#8221;</span><a href="http://www.ldsliving.com/Catholic-Professor-The-Book-of-Mormon-Is-a-Miraculous-Text/s/81553/?utm_source=ldsliving&amp;utm_medium=sidebar&amp;utm_campaign=mr" rel="&quot;nofollow”">Catholic Professor: The Book of Mormon Is a Miraculous Text</a>”<span style="font-weight: 400;">の題名で</span><span style="font-weight: 400;">投稿されました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">日本語©2016 LDS Living, A Division of Deseret Book Company | Englsih ©2016 LDS Living, A Division of Deseret Book Company </span></p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e8%81%96%e5%85%b8%e3%81%8b%e3%82%89%e5%ad%a6%e3%81%b6/%e3%82%ab%e3%83%88%e3%83%aa%e3%83%83%e3%82%af%e6%95%99%e6%8e%88%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%9b%b8%e3%81%af%e5%a5%87%e8%b7%a1%e3%81%ae%e6%9b%b8/">カトリック教授「モルモン書は奇跡の書」</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://morefaith.jp/%e8%81%96%e5%85%b8%e3%81%8b%e3%82%89%e5%ad%a6%e3%81%b6/%e3%82%ab%e3%83%88%e3%83%aa%e3%83%83%e3%82%af%e6%95%99%e6%8e%88%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%9b%b8%e3%81%af%e5%a5%87%e8%b7%a1%e3%81%ae%e6%9b%b8/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>6</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>末日聖徒イエス・キリスト教会の青少年ー世の光となり、ある教師の人生を変える</title>
		<link>https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e4%b8%96%e3%81%ae%e5%85%89%e3%81%a8%e3%81%aa%e3%82%8b%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%95%99%e3%81%ae%e9%9d%92%e5%b0%91%e5%b9%b4/</link>
					<comments>https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e4%b8%96%e3%81%ae%e5%85%89%e3%81%a8%e3%81%aa%e3%82%8b%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%95%99%e3%81%ae%e9%9d%92%e5%b0%91%e5%b9%b4/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[hlee]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 26 Sep 2016 16:46:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[教会員ってどんな人？]]></category>
		<category><![CDATA[世の光となる]]></category>
		<category><![CDATA[活躍する青少年たち]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://ja.elds.org/morumon-com/?p=6235</guid>

					<description><![CDATA[<p>わたしの人生の変化は「世の光」でいるために励む高校生から始まりました。彼女を知るようになって、彼女から出る輝き、模範、選びに驚かされました。良い生徒だと思っていた全ての生徒がモルモン教の青少年達と知った時は騙されているような気分になりました。だから、彼らがなぜそんなに素晴らしいのか秘密を知りたかったのです。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e4%b8%96%e3%81%ae%e5%85%89%e3%81%a8%e3%81%aa%e3%82%8b%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%95%99%e3%81%ae%e9%9d%92%e5%b0%91%e5%b9%b4/">末日聖徒イエス・キリスト教会の青少年ー世の光となり、ある教師の人生を変える</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">モルモン教の青少年は自身の光を輝かせて「世の光」となり、生きた証になれるよう努めます。彼らは会う人すべての良い模範となるように努力します。その結果、クラスメイトやクラスの違う友だち、時には彼らの先生たちの良い方向への人生の変化に貢献することができるのです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>生徒と親しくなることが改宗、人生の変化へと繋がった</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">ジェニファー・リュトケはネバダ州ラスベガスにあるチャパレル高校の数学教師です。数年前、生徒たちの背景について深く学ぶ機会に恵まれずに教師生活を送ってきたリュトケに、転機が訪れます。学校が新しいカウンセリングプログラムを導入することを決めたのです。このプログラムを通して、彼女はアマンダというひとりの生徒について興味を持ち始めました。</span></p>
<p>リュトケは、アマンダについて一番印象深かったことは、彼女の宗教の教義に関する深い理解と知識だったといいます。カトリックの家で育ち、モルモン教についてほとんど正しい知識を持っていなかったリュトケは、アマンダによってその誤解を解く事ができました。</p>
<p><span style="font-weight: 400;">アマンダとの会話により<a href="https://www.lds.org/?lang=jpn">モルモン教会</a>のことを少し知ったリュトケは、他のモルモン教の生徒達のこともアマンダから聞き、彼らから受けた特別な印象について考えるようになりました。</span></p>
<p>モルモン教の青少年が放つ光によって真理に導かれたひとつの例が、ジェニファー・リュトケの改宗物語です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>伝道の機会：生徒によって人生の変化が訪れた高校教師</strong></h2>
<figure style="width: 328px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" class="size-large" src="https://files.morefaith.jp/2016/09/Jennifer.png" alt="人生の変化を経験した高校教師に抱っこされる幼児" width="328" height="437" /><figcaption class="wp-caption-text">ジェニファー・リュトケ 写真はldsmag.comより</figcaption></figure>
<p><span style="font-weight: 400;">チャパレル高校の数学教師として、わたしは何百もの素晴らしい十代の青少年たちと会う機会に恵まれてきました。普段は授業をして質問に答えるだけなので、生徒たちの育ってきた環境などについてはよく知る機会がありませんでした。チャイムがなれば、生徒たちは次のクラスに向かうからです。このような限界はあったにせよ、わたしはただ友人や他の教師への接し方を見ることでずば抜けて目立つ生徒たちを見つけることができました。そうです、わたしは心のなかでお気に入りの生徒リストを作っていたのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">数年前、「生徒の育ってきた環境などについて深く知ることができない」という状況に変化が訪れました。学校の運営側が新しいカウンセリングプログラムを導入することに決め、それによって毎日違う生徒と20分ずつの面接をする機会ができたのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">このプログラムの目的は、教師たちが生徒たちをより良く知り、必要なときに必要な助けや提案をすることができるようにするというものでした。わたしが何年もの間高く評価していた生徒のひとりは、アマンダといいました。アマンダはわたしが今までに会った中で最も優れた若い女性のひとりでした。わたしは教師として彼女を教えただけでなく、学資援助もしました。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>アマンダの特質</strong></h2>
<figure style="width: 291px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" class="size-large" src="https://files.morefaith.jp/2016/09/Amanda.png" alt="人生の変化に貢献したアマンダ" width="291" height="308" /><figcaption class="wp-caption-text">アマンダ 写真はldsmag.comより</figcaption></figure>
<p><span style="font-weight: 400;">アマンダが友人と接する様子を、わたしは感心しながら見ていました。彼女が自分自身を尊重しながら、他人にも気遣いをもって接していることに気が付きました。彼女を知るすべての人が、アマンダを高く評価していました。わたしたちの面接の中で、アマンダは選択の自由の大切さについて話しました。わたしは、「選択の自由」なんて16歳の女の子が使うには似合わない言葉だと思いました。実際、10代の若者がその言葉を使うのを今までに聞いたことはありませんでした。アマンダは基本的には家族の中でその言葉をよく使うこと、そしてそれはモルモン教の神学理論のなかでとても大切な一部であると説明しました。アマンダはまだ高校2年生で、この時わたしは彼女と知り合ってから3年めでした。</span></p>
<p>わたしは、宗教的な深い教義に関するアマンダの知識や親しみに完全に不意をつかれていました。わたしはウィスコンシン州の出身で、カトリック教徒として育ちました。人生のなかで、モルモン教の会員に会ったことはほとんどありませんでした。そのため、悲しいことにモルモン教について知っていることといえば、「ビッグラブ」（アメリカのテレビドラマで、「復元イエス・キリスト教会」というモルモン教の分派の家族をモデルにしています）などのテレビからの情報のみでした。幸運なことに、16歳の若い生徒はわたしが持っていた多くの誤解を解き、そのドラマはモルモン教とは関係がないこと、モルモン教はクリスチャンであること、モルモン教もクリスマスを祝うこと教えてくれ、そして親切な口調で彼女の家に母親は一人しかいないことを教えてくれました。（「復元イエス・キリスト教会」では一夫多妻制がとられており、ドラマ「ビッグラブ」でもこれが題材となりました。）</p>
<p>わたしは、この都会の学校にほかにもモルモン教の生徒がいるのかどうか気になり出しました。アマンダは、ヘザー、コービーなど、モルモン教の信仰に活発な生徒を何人か上げましたが、それらの生徒たちは皆わたしが高く評価し感心していた生徒たちでした。彼らは皆違う性格や才能を持っていましたが、全員明らかに素晴らしい人達でした。アマンダが十数人の名前を上げていく中で、わたしはあることに気が付き驚きました。それらの生徒たちは全員わたしのお気に入りリストにのっていたのです！そんなはずはない、これはなにかの冗談だとわたしは疑い始めました。それらの生徒たちは想像できるかぎりのあらゆる人種や背景から来ていました。音楽が好きな生徒もいれば、運動選手もいて、演劇やダンスに夢中な生徒もいました。</p>
<p>その日以降、わたしは最も目立つ生徒たちのほどんどがモルモン教だという驚くべき発見に関する例外を探そうとしました。そしてついに、わたしは白人とアジア人のハーフであるお気に入りの生徒の一人を見つけました。モルモン教ではないお気に入りの生徒をやっと見つけたと思ったのです。しかしそれは誤解で、彼もまたモルモン教の会員だと知った時、これはおかしな陰謀にちがいないと思いました。こんなことが可能だなんて、理解しがたいことでした。</p>
<p>わたしは、これらの生徒たちをそこまでずば抜けて目立たせるのは何か分析しようとしました。アマンダは勉強好きで、男の子たちに人気がありました。16歳になってデートをし始めたアマンダに、わたしはなぜ特定の2人の男の子とはデートをしなかったのかと聞いたことがあります。わたしは彼らがアマンダに好意を寄せていることを知っていたからです。彼女はこう答えました。「彼らの傲慢さが好きではないんです。」わたしは感心しました。経験のある教育者として、わたしはこれが16歳の普通の行動ではないことがすぐわかりました。ヘザーは社交的で、演劇が大好きでした。コービーは素晴らしい運動選手でした。これらの目立つモルモン教の青少年と他の生徒達は多くの場合ほとんど共通点がありませんでしたが、わたしはこれらのモルモン教の青少年たちに惹かれたのです。わたしは彼らを尊敬していました。彼らを他と違って見せるのはなんなのか、わたしは知りたいと思いました。</p>
