僕がクリスチャンになるにあたり、何度もモルモン教(正式には末日聖徒イエス・キリスト教会という)を怪しいと思い、両親に反対され、それでも、最終的にはこの教会に入りたいという強い望みが出てきました。きっかけは、ブリガム・ヤング大学(BYU)の一角にあるEnglish language centerという語学学校に申し込む時に、教会の人の面接が必要だったことでした。僕は典型的な日本人で、宗教の勧誘はすべて避けてきました。今まで何の宗教も信仰したことがなかったので、初めて教会に行く前はすごく抵抗がありました。それに、インターネットで末日聖徒イエス・キリスト教会のことを調べると、あまりよくない情報が多数あって、宗教への恐怖心がさらに大きくなっていきました。ですが、初めて訪れた時に教会の人が優しく接してくれて、親近感がわきました。そのおかげで少しは気持ちが和らぎました。


思いもよらなかった祈りへの答え

教会に通い出し、宣教師たちとこの末日聖徒イエス・キリスト教会について話す機会がありました。彼らとレッスンをしていく中で「バプテスマを受けないか?」と聞かれました。僕が迷っていたら、「まず考える前に祈って、この教会が真実がどうか神様に聞いてほしい」と言われました。その時わたしは、「この宣教師たち、ぐいぐいくるな」と思っていましたが、その夜に初めてお祈りをしました。最初は、答えなど返ってくるわけないだろうと思っていました。でも、宣教師に言われたとおりに祈ってみると、感じたことのない平安な気持ちが心に入ってきました。次の日、宣教師と会った時にその時感じた気持ちを話しました。すると彼らは、それは神様からの返事だと教えてくれました。でも、それまで何の宗教も信仰することがなかったので、信じることができませんでした。

日本に住んでいた時、聖典を読んだり祈ったりしましたが、そのような気持ちを感じたのは初めて祈った夜だけだったので、単なる偶然だと思っていました。さらに、聖餐会で話者が話している時に、急に泣き出す人がいて、僕にはなぜ泣いているのか理解できませんでした。正直、この教会を怪しむ気持ちは増していきました。


バプテスマを決心するまでの心の変化

そのような思いを抱きながらも、アメリカに来た後も宣教師とのキリスト教についてのレッスンを受け続けていました。徐々に御霊を強く感じるようになり、今まで感じたことのない平穏な気持ちも感じるようになりました。ようやく僕は、初めて祈った時の感情は偶然ではないと思うようになりました。さらに、祈りを重ねていくにつれて、ある日、自分でも気付かないうちに心の中で何かを感じ、涙がこぼれていました。その瞬間に、この教会は真実の教会で全然怪しい教会ではないと思い、バプテスマを受けることを強く望むようになりました。

また、困っている人がいると、教会の人たちは相手が教会員かどうかにかかわらず、自分の損得などを考えることなく、すぐ動いて助けている姿を見ました。自分は、まず損得を考えてから困っている人を助けるタイプの人間でした。例えば、気になっている子がいる前では張り切るといった感じです。ですが、どんな状況でも周りの人を助ける会員の人たちを見て、僕も彼らのようになりたいと思うようになりました。

それでも、バプテスマを受けることを少しだけためらっている自分がいて、受けるか受けないかすごく迷っていました。そこで宣教師に相談すると、「そういう時は、お祈りしたほうがいいよ」とアドバイスをもらいました。アドバイス通りにし、熱心に祈り、今まで以上に感じたことがないぬくもりを感じることができました。この日以降、何のためらいも感じなくなり、バプテスマを受ける決心ができました。

もう1つ問題だったのは、両親が宗教を嫌っていたことでした。反対されるのではないかと、バプテスマについて話すのをためらっていました。わたしはそのことについて祈りました。「僕にバプテスマを受けたいと伝える勇気をください」と。そうすると、何のためらいもなく話すことができました。最初こそものすごく反対していましたが、神様が二人の気持ちを和らげてくれたのかもしれません。


最後に

日本とアメリカで、僕のために時間を割いてレッスンをしてくれた宣教師たちや模範になってくれた教会の人々、また、宗教を嫌いながらもバプテスマを受け、クリスチャンになることを許してくれた両親に感謝しています。わたしの人生に福音が与えられたことに感謝しています。日々の聖典勉強は大変ですが、それ以上に祝福を与えてくださっていることにも感謝します。

著者:小林功典