神様へと戻る道であるイエス・キリストの福音には、イエス・キリストを信じる信仰、悔い改め、バプテスマ、聖霊の賜物を授かること、そして最後まで耐え忍ぶことが含まれます。はじめの4つの点はこのシリーズで既に説明されています。今までに学んだことについてまとめてみましょう。
キリストへの信仰、悔い改め、バプテスマ、聖霊の賜物、そして最後まで耐え忍ぶ
イエス・キリストへの信仰を持つと、わたしたちは、イエスがわたしたちを愛しておられ、彼にはわたしたちを赦し、より良い人へと変えてくれる力があると信じます。わたしたちの信仰は、悔い改め、もしくは、間違った行いを改め、熱心に神様の戒めに従順になるよう励ます心の変化へと導きます。神様の戒めのうちのひとつが、バプテスマです。バプテスマを受ける時、一度水に沈み、それから出てきます。それは、わたしたちが新たな人間として生まれ変わり、残りの人生を通してイエス・キリストに従うという聖約の象徴です。バプテスマの後にわたしたちは、天のお父様の御元へと戻る道を導く聖霊を常に伴侶とする権利、聖霊の賜物を授かります。そして、わたしたちは、最後まで耐え忍ばなければなりません。
最後まで耐え忍ぶ? 大変そうで、あまり楽しくなさそうな、まるでマラソンか何かの様な響きですね。
イエス・キリストに従う者の生活に困難な時があるのは事実です。イエス・キリストへの信仰と彼に従う決意は、経済的な苦難や、他の人による苦痛を与えられるような選択、そして愛する人の死などの人生で起こりうる試練を防いではくれません。しかし、最後まで耐え忍ぶというのは、歯を噛みしめながら大変なことを力づくで乗り切るという意味ではありません。それは、毎日、良いときも悪いときも、キリストへの信仰を使い、悔い改め、神様への約束を守り、聖霊の導きに従い続けるということです。それは、神様の元へ戻る旅路において、わたしたちが変化し、成長し続けるという意味です。もしつまづいたり(そしてわたしたちは皆つまづきます)、道からそれてしまったら、救い主と彼がわたしたちを救う能力を信頼してその道へ戻るのです。最後まで耐え忍ぶことは、人生を通してキリストの律法と約束に忠実であり、彼にわたしたちを導いて頂くことです。
現代のイエス・キリストの使徒であるディーター・F・ウークトドルフが希望と解放の喜ばしい経過について説明するのをご視聴ください。
このシリーズのその一、その二、その三、その四を読んでイエス・キリストの福音について更に学ぶことが出来ます。
この記事はmormon.orgに掲載されていたものです。