<p><span style="font-weight: 400;">そしてやっと、わたしは彼らがもつ共通の特徴を見つけました。彼らは明るく、自信にみちており、健康的な自尊心を心から楽しんでいました。彼らは自分自身が何者か知っていて、自分の人生に何を求めているのかを知っていました。彼らは自分たちの宗教的な信仰に満足し、自信を持っているようでした。また彼らは人に親切で、思慮深く、両親や教師たちを尊敬していました。彼らは善の光を放っていました。そしてよくしつけられており、礼儀ただしい青年たちでした。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>人生の変化</strong></h2>
<p>わたしのお気に入りの生徒たちの信仰に関する驚くべき発見から約一年後、わたしは自分の家のドアがノックされる音を聞きました。ふたりの若い青年たち、モルモン教として知られる末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師たちが、メッセージを分かち合いたいと立っていました。わたしは、モルモン教にについてひとつだけ知っていることがある、それは彼らが素晴らしい子どもたちを育てるということだ、と彼らに告げました。</p>
<p>わたしはその長老たちに、教会に加入することには興味がないが、彼らの信じるどのような教義があれほど素晴らしい青少年を育てるのかには興味があるといいました。最初のレッスンのあと、わたしはすっかり感心して、彼らにまた来て教えてほしいといいました。死者のためのバプテスマなど、理解に苦しむ教義もいくつかありましたが、祈り、聖典を読み続ける中で、すべてを正しいと感じました。モルモン教の教義はわたしにつながりました。心から、この教会は真実の教会だと感じました。2010年7月30日にわたしはバプテスマを受け、今はワードの扶助協会の教師として奉仕しています。</p>
<p>わたしがこの経験を分かちあったのは、この教会の<a href="http://morumon.com/2016/10/04/%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e3%83%86%e3%82%a3%e3%83%bc%e3%83%b3/">青少年</a>たちにとって、専任宣教師としての召しを果たす前（伝道にいくかどうかも含めて）でさえも、彼らが知らず知らずのうちに多くの人の心に触れ、より良い影響を与えることができるということを知るのが大切なことだと感じたからです。この大切な数年間でわたしに影響を与えた生徒たちは、きっと彼らがわたしの心に触れ、モルモン教の会員になると決めたことに影響を及ぼしたとは知りもしないでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">愛をこめて</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">ジェニファー・リュトケ　ネバダ州ラスベガス</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この記事はMark Albrightによって書かれ、<a href="http://ldsmag.com/missionary-moment-high-school-teacher-converted-by-students%E2%80%8F/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">ldsmag.com</a>に投稿されました。 また、この記事にはキース・L・ブラウンによって<a href="http://mormonyouth.org/2314/mormon-youth-light-world" target="_blank" rel="noopener noreferrer">mormonyouth.org</a>に投稿された「Mormon Youth – A Light to the World」の要約も含まれています。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e4%b8%96%e3%81%ae%e5%85%89%e3%81%a8%e3%81%aa%e3%82%8b%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%95%99%e3%81%ae%e9%9d%92%e5%b0%91%e5%b9%b4/">末日聖徒イエス・キリスト教会の青少年ー世の光となり、ある教師の人生を変える</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e4%b8%96%e3%81%ae%e5%85%89%e3%81%a8%e3%81%aa%e3%82%8b%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%95%99%e3%81%ae%e9%9d%92%e5%b0%91%e5%b9%b4/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>末日聖徒イエス・キリスト教会に改宗したオリンピック選手たち</title>
		<link>https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e3%81%ab%e3%81%aa%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%82%aa%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%83%94%e3%83%83%e3%82%af%e9%81%b8%e6%89%8b%e2%91%a0/</link>
					<comments>https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e3%81%ab%e3%81%aa%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%82%aa%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%83%94%e3%83%83%e3%82%af%e9%81%b8%e6%89%8b%e2%91%a0/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[hlee]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 22 Aug 2016 04:51:19 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[教会員ってどんな人？]]></category>
		<category><![CDATA[改宗談]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://ja.elds.org/morumon-com/?p=5834</guid>

					<description><![CDATA[<p>&#160; オリンピックでは100人以上の末日聖徒イエス・キリスト教会（ モルモン書があるので誤ってモルモン教と呼ばれる )のアスリートたちが競技してきました。また、2016年のリオオリンピックには14名のモルモン教アスリートたちが参加しています。歴史の1ページを塗り替えるとともに自身の信仰を守ったアスリートたちもいますが、世界の舞台に上がった時にはまだ真実を探し求めていたというアスリートたちもいます。以下はモルモン教に改宗した有名なオリンピック選手たちです。 &#160; アンブローズ・ゲインズ4世 アンブローズ・ゲインズ4世は友人たちから「ローディー」の愛称で親しまれ、1980年代最速の競泳選手の1人でした。全米大学競技協会で1978年から1984年までいくつもの世界記録を破ってきたアメリカ人をみれば、ゲインズが小さいころ運動が苦手だったことなど想像する人もいないでしょう。それも、高校2年生のときに水泳を始めるまでの話です。 1980年のモスクワオリンピックで、ゲインズは少なくとも5つの金メダルを獲得するだろうと言われていました。しかし、アメリカ合衆国はその年のオリンピックをボイコットすることに決めたのです。ゲインズはオリンピック出場の道は絶たれたと考え、1981年にオーバーン大学を卒業してすぐに競泳を引退しました。しかし彼の父親が競泳を続けるよう励まし、彼はスポーツにもう一度打ち込むことを決めました。その後、1年も経たないうちに世界選手権における200ｍ自由形で自身の世界記録を更新しました。1984年、ゲインズはロサンゼルスオリンピック出場を果たし、3つの金メダルを獲得しました。その年、ゲインズ以上に金メダルを獲得した競泳選手はいませんでした。しかしゲインズはその栄光を自分自身のものだけにとどめておくことはありませんでした。彼は自分が得たメダルを、1つはコーチに、そしてあとの2つをそれぞれ両親に渡したのです。 1989年、ゲインズはモルモン教会に改宗したもののその当時は教会に活発に参加してはいなかったジュディー・ザキアと出会い結婚しました。1991年にゲインズが突然の病と戦っていた時、2人はまだ新しい家庭を築き始めたばかりでした。彼はギラン・バレー症候群と診断されました。ギラン・バレー症候群は、免疫抗体が神経を攻撃し始めてしまうという珍しい病気です。力が入らず、刺すような痛みを伴い、最終的には麻痺状態に陥ってしまうのが一般的な症状です。彼がこの病気だと診断されたころ、モルモンの友人がゲインズ一家を教会に招きました。彼がその病気から回復してすぐに、ジュディーとローディーはその招待を受け入れ、家族でモルモン教会に行きはじめました。 1998年、家族のなかで最初にバプテスマを受けたのは彼らの娘、マディソンでした。モルモン教ニュースによると、ゲインズは彼女のバプテスマ会で集まった人の前に立ち、聖霊の賜物について話をしたそうです。「彼はこういいました。『マディソン、パパが君に買ってあげられないものの1つは、聖霊の賜物です。』」と、妻のジュディー・ゲインズは振り返ります。「その直後、彼は声を詰まらせて話ができなくなりました。聖霊の力が信じられないほど強かったのです。」そのわずか2週間後、ゲインズは娘にならいバプテスマを受けてモルモン教の会員となりました。彼の驚くべき適応力と決意、そして新しく見つけた信仰のおかげで病気から完全に回復しました。それどころか、2011年には50から54歳の100ｍ自由形で再び世界記録を破ったのです。現在ゲインズは最も経験のある競泳解説者として認められ、コメンテーターとして何度もオリンピックに姿を見せています。もちろん2016年のリオオリンピックでも、彼のコメントを聞く機会があるでしょう。 しかし彼の人生の中で最も誇り高い達成は何だったかという質問に対して、この4人の娘をもつ父親はモルモン教ニュースにこう答えました。「比べることはできません。リクタースケール（地震の規模を表すマグニチュードの別称）でさえ計ることはできません。わたしが家族に対して感じる愛に比べたら、金メダルなど価値のないものです。陳腐に聞こえるかもしれませんが、それが真実なのです。」 &#160; ロバート・デットウィーラー アメリカ空軍の大佐となりモルモン教の会員になるまで、ロバート・デットウィーラーはイリノイ州ジーグラーで育ちました。1940年代に高校を卒業してからアメリカ海軍学校に進学し、そこでボートクラブに入りました。「グレイト・エイト」として知られる彼のチームは、スポーツ史上最高のチームと考えられていました。彼らは1952年のヘルシンキオリンピックでの金メダルを含め、ただの一度も負けたことがありませんでした。オリンピックでの勝利から1年後、デットウィーラーはアメリカ海軍学校を卒業し、空軍でパイロットとなりました。26年間空軍で職務を果たし、その間に殊勲飛行十字章を5つ、勲功章、そして殊勲賞を受賞しました。彼はまた原子物理学者となり、1965年には「最優秀軍学者」と呼ばれるようになりました。 この頃、デットウィーラーはモルモン教について研究をはじめ、その後バプテスマを受けました。1978年にはドネル・ブラウンとアイダホ州アイダホフォールズ神殿で結婚しました。モルモン教会の会員として、彼はビショップリック（1人のビショップと2人の顧問から成る、1つの教会堂に集う教会員を管理し助ける組織）の顧問、神殿奉仕者、そしてスカウト・リーダーなど多くの召しを信仰深く務めました。 才能に恵まれたデットウィーラーは、プロボにあるアイリング・リサーチ・インスティチュート（アメリカのNPO団体）でエネルギーとコミュニケーションに関する研究の研究長としても働き、ユタ・ピアノカルテットの創立メンバーともなり、ソルトレイクオペラカンパニーと共に歌ったことがあります。そしてユタ郡地方美術協議会の協議長としても奉仕していました。 &#160; マーク・シュルツ 「最高峰とは言わないまでも、レスリングというスポーツに参加したオールラウンドアスリート（どんな技術もこなしてしまう選手）の中で最も偉大な人の1人」これが第16回ナショナル・レスリングチャンピオンであるウェイン・ボーグマンがマーク・シュルツを説明した表現です。1960年10月26日にカリフォルニア州パロアルトで生まれたシュルツは、ドロシーとフィリップ・シュルツの間に生まれた2人目の息子でした。彼の兄であるデイヴはマークより1歳半年上でした。シュルツは子供の頃からオールラウンドアスリートで、学校の記録を20も塗り替えました。高校1年のとき、彼は北カリフォルニアのオールラウンド体操チャンピオンになりました。しかしシュルツは兄の軌跡を追い、2年生のときにはレスリングを始めたのです。 彼の兄デイヴは、州タイトル、ナショナルタイトル、そしてインターナショナルタイトルを獲得しましたが、マークはレスリングをはじめて最初の1年を可もなく不可もなくといった感じで過ごしました。しかしシュルツの技術は向上し、3年生のときには州タイトルを獲得するまでになりました。デイヴとマークは大学でチームを組んで練習を始め、そのおかげでマークの技術は大幅に向上し、彼は3つの全米大学競技協会で優勝することができました。シュルツ兄弟は全米大学競技協会、アメリカオープン、世界大会、そしてオリンピックのタイトルにおいて、2人合わせて最多勝利数を誇りました。また、彼らは世界チャンピオンシップとオリンピックで金メダルを獲得した唯一のアメリカ人兄弟となりました。デイヴは1983年の世界チャンピオンシップで優勝し、1984年のオリンピックでは故郷に金メダルを持ち帰りました。マークは同1984年のオリンピック金メダル、そして1985年と1987年の世界チャンピオンシップで優勝しました。