その同じ年に多くの預言者が現われて、民に向い、悔い改めなければ大きな都のエルサレムは滅ぼされるに違いないと預言した。 ニーファイ第一書第1章4節
知っておくこと
モルモン書は紀元前600年ごろから始まります。
モルモン書の序盤に登場するニーファイはエルサレムに住んでいる間、多くの預言者が人々に悔い改めなければ、大きな都だったエルサレムが滅びると預言していたと、上記のようにはっきりと書き残しています。
ニーファイには、預言者だった父親リーハイがいました。リーハイはほかの預言者と同じように神様から言葉を預かり人々に伝えていました。
預言者とは神様から召され、この地上で神様の代理人となる存在です。聖書に登場するモーセやイザヤ、また新約聖書の使徒たちがそうです。神様は生ける預言者に啓示を与え、今日でも人類を導いていると、わたしたちは信じています。
主に教会の大管長や十二使徒定員会のメンバーは預言者、聖見者、啓示者として考えられています。彼らは神聖な導きを受け、福音を教え、教会を管理し、キリストの特別な証人として世界中で奉仕しています。ブルース・R・マッコンキ―長老は次のように教えています。
預言者とは、まことの教会の一員であり、その業の真理と神聖についての証を持つ人々のことです。彼らは、イエスがキリストであり、生ける神の御子であられることを、聖霊の力によって学んだ神の聖徒なのです。(翻訳:信仰プラス)
しかし紀元前7年から6年の間に、9人の預言者が存在していました。聖書によるときわめて多くの人数だったそうです。また次の2つの聖句には、わたしたちが名前を知らない2人の預言者について引用されています。
主はたゆまず、そのしもべである預言者を、あなたがたにつかわされたが、あなたがたは聞かずまた耳を傾けて聞こうともしなかった。エレミヤ書25章4節
その先祖の神、主はその民と、すみかをあわれむがゆえに、しきりに、その使者を彼らにつかわされたが、彼らが神の使者たちをあざけり、その言葉を軽んじ、その預言者たちをののしったので、主の怒りがその民に向って起こり、ついに救うことができないようになった。 歴代志下36章15-16節
聖書の記録
ニーファイが言ったように、これらの預言者たちは人々が悔い改めと差し迫った破滅について警告しました。ある研究者はこれに関するいくつかの例を挙げています。
この時代に活動していたとされる、いわゆる古代イスラエルの預言者たちの間では、裁きと滅びに関する預言のメッセージは、実のところ、ごく一般的なものでした。(翻訳:信仰プラス)
この時代に活躍していた9人の預言者は次の通りです。
- ゼパニヤ ― 紀元前およそ640~609年
- ナホム ― 紀元前およそ630~605年
- エレミヤ ― 紀元前およそ626~580年
- ハバクク ― 紀元前およそ622~605年(別の推定では紀元前609~598年)
- フルダ ― 紀元前およそ621年
- ウリヤ ― 紀元前およそ609年
- ダニエル ― 紀元前およそ606~539年
- エゼキエル ― 紀元前およそ594~574年
- オバデヤ ― 紀元前およそ585~555年
多くの預言者
ニーファイが書き残した預言活動の増加は、ゼデキヤ王の即位(ニーファイ第一書第1章4節)と時期が一致します。これは古代イスラエルの文脈を考えると理にかなっています。
ある研究では、ミカヤ、イザヤ、エゼキエル、アモス、そしてエレミヤが、新しい王の即位の際に預言したことが指摘され、「即位の時代には、預言が特に重要な役割を果たしていた」と結論づけています。
同じ研究はまた、「国の混乱などの状況が、古代の世界において預言をすることを引き起こすことが多かった」と述べています。
ユダは、一方では勢力を増すエジプト、もう一方ではバビロンによるエルサレム滅亡の脅威という問題に直面しており、この時代がまさに「地に災いの満ちた時代」であったことは明らかです。これらの問題とゼデキヤ王の即位を考えると、この時期に「多くの預言者」がいたことは驚くべきことではありません。

レーマンとレムエルとニーファイの間に生じた対立も、真の預言者と偽りの預言者を含む多くの預言者がいたという状況を背景に考えると、より理解しやすくなります。
モルモン書冒頭の歴史的背景を精査し、出来事の年代を正確に定めようとしたある研究は次のように述べています。
エホヤキンの追放と、ネブカドネザルによるゼデキヤの即位は、追放がいつ終わるのか、エホヤキンは戻って来るのかという疑問を生じさせた。異なる預言が即座に衝突する状況であった。
この対立の一例はゼデキヤの治世に記録されており、エルサレムの集会の場で、エレミヤとハナニヤが互いに相反する預言を述べた場面です(エレミヤ書27–28章参照)。
研究によれば、この時期が「預言者間の対立が頂点に達した時」でした。これを踏まえると、レーマンとレムエルが、エルサレムは救われると主張したハナニヤの考えを受け入れた一方で、ニーファイとリーハイがエレミヤと同じく、エルサレムの滅亡を預言したために、両者の間に分裂が生じたことも理解できます。

なぜこうなるのか
神様がリーハイの時代に「多くの預言者」を起こされたという事実は、今日のわたしたちへの重要な教訓を示しています。神様はリーハイの時代に多くの預言者を立てられたように、今日のわたしたちのためにも多くの預言者、十二使徒定員会と大管長会を立てています。これらの預言者は、リーハイの時代と同じように、混乱や変化の時期を進むわたしたちを導いてくれます。
リーハイの時代の預言者たちは、悔い改めなければ滅びると人々に警告しました。今日の預言者たちも同様に、悔い改めを説き、悔い改めなかった場合の結果を警告しています。ユダの人々が預言者の声に耳を貸さなかったことで受けた災いは、今日のわたしたちにとっても、預言者の言葉に耳を傾ける重要性を忘れないための教訓です。
さらに、リーハイの時代の偽預言者たちが人々の間に対立を生んだことは、今日のわたしたちが耳にする偽りの声を思い起こさせます。こうした人々は、社会に分裂と亀裂を生む偽情報を広めようとします。
M・ラッセル・バラード会長は次のように警告しました。
預言者と偽教師である男女に注意しましょう。彼らは、自分勝手に教会の教義を説き、教会の基本原則を覆そうとする内容のシンポジウム、書物、および専門雑誌を提供することに よって、誤った教義を広め、仲間を集めようとしてます。神の真の預言者に反することを語り、それを公表する人々に注意してください。また、自分たちがそそのかそうとしている人の永遠の幸福については関心を示そうとしない熱 心な伝道者たちにも気をつけてください。モルモン書に出てくるニ ーホルやコリホルのように、彼らは巧妙な方法で人をだましたり、そそのかしたりして自分たちの考えに引き込みます。彼らは「利益と世の誉れを得るために、説教をして自分自身を世の光 と〔して〕、シオンの幸いを求め… …ない」のです。(ニーファイ第二書第26章29節)
今日、神様が選ばれた預言者が誰であるか、わたしたちは知っています。それは大管長会と十二使徒定員会に召されている15人です。彼らは神権を持ち、教会を治めるために必要なすべての鍵を所有しています。しかし、「これらすべての鍵を行使する権能を持つのは教会の大管長のみ」です。大管長は、教会のさまざまな務めを果たすことができるように、ほかの指導者たちに鍵を委ねる責任を負っています。
このような理由で、時代が変わっても神様は預言者を建ててきました。どんなに便利になっても預言者は必要なのです。

