今から50年ほど前に、わたしは街中で何かを探しているような背の高い2人組のアメリカ人を見かけました。すべてはその時に始まりました。当時のわたしは「末日聖徒イエス・キリスト教会」という名も「モルモン教」という名も聞いたことがありませんでした。

スーツを着た礼儀正しいその2人のアメリカ人と少し話し、本を借りました。家に着いて、その本を母に見せると、「お金を払って、もう会わないようにしなさい。きっとそれを売って生活しているのよ。勧誘されたり騙されだまされないようにね」と言われました。

末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師たち

そんな母の気持ちとは反対に、この爽やかな2人に親しみを感じ、わたしは話を聞き続け、1ヶ月ほどしてバプテスマを受け、末日聖徒イエス・キリスト教会の会員になりました。

 

「モルモン教には興味ありません」

両親はこの教会のことを聞く気持ちは全くなく、宣教師はもちろん、教会員のことも警戒して、家に来ることも歓迎してもらえませんでした。
ところが、両親の反対を押し切って、専任宣教師として北海道で1年半働いている間に、母に変化が起こり始めました。

宣教師が家に来たのを拒まずに招き入れた、とのこと。でも、それはただ断ると悪いと思って通しただけで、福音に興味はまったくありませんでした。
わたしは、両親が福音を受け入れることはないと思うようになりました。

しかし、今から14年ほど前に父がガンで79年の生涯を閉じた時、母は驚くほど悲嘆に暮れました。支えをなくし、とても不安定な日々を過ごしていました。

夫を亡くし不安な年配女性
そんな時に我が家に訪問してくれた宣教師は、とても優しい日本人とまだ日本語のよく分からないアメリカ人でした。
彼らは週1回は母を訪問して、キリストの福音について分かりやすく教え、優しく接してくれました。

でも、この2人が転勤した後は、母は全く福音を聞かなくなってしまい、「ああ、やっぱり母は変わらないなぁ」とあきらめていました。

 

無謀な提案

ある時、久しぶりに日本人の宣教師とオーストリアからきた新人宣教師が赴任してきました。新しい場所で、どのように伝道したらいいか考えていた彼らは、熱心に祈って主なる神に導きを求めていました。すると、思いがけずその日本人の宣教師の父親からこんなアドバイスを受けました。

「伝道は、必ずしも見知らぬ人に声をかけるだけではないと思うよ。松橋兄弟に、彼のお母さんがバプテスマを受けられるように助けることができるか聞いてみては?」

実は、その宣教師のお父さんは若い時にこの支部の会員だったので、わたし(松橋)を知っていたのです。わたしには、とても無謀な提案だと思えました。

ところが何回か話を聞いていた母に、ある時宣教師が「この話が理解できたらバプテスマを受けていただけますか?」と、「無謀な」提案をしました。困ったような母の顔を見て(これは無理なことを言われたなぁ、きっと母は話を聞くのをやめるなぁ)と思いました。

ところがしばらく黙った後で母の口から出た言葉は、耳を疑うものでした。「バプテスマを受けられるように、ちゃんと(福音の)お勉強しなくちゃね」

今まで何十年も、教会にも福音にも興味を示さなかった母が、なぜそんなことを言い出したのか。
一時の思いつきで言われては、宣教師にも迷惑。

2人きりになった時に母に本心を尋ねました。
「わたしはあんたとお嫁さんと孫たちと長いこと住んで、あんたたちが幸せに暮らしてるのをずっと見てきた。孫たちもみんないい子で、そういう宗教ならわたしの短い残りの人生をあんたたちの宗教で生きて、あんたたちの宗教で最後を迎えてもいい、って決めたんだよ」と言ってくれました。

 

「今日もいい?」は幸せ合言葉

14年前のあの優しい宣教師のことを、母は今でもよく話します。そして、今教えてくれている宣教師も神様の天使のように尊敬しています。

従順に準備して2月の寒い日曜日の午後に、母は温かいバプテスマの水をくぐりました。母はモルモン書を読むのが大好きで、テレビを見るよりおもしろいようです。
決して内容をよく分かっているわけではないですが、家族で同じモルモン書を開いて、話すのが幸せに思えるのだといいます。

宣教師が自宅に来てモルモン書の説明をしている

最近は、母が我が家の聖典お勉強リーダーです。バプテスマを受けたあとの宣教師のレッスンの中で、モルモン書の90日読破チャレンジがありました。

宣教師とモルモン書を読むのが楽しかった母は、その日から「今日、一緒にモルモン書を読んでもらえる?」と聞いてきたのです。(まあ、今晩だけならいいか)と快く引き受けた妻と娘とわたし。

1章読み終わると「もう少し読んでもらえる?」「はいはい」ともう1章読むと「もう少しいい?」そういいながら5章ほど読むと「ああ、家族でお勉強できるって楽しいね」と、嬉しそうに言いながら部屋に戻りました。

翌日の夜も、食事のあとに「今日もいい?」と聞いてきて、また数章読み、また嬉しそうに部屋に戻り、それが次の夜、また次の夜と数週間と続いて、今は母の「今日もいい?」の言葉で毎日モルモン書を読んでいます。

母は内容はほとんどわかっていません。ときどき読み間違えて、お互いに笑ってしまうこともあります。でも、まるで幼い子供のような笑顔で「ああ、良かった」と言いながら部屋に戻っていくのを見ていると、家族がみんな笑顔になります。

家族もそ れぞれ、忙しい仕事の終わったあとの貴重な時間ですが、母のために時間を犠牲にしてくれる家族の愛に感謝しています。

モルモン教に改宗した松橋家族

松橋家族(写真は松橋さん提供)

この記事は長野地方部長野支部の松橋春海はるみ兄弟によって書かれました。