彼が競技を引退したのは、1988年にオリンピックで6位になった後でした。 1991年、マーク・シュルツはブリガム・ヤング大学（通称BYU）のアシスタント・レスリングコーチとして働き始め、同じ年にモルモン教に改宗しました。ところが1996年に悲劇が起こります。兄のデイヴが2度目のオリンピック出場のためトレーニングをしていたとき、自宅があるフォックスキャッチャー・ファームで彼は突然ジョン・E・デュポンによって殺害されました。その時マークはブリガム・ヤング大学レスリングチームのヘッドコーチでした。そしてデイヴの死から4ヶ月後、マークは最高峰のファイティング・コンペティションで優勝し、500万円を獲得しました。 感動的で華々しいマーク・シュルツの人生はアカデミー賞受賞歴のあるディレクター、ベネット・ミラーの目に留まり、「フォックスキャッチャー」というタイトルで映画化されました。マーク・シュルツ役をチャンニング・テイタム、デイヴ役をマーク・ラッファロ、そしてジョン・E・デュポン役をスティーブ・カレールが演じました。 &#160; ジーン・ソーバート ジーン・ソーバートがモルモン教に入る経緯は、マーヴィン・メルヴィルというモルモン教の男性の話から始まります。 メルヴィルにとって、子供のころからスキーは単純に楽しい娯楽でした。しかし1955年のスノーカップで元オリンピック選手を打ち破ってから、彼はスキーが楽しい趣味以上になり得ることを初めて知ったのです。メルヴィルは1956年にイタリアのコルティナダンペッツォで開催されたオリンピックにアメリカ代表として出場することになります。8人編成のスキーチームにおける4人のスターターのうちの1人に選ばれたのです。彼がメダルを獲得することはありませんでしたが、オリンピックにおいて残した影響は計り知れないものでした。 1964年、メルヴィルはアメリカ女子スキーチームのアシスタントコーチになるよう頼まれました。そこで初めてオリンピック選手のジーン・ソーバートに会ったのです。オレゴン州で生まれ育ったソーバートにとって、スキーは簡単なものではありませんでした。「わたしはたくさんのレースで負けました。ほとんどいつも3位でした。大体レースは3人で競われるからです。」と、ソーバートは笑いながらモルモン教ニュースにコメントしています。 悪戦苦闘しながらも懸命に努力を重ね、彼女は14歳の時にナショナル・ジュニアチャンピオンに輝きました。21歳までには回転スキーのトップ選手となり、いくつもメダルを獲得しました。「回転スキーに関しては、彼女は世界一でした。」とメルヴィルはモルモン教ニュースに語りました。しかしソーバートのオリンピックデビューは険しい道となりました。女子回転の初戦で彼女は6位だったのです。しかしそこから2回戦、最終戦と戦い続ける中でめざましい挽回を遂げ、銅メダルを獲得しました。また女子大回転では素晴らしいパフォーマンスを見せ、見事銀メダルを獲得しました。 オリンピックのあと、ソーバートはメルヴィルとユタ州立大学でトレーニングするためにソルトレイクシティに引っ越しました。彼女はモルモン教の家族に生まれたわけではありませんでしたが、小さいころモルモン教の友達が数人いたためモルモン教については少し知っていました。この頃、ソーバートはモルモンの会員であるメルヴィルの両親の家でホームステイを始めました。それまでに彼女はいくつもの宗教を学んできていましたが、ホームステイをきっかけにモルモン教の福音について学ぶことにしたのです。その後彼女は宣教師と会うことに同意し、バプテスマを受けるように勧められ承諾しました。彼女のバプテスマは、コーチであるマーヴィン・メルヴィルが執行しました。 メルヴィルもソーバートも信仰深く、多くの召し（会員が無償で行う教会内での様々な役割の呼び名）で奉仕しました。メルヴィルはユタ州立大学に通う生徒たちから成る既婚者ワードのビショップ（ワードの会員たちを管理し助ける役割）として奉仕し、その後高等評議員としても奉仕しました。ソーバートは若い女性のMIAアスレチック評議会（昔行われていた青少年プログラム）の会員として奉仕し、その後は神殿奉仕者として奉仕しました。2007年5月14日に亡くなるまで、彼女は常に信仰を生活の中心として守り続けました。 &#160; アンジェ・ミザースキー・ハーヴェイ アンジェ・ミザースキーはクロスカントリースキー選手で、「鉄のカーテン」の向こう側である東ドイツで育ちました。 彼女がステロイドの摂取を拒んだため、ドイツのナショナル・クロスカントリーチームから登録を抹消されてしまいます。そのことがきっかけで、ミザースキー家は政府の監視対象となり、まだ10代だった彼女はオリンピックの夢は絶たれたと思いました。 しかしそれも、後にオリンピック出場を果たし、将来の夫とも出会わせてくれるきっかけとなったバイアスロンと出会うまでの話でした。 ベルリンの壁崩壊から3年後、ミザースキーは1992年にフランスで開催されたアルベールビル冬季オリンピックに出場し、15キロレースで金メダル、7.5キロスプリントと3✕7.5キロリレーでそれぞれ銀メダルを獲得しました。この時彼女と、選手にステロイドを与えることを拒んだために東ドイツスキーチームのヘッドコーチから解雇されていた彼女の父親は、東ドイツチームが行ってきたドーピングについて公に語りました。その結果、彼らは東ドイツで殺しの脅迫を受け、国中から嫌われ悪評を買いましたが、同時に多くの人々から尊敬を集めました。 1991年から1992年にかけてドイツのルーポルディングで行われたバイアスロン・ワールドカップで、ミザースキーはアメリカ人選手のイアン・ハーヴェイと出会い、2人は15ヶ月後に結婚しました。 1994年、アンジェ・ミザースキー・ハーヴェイはリレハンメル冬季オリンピックに出場し、4✕7.5キロリレーで銀メダルを獲得しました。 ヘーゼルとパールという2人の娘が生まれたあと、ミザースキーは甲状腺機能亢進症（こうしんしょう）に苦しみ始めました。この時期、近所の人が闘病中のミザースキーに贖いについて教えようとしました。それからすぐに彼女と夫イアンは一緒にモルモン書を読み始め、モルモン教に入るためバプテスマを受けました。 2012年、ミザースキーと彼女の父親は、ドイツのスポーツ界で殿堂入りを果たしました。 &#160; マーシャ・マークベアード マーシャ・マークベアードが初めて競技に参加したとき、彼女は小学６年生でした。 トリニダード・トバゴで育った彼女は、家の近くの道で開催されていたレースに何度も参加していました。しかしある日のレースはいつもと違いました。その時は、同年代のレースで勝てば自転車を買ってくれると父親が約束してくれたのです。 このご褒美を胸に、マークベアードはたくさん練習しました。そしてついにレースの当日を迎えます。驚くことに彼女は同年代のレースで勝っただけでなく、近所に住む男の子たちまで負かしたのです。その経験からマークベアードは、何かが欲しければ一生懸命に努力しなければならない、ということを学びました。 やり投げでよく知られる彼女ですが、マークベアードはリックスカレッジ（現在のブリガム・ヤング大学アイダホ校）でコーチが彼女を引き抜くまで、7種競技については聞いたこともありませんでした。1つの陸上競技に代わり、7種競技は7つの競技に参加します。100メートルハードル、走り高跳び、砲丸投げ、200メートル、走り幅跳び、やり投げ、そして800メートルの7つです。それは彼女が、ハードル、砲丸投げ、そして走り幅跳びを新しく学ばなければならないということを意味していました。 険しく難しい道でしたが、数ヶ月で学校の記録を破るまでになりました。2年後、彼女はブリガム・ヤング大学に編入し、1997年に社会福祉学位を、そして1999年に同修士号を取得しました。 マークベアードは、リックスカレッジに入った時に初めてモルモン教に触れました。彼女は福音の教えの多くを好ましく感じましたが、地上に生ける預言者がいるということを受け入れるのに苦労しました。彼女はMormon.orgのサイト内にあるmeet Mormons（英語のみ）のプロフィールに、こう書いています。「わたしは5年間、この概念と奮闘しました。そしてこれについて考え、答えを探すなかで、やっと心から祈ってみることに決めたのです。わたしは探していたイエス・キリストの福音を見つけました。わたしは聖霊によって、この教会が真実であるという明らかで否定することのできない答えを受けました。」 2000年、モルモン教に入るためのバプテスマを受けたあと、マークベアードはトリニダード・トバゴで初の7種競技選手としてシドニーオリンピックで22位となり、歴史をつくりました。彼女は2004年にはアテネオリンピックにも出場し、25位になりました。 それからほどなくして、マークベアードは子供をもうけるために引退しました。彼女と彼女の夫は現在3人の息子に恵まれています。 「夫と3人の息子はわたしのすべてです。」とマークベアードはMormon.orgに書いています。「妻として、そして母として、わたしは彼らの必要が満たされるようにしています。時には至らないこともありますが、翌日また頑張れることを知っています。また、わたしはもう少しだけ良い母と妻になれるよういつも努力できることを知っています。わたしはアスリートとして、不可能と思えることでも諦めないことを学びました。主がわたしの味方でいてくださるので、彼の計画に沿って努力する限りすべてのことは可能であることを知っています。わたしは完璧ではありませんが、彼を通して毎日もう少し頑張るための力を得るのです。」 彼女の3人の息子たちが成長している今、マークベアードは2016年のリオオリンピックで復帰を果たそうとしましたが、予選を通過できませんでした。 しかし、この秋彼女はオーストラリアで行われるワールド・チャンピオンシップで、40歳以上の部門で記録を破ろうとトレーニングに励んでいます。 &#160; [&#8230;]</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e3%81%ab%e3%81%aa%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%82%aa%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%83%94%e3%83%83%e3%82%af%e9%81%b8%e6%89%8b%e2%91%a0/">末日聖徒イエス・キリスト教会に改宗したオリンピック選手たち</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p>オリンピックでは100人以上の<span data-sheets-value="{&quot;1&quot;:2,&quot;2&quot;:&quot;末日聖徒イエス・キリスト教会（ モルモン書があるので誤ってモルモン教と呼ばれる )&quot;}" data-sheets-userformat="{&quot;2&quot;:8395267,&quot;3&quot;:{&quot;1&quot;:0},&quot;4&quot;:{&quot;1&quot;:2,&quot;2&quot;:16777215},&quot;12&quot;:0,&quot;14&quot;:{&quot;1&quot;:2,&quot;2&quot;:2236962},&quot;15&quot;:&quot;Arial, Helvetica, sans-serif&quot;,&quot;26&quot;:400}">末日聖徒イエス・キリスト教会（ モルモン書があるので誤って<a href="https://www.lds.org/?lang=jpn">モルモン教</a>と呼ばれる )</span>のアスリートたちが競技してきました。また、2016年のリオオリンピックには14名のモルモン教アスリートたちが参加しています。歴史の1ページを塗り替えるとともに自身の信仰を守ったアスリートたちもいますが、世界の舞台に上がった時にはまだ真実を探し求めていたというアスリートたちもいます。以下はモルモン教に改宗した有名なオリンピック選手たちです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>アンブローズ・ゲインズ4世</strong></h2>
<p>アンブローズ・ゲインズ4世は友人たちから「ローディー」の愛称で親しまれ、1980年代最速の競泳選手の1人でした。全米大学競技協会で1978年から1984年までいくつもの世界記録を破ってきたアメリカ人をみれば、ゲインズが小さいころ運動が苦手だったことなど想像する人もいないでしょう。それも、高校2年生のときに水泳を始めるまでの話です。</p>
<p>1980年のモスクワオリンピックで、ゲインズは少なくとも5つの金メダルを獲得するだろうと言われていました。しかし、アメリカ合衆国はその年のオリンピックをボイコットすることに決めたのです。ゲインズはオリンピック出場の道は絶たれたと考え、1981年にオーバーン大学を卒業してすぐに競泳を引退しました。しかし彼の父親が競泳を続けるよう励まし、彼はスポーツにもう一度打ち込むことを決めました。その後、1年も経たないうちに世界選手権における200ｍ自由形で自身の世界記録を更新しました。1984年、ゲインズはロサンゼルスオリンピック出場を果たし、3つの金メダルを獲得しました。その年、ゲインズ以上に金メダルを獲得した競泳選手はいませんでした。しかしゲインズはその栄光を自分自身のものだけにとどめておくことはありませんでした。彼は自分が得たメダルを、1つはコーチに、そしてあとの2つをそれぞれ両親に渡したのです。</p>
<p>1989年、ゲインズはモルモン教会に改宗したもののその当時は教会に活発に参加してはいなかったジュディー・ザキアと出会い結婚しました。1991年にゲインズが突然の病と戦っていた時、2人はまだ新しい家庭を築き始めたばかりでした。彼はギラン・バレー症候群と診断されました。ギラン・バレー症候群は、免疫抗体が神経を攻撃し始めてしまうという珍しい病気です。力が入らず、刺すような痛みを伴い、最終的には麻痺状態に陥ってしまうのが一般的な症状です。彼がこの病気だと診断されたころ、モルモンの友人がゲインズ一家を教会に招きました。彼がその病気から回復してすぐに、ジュディーとローディーはその招待を受け入れ、家族でモルモン教会に行きはじめました。</p>
<p>1998年、家族のなかで最初に<a href="https://www.lds.org/topics/baptism?lang=jpn">バプテスマ</a>を受けたのは彼らの娘、マディソンでした。モルモン教ニュースによると、ゲインズは彼女のバプテスマ会で集まった人の前に立ち、聖霊の賜物について話をしたそうです。「彼はこういいました。『マディソン、パパが君に買ってあげられないものの1つは、聖霊の賜物です。』」と、妻のジュディー・ゲインズは振り返ります。「その直後、彼は声を詰まらせて話ができなくなりました。聖霊の力が信じられないほど強かったのです。」そのわずか2週間後、ゲインズは娘にならいバプテスマを受けてモルモン教の会員となりました。彼の驚くべき適応力と決意、そして新しく見つけた信仰のおかげで病気から完全に回復しました。それどころか、2011年には50から54歳の100ｍ自由形で再び世界記録を破ったのです。現在ゲインズは最も経験のある競泳解説者として認められ、コメンテーターとして何度もオリンピックに姿を見せています。もちろん2016年のリオオリンピックでも、彼のコメントを聞く機会があるでしょう。</p>
<p>しかし彼の人生の中で最も誇り高い達成は何だったかという質問に対して、この4人の娘をもつ父親はモルモン教ニュースにこう答えました。「比べることはできません。リクタースケール（地震の規模を表すマグニチュードの別称）でさえ計ることはできません。わたしが家族に対して感じる愛に比べたら、金メダルなど価値のないものです。陳腐に聞こえるかもしれませんが、それが真実なのです。」</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>ロバート・デットウィーラー</strong></h2>
<p>アメリカ空軍の大佐となりモルモン教の会員になるまで、ロバート・デットウィーラーはイリノイ州ジーグラーで育ちました。1940年代に高校を卒業してからアメリカ海軍学校に進学し、そこでボートクラブに入りました。「グレイト・エイト」として知られる彼のチームは、スポーツ史上最高のチームと考えられていました。彼らは1952年のヘルシンキオリンピックでの金メダルを含め、ただの一度も負けたことがありませんでした。オリンピックでの勝利から1年後、デットウィーラーはアメリカ海軍学校を卒業し、空軍でパイロットとなりました。26年間空軍で職務を果たし、その間に殊勲飛行十字章を5つ、勲功章、そして殊勲賞を受賞しました。彼はまた原子物理学者となり、1965年には「最優秀軍学者」と呼ばれるようになりました。</p>
<p>この頃、デットウィーラーはモルモン教について研究をはじめ、その後バプテスマを受けました。1978年にはドネル・ブラウンとアイダホ州アイダホフォールズ神殿で結婚しました。モルモン教会の会員として、彼はビショップリック（1人のビショップと2人の顧問から成る、1つの教会堂に集う教会員を管理し助ける組織）の顧問、神殿奉仕者、そしてスカウト・リーダーなど多くの召しを信仰深く務めました。</p>
<p>才能に恵まれたデットウィーラーは、プロボにあるアイリング・リサーチ・インスティチュート（アメリカのNPO団体）でエネルギーとコミュニケーションに関する研究の研究長としても働き、ユタ・ピアノカルテットの創立メンバーともなり、ソルトレイクオペラカンパニーと共に歌ったことがあります。そしてユタ郡地方美術協議会の協議長としても奉仕していました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>マーク・シュルツ</strong></h2>
<p>「最高峰とは言わないまでも、レスリングというスポーツに参加したオールラウンドアスリート（どんな技術もこなしてしまう選手）の中で最も偉大な人の1人」これが第16回ナショナル・レスリングチャンピオンであるウェイン・ボーグマンがマーク・シュルツを説明した表現です。1960年10月26日にカリフォルニア州パロアルトで生まれたシュルツは、ドロシーとフィリップ・シュルツの間に生まれた2人目の息子でした。彼の兄であるデイヴはマークより1歳半年上でした。シュルツは子供の頃からオールラウンドアスリートで、学校の記録を20も塗り替えました。高校1年のとき、彼は北カリフォルニアのオールラウンド体操チャンピオンになりました。しかしシュルツは兄の軌跡を追い、2年生のときにはレスリングを始めたのです。</p>
<p>彼の兄デイヴは、州タイトル、ナショナルタイトル、そしてインターナショナルタイトルを獲得しましたが、マークはレスリングをはじめて最初の1年を可もなく不可もなくといった感じで過ごしました。しかしシュルツの技術は向上し、3年生のときには州タイトルを獲得するまでになりました。デイヴとマークは大学でチームを組んで練習を始め、そのおかげでマークの技術は大幅に向上し、彼は3つの全米大学競技協会で優勝することができました。シュルツ兄弟は全米大学競技協会、アメリカオープン、世界大会、そしてオリンピックのタイトルにおいて、2人合わせて最多勝利数を誇りました。また、彼らは世界チャンピオンシップとオリンピックで金メダルを獲得した唯一のアメリカ人兄弟となりました。デイヴは1983年の世界チャンピオンシップで優勝し、1984年のオリンピックでは故郷に金メダルを持ち帰りました。マークは同1984年のオリンピック金メダル、そして1985年と1987年の世界チャンピオンシップで優勝しました。彼が競技を引退したのは、1988年にオリンピックで6位になった後でした。</p>
<p>1991年、マーク・シュルツはブリガム・ヤング大学（通称BYU）のアシスタント・レスリングコーチとして働き始め、同じ年にモルモン教に改宗しました。ところが1996年に悲劇が起こります。兄のデイヴが2度目のオリンピック出場のためトレーニングをしていたとき、自宅があるフォックスキャッチャー・ファームで彼は突然ジョン・E・デュポンによって殺害されました。その時マークはブリガム・ヤング大学レスリングチームのヘッドコーチでした。そしてデイヴの死から4ヶ月後、マークは最高峰のファイティング・コンペティションで優勝し、500万円を獲得しました。</p>
<p>感動的で華々しいマーク・シュルツの人生はアカデミー賞受賞歴のあるディレクター、ベネット・ミラーの目に留まり、「フォックスキャッチャー」というタイトルで映画化されました。マーク・シュルツ役をチャンニング・テイタム、デイヴ役をマーク・ラッファロ、そしてジョン・E・デュポン役をスティーブ・カレールが演じました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>ジーン・ソーバート</strong></h2>
<p>ジーン・ソーバートがモルモン教に入る経緯は、マーヴィン・メルヴィルというモルモン教の男性の話から始まります。</p>
<p>メルヴィルにとって、子供のころからスキーは単純に楽しい娯楽でした。しかし1955年のスノーカップで元オリンピック選手を打ち破ってから、彼はスキーが楽しい趣味以上になり得ることを初めて知ったのです。メルヴィルは1956年にイタリアのコルティナダンペッツォで開催されたオリンピックにアメリカ代表として出場することになります。8人編成のスキーチームにおける4人のスターターのうちの1人に選ばれたのです。彼がメダルを獲得することはありませんでしたが、オリンピックにおいて残した影響は計り知れないものでした。</p>
<p>1964年、メルヴィルはアメリカ女子スキーチームのアシスタントコーチになるよう頼まれました。そこで初めてオリンピック選手のジーン・ソーバートに会ったのです。オレゴン州で生まれ育ったソーバートにとって、スキーは簡単なものではありませんでした。「わたしはたくさんのレースで負けました。ほとんどいつも3位でした。大体レースは3人で競われるからです。」と、ソーバートは笑いながらモルモン教ニュースにコメントしています。</p>
<p>悪戦苦闘しながらも懸命に努力を重ね、彼女は14歳の時にナショナル・ジュニアチャンピオンに輝きました。21歳までには回転スキーのトップ選手となり、いくつもメダルを獲得しました。「回転スキーに関しては、彼女は世界一でした。」とメルヴィルはモルモン教ニュースに語りました。しかしソーバートのオリンピックデビューは険しい道となりました。女子回転の初戦で彼女は6位だったのです。しかしそこから2回戦、最終戦と戦い続ける中でめざましい挽回を遂げ、銅メダルを獲得しました。また女子大回転では素晴らしいパフォーマンスを見せ、見事銀メダルを獲得しました。</p>
<p>オリンピックのあと、ソーバートはメルヴィルとユタ州立大学でトレーニングするためにソルトレイクシティに引っ越しました。彼女はモルモン教の家族に生まれたわけではありませんでしたが、小さいころモルモン教の友達が数人いたためモルモン教については少し知っていました。この頃、ソーバートはモルモンの会員であるメルヴィルの両親の家でホームステイを始めました。それまでに彼女はいくつもの宗教を学んできていましたが、ホームステイをきっかけにモルモン教の福音について学ぶことにしたのです。その後彼女は宣教師と会うことに同意し、バプテスマを受けるように勧められ承諾しました。彼女のバプテスマは、コーチであるマーヴィン・メルヴィルが執行しました。</p>
<p>メルヴィルもソーバートも信仰深く、多くの召し（会員が無償で行う教会内での様々な役割の呼び名）で奉仕しました。メルヴィルはユタ州立大学に通う生徒たちから成る既婚者ワードのビショップ（ワードの会員たちを管理し助ける役割）として奉仕し、その後高等評議員としても奉仕しました。ソーバートは若い女性のMIAアスレチック評議会（昔行われていた青少年プログラム）の会員として奉仕し、その後は神殿奉仕者として奉仕しました。2007年5月14日に亡くなるまで、彼女は常に信仰を生活の中心として守り続けました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>アンジェ・ミザースキー・ハーヴェイ</strong></h2>
<p>アンジェ・ミザースキーはクロスカントリースキー選手で、「鉄のカーテン」の向こう側である東ドイツで育ちました。</p>
<p>彼女がステロイドの摂取を拒んだため、ドイツのナショナル・クロスカントリーチームから登録を抹消されてしまいます。そのことがきっかけで、ミザースキー家は政府の監視対象となり、まだ10代だった彼女はオリンピックの夢は絶たれたと思いました。</p>
<p>しかしそれも、後にオリンピック出場を果たし、将来の夫とも出会わせてくれるきっかけとなったバイアスロンと出会うまでの話でした。</p>
<p>ベルリンの壁崩壊から3年後、ミザースキーは1992年にフランスで開催されたアルベールビル冬季オリンピックに出場し、15キロレースで金メダル、7.5キロスプリントと3✕7.5キロリレーでそれぞれ銀メダルを獲得しました。この時彼女と、選手にステロイドを与えることを拒んだために東ドイツスキーチームのヘッドコーチから解雇されていた彼女の父親は、東ドイツチームが行ってきたドーピングについて公に語りました。その結果、彼らは東ドイツで殺しの脅迫を受け、国中から嫌われ悪評を買いましたが、同時に多くの人々から尊敬を集めました。</p>
<p>1991年から1992年にかけてドイツのルーポルディングで行われたバイアスロン・ワールドカップで、ミザースキーはアメリカ人選手のイアン・ハーヴェイと出会い、2人は15ヶ月後に結婚しました。</p>
<p>1994年、アンジェ・ミザースキー・ハーヴェイはリレハンメル冬季オリンピックに出場し、4✕7.5キロリレーで銀メダルを獲得しました。</p>
<p>ヘーゼルとパールという2人の娘が生まれたあと、ミザースキーは甲状腺機能亢進症（こうしんしょう）に苦しみ始めました。この時期、近所の人が闘病中のミザースキーに贖いについて教えようとしました。それからすぐに彼女と夫イアンは一緒にモルモン書を読み始め、モルモン教に入るためバプテスマを受けました。</p>
<p>2012年、ミザースキーと彼女の父親は、ドイツのスポーツ界で殿堂入りを果たしました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>マーシャ・マークベアード</strong></h2>
<p>マーシャ・マークベアードが初めて競技に参加したとき、彼女は小学６年生でした。</p>
<p>トリニダード・トバゴで育った彼女は、家の近くの道で開催されていたレースに何度も参加していました。しかしある日のレースはいつもと違いました。その時は、同年代のレースで勝てば自転車を買ってくれると父親が約束してくれたのです。</p>
<p>このご褒美を胸に、マークベアードはたくさん練習しました。そしてついにレースの当日を迎えます。驚くことに彼女は同年代のレースで勝っただけでなく、近所に住む男の子たちまで負かしたのです。その経験からマークベアードは、何かが欲しければ一生懸命に努力しなければならない、ということを学びました。</p>
<p>やり投げでよく知られる彼女ですが、マークベアードはリックスカレッジ（現在のブリガム・ヤング大学アイダホ校）でコーチが彼女を引き抜くまで、7種競技については聞いたこともありませんでした。1つの陸上競技に代わり、7種競技は7つの競技に参加します。100メートルハードル、走り高跳び、砲丸投げ、200メートル、走り幅跳び、やり投げ、そして800メートルの7つです。それは彼女が、ハードル、砲丸投げ、そして走り幅跳びを新しく学ばなければならないということを意味していました。</p>
<p>険しく難しい道でしたが、数ヶ月で学校の記録を破るまでになりました。2年後、彼女はブリガム・ヤング大学に編入し、1997年に社会福祉学位を、そして1999年に同修士号を取得しました。</p>
<p>マークベアードは、リックスカレッジに入った時に初めてモルモン教に触れました。彼女は福音の教えの多くを好ましく感じましたが、地上に生ける預言者がいるということを受け入れるのに苦労しました。彼女はMormon.orgのサイト内にあるmeet Mormons（英語のみ）のプロフィールに、こう書いています。「わたしは5年間、この概念と奮闘しました。そしてこれについて考え、答えを探すなかで、やっと心から祈ってみることに決めたのです。わたしは探していたイエス・キリストの福音を見つけました。わたしは聖霊によって、この教会が真実であるという明らかで否定することのできない答えを受けました。」</p>
<p>2000年、モルモン教に入るためのバプテスマを受けたあと、マークベアードはトリニダード・トバゴで初の7種競技選手としてシドニーオリンピックで22位となり、歴史をつくりました。彼女は2004年にはアテネオリンピックにも出場し、25位になりました。</p>
<p>それからほどなくして、マークベアードは子供をもうけるために引退しました。彼女と彼女の夫は現在3人の息子に恵まれています。</p>
<blockquote><p>「夫と3人の息子はわたしのすべてです。」とマークベアードはMormon.orgに書いています。「妻として、そして母として、わたしは彼らの必要が満たされるようにしています。時には至らないこともありますが、翌日また頑張れることを知っています。また、わたしはもう少しだけ良い母と妻になれるよういつも努力できることを知っています。わたしはアスリートとして、不可能と思えることでも諦めないことを学びました。主がわたしの味方でいてくださるので、彼の計画に沿って努力する限りすべてのことは可能であることを知っています。わたしは完璧ではありませんが、彼を通して毎日もう少し頑張るための力を得るのです。」</p></blockquote>
<p>彼女の3人の息子たちが成長している今、マークベアードは2016年のリオオリンピックで復帰を果たそうとしましたが、予選を通過できませんでした。</p>
<p>しかし、この秋彼女はオーストラリアで行われるワールド・チャンピオンシップで、40歳以上の部門で記録を破ろうとトレーニングに励んでいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この記事はDanielle B. Wagnerによって<a href="http://www.ldsliving.com/" rel="&quot;nofollow”">ldsliving.com</a>に&#8221;<a href="http://www.ldsliving.com/6-Famous-Olympians-Who-Became-Mormons/s/82805?page=1#story-content" rel="&quot;nofollow”">6 Famous Olympians Who Became Mormons</a>&#8220;の題名で投稿されました。</p>
<p>日本語©2016 LDS Living, A Division of Deseret Book Company | Englsih ©2016 LDS Living, A Division of Deseret Book Company</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e3%81%ab%e3%81%aa%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%82%aa%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%83%94%e3%83%83%e3%82%af%e9%81%b8%e6%89%8b%e2%91%a0/">末日聖徒イエス・キリスト教会に改宗したオリンピック選手たち</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e3%81%ab%e3%81%aa%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%82%aa%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%83%94%e3%83%83%e3%82%af%e9%81%b8%e6%89%8b%e2%91%a0/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>伝道に関する11の誤解</title>
		<link>https://morefaith.jp/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%83%bb%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%81%ae11%e3%81%ae%e8%aa%a4%e8%a7%a3/</link>
					<comments>https://morefaith.jp/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%83%bb%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%81%ae11%e3%81%ae%e8%aa%a4%e8%a7%a3/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[hlee]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 30 Jun 2016 01:43:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[伝道・宣教師]]></category>
		<category><![CDATA[あなた・わたしがキリストに近づくために]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://ja.elds.org/morumon-com/?p=5380</guid>

					<description><![CDATA[<p>伝道をするのは専任宣教師だけの責任ではなく、教会員全員の責任です。この記事では、ある帰還宣教師が誰もが陥る伝道について11の誤解を解いてくれます。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%83%bb%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%81%ae11%e3%81%ae%e8%aa%a4%e8%a7%a3/">伝道に関する11の誤解</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">この記事では、伝道活動に関するよくある誤解をご紹介しています。ここで取りあげる11の誤解は、わたしたちが自分たちに言い聞かせているか、または人から聞いたことによるものです。これらが誤解だと分かれば、伝道に対する恐れを克服することができますし、福音を分かち合うことで得られる祝福を受けることができます。また、一度わたしたちが本物の会員宣教師になれば、地獄を震え上がらせる軍勢を解放することができるのです。</span></p>
<h2><strong>1．「これはわたしではなく宣教師の仕事。」 </strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">これが一番よくある誤解です。「これはわたしの義務ではなく、宣教師の義務だ。」これは文化に強く根を張っており、「伝道は宣教師がするもの」という考えに起因します。しかし、宣教師はわたしたちが伝道活動するのを助けてくれる人たちというのが本当の教義です。わたしが宣教師だったある</span><span style="font-weight: 400;">時、わたしは伝道主任と話をしていました。彼はわたしにこう聞きました。「ゴフ長老、あなたの目標はなんですか？」わたしは、「わたしたちは、会員たちの伝道の義務をお手伝いするためにここにいます。」と答えました。すると彼は、「それはいい主義ですね。」と言いましたが、わたしはこう答えました。「これは教義です。」彼はわたしに尋ねました。「どこにそんな教義が書かれているのですか？」わたしは彼にこう言いました。「2008年4月にべドナー長老がそう教えています。」この伝道主任は謙遜な心でべドナー長老の話を読み、次の断食証会でわたしとの会話について証をし、そして会員たちにこういいました。「これは主義ではありません、教義です。わたしは人生で今までの間ずっと間違って認識していました。みなさんもそうだと思います。わたしたちの義務を果たしましょう。」</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">彼が読んで改心するきっかけとなったのはこちらの文章です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">「わたしたちの祈りの中によく聞かれる事柄の一つは、宣教師がこの回復された福音のメッセージを受け取る準備のできた人々や家族のところに導かれるように、というリクエストです。しかし、最終的には、宣教師が教えるべき人々を見つけ出すのはわたしの責任であり、あなたの責任でもあるのです。宣教師は常勤の教え手です。そしてわたしは常勤の見つけ手なのです。一生の宣教師として、わたしもあなたも、専任宣教師がわたしたちの仕事をしてくれるようにと祈るべきではないのです。」（</span><span style="font-weight: 400;">デビッド・A・べドナー長老　リアホナ2008年5月号）</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">福音を分かち合うのはすべての会員の義務です。</span></p>
<h2><strong>2．「伝道活動において宣教師を“助けている”。」 </strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">宣教師がレッスンの手助けを頼む時、どこかに送って欲しいと頼む時、わたしたちは「宣教師を助けている時間があるか？」と考えがちです。そして多くの場合その答えは、「いや、忙しい。」です。代わりにわたしたちはこう考えるべきです。「聖約を守る時間はあるか？救いの業を推し進める時間はあるか？」または「わたしには、家族に自分が主の弟子であることを示す時間があるか？」と。わたしたちが、聖約としての救いの業に携わる時、人生における他の試みにおいても聖霊の増し加えられる助けを感じることができます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">わたしは、結婚生活が改善され、子どもたちが福音を心から受け入れ、財政が立て直され、人々や家族がより大きな喜びと幸せを見出してきたのを目の当たりにしてきました。あなたは、これらのものがほしいと思いますか？それなら、救いの業に携わるべきです。</span></p>
<h2><strong>3．「福音を分かち合うためには完璧でなければならない。さもなければ偽善者だ。」</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">キリストの他に完璧な人などいません。福音を分かち合うためには完璧でなければならないという考えは、サタンからくるものです。サタンは、わたしたちがするかもしれない良い行いを恐れているので、それを食い止めようとするのです。健康になるまで病院に行くのを待とうという考えは、全く意味をなしません。福音を分かち合う鍵は、わたしたちが努力をしていることであり、ただこう言うことです。「わたしと一緒に、より良くなる努力をしよう。」わたしたちが努力をしていれば、聖霊がわたしたちの言葉を立証し、わたしたちは福音を分かち合う機会を見つけることができ、正直になれます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">わたしが知っている中で一番のワード宣教師は、ルースという名前の女性です。彼女は喫煙と飲酒をやめることに苦しんでいて、教会にほとんど来ませんでした。わたしたちは彼女を教え始め、彼女は戒めを守るよう努力し始めましたが、それでも喫煙と飲酒は続けていて、ほとんどまともに教会に来たことはありませんでした。それでも彼女は努力をしていました。彼女は一人で福音に生きるのは難しいと気が付きました。わたしは冗談半分に、それなら友達にも一緒にやってもらったら、と勧めました。そして彼女はそうしたのです。彼女はすべての友達を招き、彼女と一緒に取り組むように勧めたのです。あまり活発に教会にきていなかったこの女性は15人の友人を宣教師に紹介し、そのうち4人がバプテスマを受けました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">  </span><span style="font-weight: 400;">「神の完全な御子を除けば、神は不完全な人間を通してその業を行ってこられました。それは神にとって大変な忍耐を要することでしょうが、それでも神はそのようにしておられ ます。わたしたちもそうするべきです。」（</span><span style="font-weight: 400;">ジェフリー・R・ホランド長老）</span></p>
<h2><strong>4．「福音についてすべてを知らなければならない。」</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">聖典を勉強する必要があるのはもちろんですが、福音を分かち合うためにすべてを知っている必要はありません。誰かが聖典について聞くとき、彼らが求めているのはあなたが何を信じるか、そしてなぜそれを信じるかという個人的な証です。あなたが知るべきなのは、「なぜ」それを信じているかという理由なのです。「なに」を信じるかという話になれば、福音の教義というのは途方もなく多く、その表面だけを学ぶのにさえ一生かかるかもしれません。 質問されたことに対して「わからない、調べさせて。宣教師と話してみてからまた連絡する。」ということは、全く悪いことではありません。こうすることで彼らに、</span><span style="font-weight: 400;">宣教師は「心の疑問」に答える助けができる、と示すことができます。多くの信仰、宗教で、疑問を持つことはあまり推奨されません。しかし、末日聖徒イエス・キリスト教会では、疑問を持つことが推奨されています。福音はとても包括的なので、その大きさゆえにあなたがまだ福音について勉強している最中であるということは、なにも間違ったことではありません。皆そうなのです！どんどん学び、学んだことを分かち合ってください。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">「また、あなたがたは何を言おうかと、前もって思い煩ってはならない。ただ絶えず命の言葉をあなたがたの心の中に大切に蓄えるようにしなさい。そうすれば、それぞれの者に必要な部分が、必要なそのときに授けられるであろう。」（</span><span style="font-weight: 400;">教義と聖約84章85節）</span></p>
<h2><strong>5．「何も話す必要はない、わたしの模範で十分だから。」</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">伝道中、ある週のディストリクトミーティングの前に、わたしたちは扶助協会の部屋にいました。黒板には、有名な引用句が書いてありました。「いつどこでも福音を述べ伝えなさい、必要であれば、言葉を使って。」それはその前の週の扶助協会でのレッスンで使われたものでした。わたしは頭を振って、書き直しました。いつどこでも福音を述べ伝えなさい、言葉を使うのは不可欠です。」特に深く考えてしたわけではありませんでしたが、そのときそのワードでは会員からの紹介があまり多くなく、わたしのしたことは小さな不満の発散だったのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">わたしは自分が書き換えた黒板の言葉を消すのを忘れていました。日曜日が来て、ワード会議が始まろうとする10分前、扶助協会の会長が黒板の言葉が変えられていることに気が付き、こういいました。「誰かがわたしの書いた引用句を変えてるわ。」わたしのトレーナーはわたしを見ました。ビショップがその言葉を声に出して読む間、わたしはドキドキしていました。そして、「福音を述べ伝えるには言葉が必要か」というディベートが始まりました。その会議のはじめ20分の間、話題はそのことでした。彼らは、行いで示すのもいいが、行いと言葉そして招待が一緒に用いられる必要があると話しました。それは小さな奇跡でした。この教義はこの聖句で決定づけられます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">「あなたがたが口を開いて、わたしの望むままに与られる御霊と力によって、わたしの福音、すなわち王国にかかわる事柄を宣言し、聖文からその奥義を説明かすことが、必要かつ望まれる時がやって来た。」（</span><span style="font-weight: 400;">教義と聖約71章1節）</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">このワードでの伝道は変わり、わたしたちは会員からの紹介と奇跡を見始めました。バプテスマや神殿参入が続きました。わたしたちは福音に生きる必要がありますが、それを分かち合うためには言葉を使う必要があるのです。</span></p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%83%bb%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%81%ae11%e3%81%ae%e8%aa%a4%e8%a7%a3/">伝道に関する11の誤解</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://morefaith.jp/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%83%bb%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%81%ae11%e3%81%ae%e8%aa%a4%e8%a7%a3/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>父親が与える子育てへの偉大な影響</title>
		<link>https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e7%88%b6%e8%a6%aa%e3%81%a8%e5%ad%90%e8%82%b2%e3%81%a6/</link>
					<comments>https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e7%88%b6%e8%a6%aa%e3%81%a8%e5%ad%90%e8%82%b2%e3%81%a6/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[hlee]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 01 Jun 2016 13:16:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[家族]]></category>
		<category><![CDATA[愛]]></category>
		<category><![CDATA[父親]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://ja.elds.org/morumon-com/?p=5195</guid>

					<description><![CDATA[<p>「息子を教えるとき、息子の息子も教えている」というのは本当で、子育てへの正しい父親の影響力は果てしありません。父親は家族が最善の環境で生活できるよう、努力し働いていることでしょう。最高の父親だと感じれないときは、天父とイエス・キリストの模範を学び、自分の生活に当てはめられるようにしましょう。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e7%88%b6%e8%a6%aa%e3%81%a8%e5%ad%90%e8%82%b2%e3%81%a6/">父親が与える子育てへの偉大な影響</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>誰にでもお父さんは必要です。父親とは力強い手であり、守りの砦であり、信頼と影響力をもつ助言者でもあります。高潔な父親は愛を持ってこどもたちを教え導き、彼らがなれる最高の自分に近づけるよう力を与えます。</p>
<h2><strong>父親が与える子育てへの影響</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400">父親には、独特の役割があります。「現在、そして未来に関しても、家族の中で生活するために子どもたちを備えるにあたって主な役割を担っているのは母親のようです。父親は家族の外の環境での働きを備えるのに最善の心構えを持っています。」（ジェームズ・E・ファウスト,“Fathers, Mothers, Marriage,” 2004年8月号リアホナ）</span></p>
<p>正しい父親のもつ影響は遠くまで及びます。「あなたが息子を教えるとき、あなたは息子の息子も教えている」という言葉は真実です。もちろん娘に関しても同じことがいえます。子どもたちは多くを父親の影響から学び、その影響が自尊心と後の成功に大きな影響を与えます。</p>
<p><span style="font-weight: 400">父親、母親、そして子どもたちで作られた愛のある家庭は減ってきています。今日、18歳以下のアメリカに住む子どもたちで、その両親が離婚したことがなく、今も一緒に暮らしているのは全体の半分以下です。良い夫、良い父は、家族と社会にユニークで価値のある貢献をするために、今まで以上に必要とされています。</span></p>
<h2> <strong>父としての愛を育む</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400">もっともよい父親の愛の例は、天の御父とその息子であるイエス・キリストです。もしあなたに完璧とは言えない父がいるとして、またはあなたがそうであったとしても、聖書や</span><a href="https://www.lds.org/scriptures/bofm?lang=jpn" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><span style="font-weight: 400">モルモン書</span></a><span style="font-weight: 400">にある父子の特性を学び、育むことで得られるものがあるでしょう。そうすることであなた自身とあなたの子どもたち、その未来の子どもたち、またはあなたが常に時間をともに過ごす、全ての子どもたちの人生をより豊かなものにすることができます。全ての子どもたちが、救い主の完璧な愛を具現化する愛から益を得ることができるのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">父の愛と同等のものはありません。父の愛は、子どもを自信のある大人にする力を持っています。</span></p>
<blockquote><p><span style="font-weight: 400">「神の王国に対する彼らのもっとも大いなる貢献は彼らがすることではなく、彼らが育てる人々である」（アンディ・スタンリー）ということを父親たちは覚えておくべきです。</span></p></blockquote>
<p><span style="font-weight: 400">父親としての役割を心から楽しむのに遅すぎることはありません。すべての男性がこの役割を担い、父や祖父、おじ、いとこ、兄弟、そして息子として、家族と社会を強めることができます。現在の男性としてのポジションに関わらず、ポジティブな姿勢はあなたが思うより多くの人に影響を与え、間違いなくこの時代に正義の波を立てるでしょう。あなたは父親になれるのです。それも真の父親に。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">以下の感動的なビデオを見てください。これは人生を家族に捧げ、そのなかで喜びを見つけた、ある父親に関するビデオです。</span></p>
<p><iframe title="真の父親" width="800" height="450" src="https://www.youtube.com/embed/AeHbfZrNNNw?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400">最高の父親になるために、まずは救い主イエス・キリストの模範を学び、従ってみましょう。宣教師が助けてくれるでしょう。宣教師の訪問を希望する場合は</span><a href="https://www.mormon.org/jpn/宣教師" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><span style="font-weight: 400">ここ</span></a><span style="font-weight: 400">をクリックしてください。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><i><span style="font-weight: 400">この記事はもともと</span></i><a href="https://www.mormon.org/blog/a-fathers-love" target="_blank" rel="nofollow noopener noreferrer"><i><span style="font-weight: 400">mormon.org</span></i></a><i><span style="font-weight: 400">によって投稿されたものです。</span></i></p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e7%88%b6%e8%a6%aa%e3%81%a8%e5%ad%90%e8%82%b2%e3%81%a6/">父親が与える子育てへの偉大な影響</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e7%88%b6%e8%a6%aa%e3%81%a8%e5%ad%90%e8%82%b2%e3%81%a6/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「謙遜」の皮をかぶった「高慢」</title>
		<link>https://morefaith.jp/%e7%94%9f%e6%b4%bb%e3%81%ae%e7%9f%a5%e6%81%b5/%e8%ac%99%e9%81%9c%e3%81%ae%e7%9a%ae%e3%82%92%e3%81%8b%e3%81%b6%e3%81%a3%e3%81%9f%e9%ab%98%e6%85%a2/</link>
					<comments>https://morefaith.jp/%e7%94%9f%e6%b4%bb%e3%81%ae%e7%9f%a5%e6%81%b5/%e8%ac%99%e9%81%9c%e3%81%ae%e7%9a%ae%e3%82%92%e3%81%8b%e3%81%b6%e3%81%a3%e3%81%9f%e9%ab%98%e6%85%a2/#comments</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[hlee]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 12 May 2016 15:04:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[生活の知恵]]></category>
		<category><![CDATA[わたしたちの信条]]></category>
		<category><![CDATA[人の価値]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://ja.elds.org/morumon-com/?p=5127</guid>

					<description><![CDATA[<p>謙遜とはどんな行動でしょうか？謙遜になるためだと思ってしていた行為が、実は自分を守るための高慢である事があります。高慢は時々「謙遜」の皮をかぶってわたしたちに近づいてくるのです。セラピストのDr.ハンクスが謙遜と高慢の認識の仕方について４つのポイントを紹介します。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e7%94%9f%e6%b4%bb%e3%81%ae%e7%9f%a5%e6%81%b5/%e8%ac%99%e9%81%9c%e3%81%ae%e7%9a%ae%e3%82%92%e3%81%8b%e3%81%b6%e3%81%a3%e3%81%9f%e9%ab%98%e6%85%a2/">「謙遜」の皮をかぶった「高慢」</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400">高慢という概念は、その意味を普遍的な罪としてとらえられています。</span><a href="https://www.lds.org/?lang=jpn"><span style="font-weight: 400">モルモン教</span></a><span style="font-weight: 400">（正式名称は末日聖徒イエス・キリスト教会）</span><span style="font-weight: 400">の理論からしてもそうです。高慢によって、サタンは天国で謀反を起こしましたし、高慢によって古代の文明は失脚してきました。高慢は歴史を通して、邪悪な人間に力を与える要因として働いてきたのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">モルモン書を勉強したことのある人ならだれでも、高慢のサイクルについて聞いたことがあるでしょう。しかし、この記事の中ではその典型的な「全体像」としての高慢から離れ、わたしたちの個人的な高慢というひとつの特徴に集中したいと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">高慢のいくつかのパターンは、簡単に見つけられます。にもかかわらず高慢をコントロールするのが難しいのは、それらの簡単なパターンよりもずっと微妙な、しかし同様に有害な形で現れることが多いからだと思います。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">1989年に話された有名な</span><a href="https://www.lds.org/media-library/video/2012-05-1307-teachings-of-ezra-taft-benson-pride?lang=jpn"><span style="font-weight: 400">「高慢に気をつけなさい」</span></a><span style="font-weight: 400">の中で、エズラ・タフト・ベンソン長老はこのことについて、時に妬みを抱かせたり、許しを遅らせたり、家族に向かってけんか腰にさせたりする高慢の幾つかの面について話しています。</span></p>
<h2><b>謙遜と高慢を識別する</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">ベンソン大管長は、謙遜が高慢に対する明らかな対抗手段であると説明して話を閉じました。これは決して驚くべきことではありません。「自分中心」の理念の反対は、この世界には自分たち以外のものが溢れていること、自分たちはすべてを知っているわけではないということ、それどころが実際は何も知らないということ、そしてすべてを知っている人は誰もいないということに気がつくことです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">高慢は悪で、謙遜は善です、といえば、十分単純に聞こえるでしょう。でもそんなに簡単ではないかもしれません。高慢にいくつかの側面があり、姿を隠して現れることがあるように、謙遜もいつも同じ形で現れるわけではありません。だからこそ、こ</span><span style="font-weight: 400">のふたつを区別するのは時に難しいことなのです。これは、セラピーセッションのなかでよく取り上げられるトピックです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">高慢が謙遜のふりをして現れる時の例をあげましょう。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400"> </span></p>
<h2><b>1) 卑下</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">わたしが会った患者の中には、自分の価値に関して低い評価を持つことが謙遜だと勘違いしている人が多くいました。自分を痛めつけたり、おとしめたりすると、 わたしたちは謙遜になっていると思いがちですが、実際はその反対なのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">自分の欠点を必要以上に取り上げることや、心からの褒め言葉を無下にして取り合わないことで、あなたは自身の神聖さを否定していることになります。ベンソン大管長は、高慢の中心的な特徴は敵意だといいました。神がくださった神聖な贈り物を退けることは、神に対する敵意になり得るといました。</span></p>
<p>わたしは、C.S ルイスが彼の著書「キリスト教の精髄」で語ったこの言葉が大好きです。「比較は、人々を高慢にします。他人よりも優位に立つことに悦びを感じることが高慢に導くのです。</p>
<p>競争の要素がなくなればすぐに高慢もなくなります。」高慢を避けるというのは、自分たちを他人より優位におかないということで、同時に自分たちを他人より下におかないということでもあります。</p>
<p>高慢は、比較のなかにあり、順位をつけることにあります。比較は、その順位付けのなかで誰が上位にいるかによって、他人や自分自身に対しての敵意を生みます。ディーター・F・ウークトドルフ管長はルイスの言葉を繰り返し、こう言っています。</p>
<blockquote><p>自分自身のことを低く考えることのなかに謙遜は見つけられません。自分自身のことを考えることを少なくすることに謙遜があるのです。</p></blockquote>
<p>自分自身を神の子どもとして尊重してください。そして卑下することと謙遜を一緒にしないでください。</p>
<h2><b>2)　他人からの評価への固執           </b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">うぬぼれや、ナルシシズムのことだけを言っているのではありません。ここで話をしたいのは、他人がわたしたちをどう思っているのかということ、霊的または感情的に自分以外の人たちに、自分がどのように映るかということへの固執についてです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">わたしは、高慢に聞こえるのを恐れて、発言したり行動を起こしたりするのをためらってしまうという人によく会いました。言い換えれば、彼らは謙遜に見られたいのです。他にも、教会での指導者のポジションに「立候補」する機会を逃したくなくて教会の会員たちにどう見られているかばかりを気にする人たちもいました。</span></p>
<p>自分が相手に与える印象について気を配り、自覚するのはいいことですが、実際に謙遜になりたいと願う以上に謙遜に見られたいと願うようになると問題です。皮肉なことに、この他人に謙遜に見られたいという思いこそが高慢なのです。聖典では、「人は外の顔かたちを見、主は心を見る。」と教えられていることを覚えておきましょう。（サミュエル記上16章7節）</p>
<h2><b>3) 他人の正義と選択に関する過剰な心配</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">イエス・キリストの福音では、わたしたちは兄弟姉妹を助け支えるように教えられています。家族、家庭、家庭訪問教師など実質上すべての教会の組織が、わたしたちは肉体的にも霊的にもお互いを励まし刺激しあうために存在するのだという事実を証明しています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">しかしながら、わたしたちは必要以上に自分たちの管理責任外の人々の証や信仰、道徳基準の選択を自身の正義を強調する方法として用いることが多いようにも思います。「彼女はやけになっているみたい、心配だわ！」というコメントの裏にある影響は実際、「彼女と同じ轍（てつ）を踏まないで済んでよかった。わたしが正しい道に踏みとどまっているおかげで彼女を立て直すことができるのだから！」というものかもしれないのです。</span></p>
<p>わたしたちが管理するべき関係は確かに存在します。（とりわけ明らかなのは子どもたちです）その関係の中において、彼らの霊的な健康をサポートするのはわたしたちの責任です。主ご自身が、ヨセフにこのように言っています。「わたしたちは（わたしたちの）子どもたちを光と真理の中で育てるよう戒めを与えられている。」</p>
<p>何年か前、青年期に入ったわたしの子供のひとりが、わたしの信じるものと価値観とは相容れない選択をしていました。わたしはその状況に関して落胆、恐れ、そして痛みを感じていました。よく考え、祈り、神殿にも参入して、わたしの心の痛みの大きな原因は、わたしがその子にとって正しい道はなんなのか知っていると信じきっていることによるものだとわかりました。</p>
<p>同時に、天の両親が、彼らの壮大な計画のなかでどのように他人の個性的な生き方や選択を用いるのか知らなかったことに気が付きました。わたしの祈りへの答えは信頼し、信仰を用いて子供の選択の自由を尊重し、自分の人生をより誠実に生き、愛のある尊重し合える関係を子供と築いていくことだ、というものでした。</p>
<p><span style="font-weight: 400">わたしたちの手にゆだねられている人たちの幸福に関して気をもむのは自然なことですが、（</span><a href="https://www.lds.org/scriptures/dc-testament/dc/93.44?lang=jpn"><span style="font-weight: 400">教義と聖約93章44節</span></a><span style="font-weight: 400">）、誰かの証やふさわしさに関する心配事と、彼らの選択の自由を認め尊重することの間でよいバランスを探し求めることは同様に大切なことです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">必要以上の心配（高慢による）と適切な気遣いの境界線がわからなければ、あなたの置かれている具体的な状況でどのように振る舞うのが適切なのかがわかるよう聖霊の助けを求めて祈りましょう。</span></p>
<h2><b>4) 他人を喜ばせること</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">周りの人を喜ばせたり幸せにしたいと思うことがどうして高慢なのでしょうか？本当のところ、この「他人を喜ばせる」行動の中心は、他の人を満足させることではなく、自分自身を心地よくさせ、肯定し、自己価値をふくらませるための行動だからです。肯定感と所属感が欲しくてたまらない時に、個人的な、そして感情的な境界線が踏みにじられると、わたしたちはどうしても天の両親の愛と自分の認識する自己価値だけでは十分でないと思ってしまいます。</span></p>
<p>高慢は、この世的な賞賛や肯定を受けることにあり、「他人を喜ばせる」というのは同じゴールを目指すもうひとつのルートなのです。わたしたちのこの世での目的のひとつは人々との関係に喜びを見出すことですが、他人に「仕える」ことに集中するあまり、自分の必要をないがしろにするのは謙遜ではなく、健全ですらありません。</p>
<p>家族の決まり事を守らない子供になんの責任もとらせない親、または家族の予算には明らかに収まらないスポーツ用品を子供にねだられたからといって買い与える親、成績の悪い子供を助けようと「無能な」教育者に文句を言う親を考えてみてください。これらの例では、この親は自分が心地よく、自身について良い思いでいられるように子供を喜ばせているにすぎません。彼らは子供の一番の興味や、子供の成長を助けることについては考えていないのです。</p>
<h2><b>高慢から勇気ある謙遜へ</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400">結局、高慢と謙遜はわたしたちが思うほど単純なものではないのかもしれません。末日聖徒イエス・キリスト教会</span><span style="font-weight: 400">のホームページ</span><span style="font-weight: 400">では、謙遜について以下のような素晴らしい定義が挙げられています。</span></p>
<blockquote><p><span style="font-weight: 400">謙遜とは，自分が主に頼らなければならないことを，感謝の思いをもって認めること，すなわち自分が常に主の支えを必要としていることを理解することです。謙遜とは，自分の才能や能力が神から与えられた賜物であることを認めることです。それは弱さ，おく病，恐れを表すものではなく，真の力の源がどこにあるかを自分が知っているということを示すものです。謙遜でありながら恐れを知らない者となることができます。謙遜でありながら勇敢な者となることができます。</span></p></blockquote>
<p>わたしたちが主に完全に頼らなければならないことを認めるとき、「わたしたちは謙遜でありながら恐れを知らない者となることができます。謙遜でありながら勇敢なものとなることができます。」謙遜は卑下や表面上ばかり気にすること、他人の救いを心配することや他人を喜ばせることと同意ではありません。</p>
<p>恐れを知らず勇敢な謙遜は、心からの褒め言葉を受け取ったり、神の高潔さを自分の中に認めることなのかもしれません。または、他人の目を気にすることをやめ、代わりに神の目にどう映るかに集中することかもしれません。</p>
<p>他人の救いは本人に任せて、信仰を用いて神に頼ることかもしれませんし、自己肯定感を失うことなく誰かが自分に対して良くない感情をもつことも受け入れることなのかもしれません。それがなんであろうと、認め、真の謙遜を持ってキリストに立ち返るために前に進んでいきましょう。</p>
<p><i><span style="font-weight: 400">この記事はJulie de Azevedo Hanksによって書かれ、</span></i><a href="http://www.ldsliving.com/" rel="&quot;nofollow”"><i><span style="font-weight: 400">ldsliving.com</span></i></a><i><span style="font-weight: 400">に&#8221;</span></i><a href="http://www.ldsliving.com/4-Ways-What-You-Think-Is-Humility-Could-Actually-Be-Pride/s/81726" rel="&quot;nofollow”">4 Ways What You Think Is Humility Could Actually Be Pride</a>&#8220;の題名で投稿されました。<i></i></p>
<p>日本語©2016 LDS Living, A Division of Deseret Book Company | Englsih ©2016 LDS Living, A Division of Deseret Book Company</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e7%94%9f%e6%b4%bb%e3%81%ae%e7%9f%a5%e6%81%b5/%e8%ac%99%e9%81%9c%e3%81%ae%e7%9a%ae%e3%82%92%e3%81%8b%e3%81%b6%e3%81%a3%e3%81%9f%e9%ab%98%e6%85%a2/">「謙遜」の皮をかぶった「高慢」</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://morefaith.jp/%e7%94%9f%e6%b4%bb%e3%81%ae%e7%9f%a5%e6%81%b5/%e8%ac%99%e9%81%9c%e3%81%ae%e7%9a%ae%e3%82%92%e3%81%8b%e3%81%b6%e3%81%a3%e3%81%9f%e9%ab%98%e6%85%a2/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>6</slash:comments>
		
		
			</item>
		<item>
		<title>伝道に出る前の末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師が知っておくべきこと</title>
		<link>https://morefaith.jp/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%83%bb%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab/%e4%bc%9d%e9%81%93%e5%89%8d%e3%81%ae%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%95%99%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab%e3%81%8c%e7%9f%a5%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%8a%e3%81%8f%e3%81%93%e3%81%a8/</link>
					<comments>https://morefaith.jp/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%83%bb%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab/%e4%bc%9d%e9%81%93%e5%89%8d%e3%81%ae%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%95%99%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab%e3%81%8c%e7%9f%a5%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%8a%e3%81%8f%e3%81%93%e3%81%a8/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[hlee]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 30 Apr 2016 02:55:10 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[伝道・宣教師]]></category>
		<category><![CDATA[あなた・わたしがキリストに近づくために]]></category>
		<category><![CDATA[モルモン教の宣教師]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://ja.elds.org/morumon-com/?p=5078</guid>

					<description><![CDATA[<p>周りの人と繋がりを持ち、福音をより効果的に伝えることができたら、宣教師として何と幸せでしょうか！エジプトに宣教師として召されたアブラハムは、主に直接効果的な伝道の方法を教わり、それを書き留めました。この記事では、アブラハムの時代から使われている伝道テクニックを紹介します。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%83%bb%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab/%e4%bc%9d%e9%81%93%e5%89%8d%e3%81%ae%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%95%99%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab%e3%81%8c%e7%9f%a5%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%8a%e3%81%8f%e3%81%93%e3%81%a8/">伝道に出る前の末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師が知っておくべきこと</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;"><a href="https://www.lds.org/?lang=jpn">モルモン教</a>の会員として、わたしたちは日々の生活の中で、行いと言葉を通して、宣教師として福音を述べ伝えるように召されています。しかし、その「喜びの知らせ」を伝えることを急ぐまえに、この福音を分かち合おうとしている相手についてよく考えるようにしましょう。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">ここでは、福音をよりうまく伝える方法と、福音を通して周りの人とつながりを持つ上手なやり方に関してのアドバイスを紹介します。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>アブラハム書から伝道について学ぶ</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">伝道は簡単なことではないかもしれません。特に、ノックするたびに拒絶されていてはなおさらでしょう。しかし、アブラハム書には、どの文化の中で福音を宣べ伝えるよう召されようと、宣教師がより効果的にその業を果たせるように助ける方法が書かれてあります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">アブラハムは、中東とエジプトで伝道するよう召されました。難しい伝道とはまさにこのことです。彼の伝道は、エジプト人の伝統のせいで簡単には行かないことがわかっていました。もし伝道に行く準備をしながら、これは大変そうだと感じるのであれば、高価な真珠の真ん中にある模写の１番を見てみてください。わたしが何を言っているかわかるでしょう。</span></p>
<figure style="width: 416px" class="wp-caption aligncenter"><img loading="lazy" decoding="async" class="" src="https://files.morefaith.jp/2016/04/03990_000_fac-1.jpg" alt="エジプト人に伝道をして殺されそうになるアブラハム" width="416" height="410" /><figcaption class="wp-caption-text">アブラハムを犠牲として捧げようとるす偶像礼拝の祭司</figcaption></figure>
<p><span style="font-weight: 400;">主は、アブラハムがエジプト人にとって効果的な宣教師となれる方法を個人的に教えました。そしてアブラハムは後の世代で奉仕するように召された人たちが、効果的な宣教師になる方法を学ぶことができるようにそれを書き留めたのです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>共通の基盤</strong></h2>
<p>ジョセフ・F・マッコンキーは「聖典の中で、これ以上に効果的な教え方は使われていません。これとは、教える人が、教えられる人のすでに理解している何かになぞらえて原則を教えることです」と言いました。</p>
<p><span style="font-weight: 400;">「たとえ」は、人々と共通の基盤を見つけるのにとても良いものです。彼らがすでに知って理解していることを用いて、お互いが理解できるコンセプトに基を据えて信頼関係を築くのです。そして、その共有したコンセプトをもとに新しいコンセプトを教えます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">多くの場合、共通の基盤を見つけることが、相手に聞く耳を持たせる唯一の方法となります。白いシャツとネクタイ、そして胸の名札が、あなたに関する先入観を抱かせるからです。相手が聞く耳を持ち、あなたに対して心を和らげてもらえないといけません。そうでなければ、あなたが何を言い、どんなに力強く言おうと意味をなしません。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">アブラハムの場合も同様で、主はアブラハムがこの教訓を学ばないかぎり成功することはできないということをご存知でした。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">シュメールのウルという場所で、主はアブラハムに、エジプト人を教えるにあたっての効果的な方法を教えました。主はこの教訓を教えるために、まずアブラハムに天文学を教えます。<a href="https://www.lds.org/scriptures/pgp/abr/3?lang=jpn">アブラハム書3章</a>では、はじめの7節をかけて星と惑星、それらの関係について説明しています。アブラハムはきっと混乱したことでしょう！彼は自分自身に向かってこのように言ったかもしれません。「いったいこれらすべてのことがどのようにイエス・キリストの福音に関係するというのだろう？わたしは宣教師であって、天文学者ではないのに！」</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">主は答えてこのようにいいます。「アブラハム、わたしはあなたに素晴らしいものを見せましょう。エジプト人があなたに暴力をふるったり、目の前でドアを強く閉めるだけでなく、実際に彼らが共感できることを教えます。エジプト人は天文学が大好きなのです…もしあなたが彼らの信頼を得たければ、天文学のことについて話をする以上に効果的なことはないのです。」</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">18節までには、アブラハムはきっと彼が学んだ天文についてのことに驚きを感じているはずです。しかし、そこで主は「そこで、また」という言葉を使い、天文学（エジプト人が大好きなもの）から救いの計画（彼らが全く聞いたこともなく、多分拒絶するであろうもの）へと話を移していくのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">アブラハムはそこではじめて、エジプト人の興味を引き、共通の基盤を築かなければエホバについて話をするチャンスなどないということを学んだのです。これが、アブラハムが本当の宣教師になるという意味について学んだ日でした。まず、誠実でなければいけないこと、そして教えを受ける人々をよく知らなければいけないこと。それから、共通の基盤を見つけることで、彼らがあなたのメッセージに心を開くのを助けることができるのです。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><i><span style="font-weight: 400;">この記事はGreg Trimbleによって書かれ、</span></i><a href="http://www.gregtrimble.com/one-thing-every-missionary-should-learn-before-they-leave/" rel="&quot;nofollow”"><i><span style="font-weight: 400;">gregtrimble.com</span></i></a><i><span style="font-weight: 400;">に投稿されたものです。</span></i></p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%83%bb%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab/%e4%bc%9d%e9%81%93%e5%89%8d%e3%81%ae%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%95%99%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab%e3%81%8c%e7%9f%a5%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%8a%e3%81%8f%e3%81%93%e3%81%a8/">伝道に出る前の末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師が知っておくべきこと</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></content:encoded>
					
					<wfw:commentRss>https://morefaith.jp/%e4%bc%9d%e9%81%93%e3%83%bb%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab/%e4%bc%9d%e9%81%93%e5%89%8d%e3%81%ae%e3%83%a2%e3%83%ab%e3%83%a2%e3%83%b3%e6%95%99%e5%ae%a3%e6%95%99%e5%b8%ab%e3%81%8c%e7%9f%a5%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%8a%e3%81%8f%e3%81%93%e3%81%a8/feed/</wfw:commentRss>
			<slash:comments>0</slash:comments>
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
