愛する母が捧げた、信仰深い未来の宣教師となる娘への最後の言葉。「あなたは必ず祝福を受けるから!」

伝道に出るようにという促しは、最悪なタイミングでやってきました。

父の死からの旅立ち

わたしの父は、2008年に他界しました。父が亡くなってからというもの、わたしは呆然とし自分を見失う時がありました。この状態から抜け出すために、生活を変える必要を感じたわたしは、ハミルトンに引っ越し、ワイカト大学で学ぶことにしました。母が病気になったときに、セラピーが母の助けになるのを見たことで、わたしには作業療法士になる夢がありました。

母を助ける

しかし最初の学期が終わると、母はわたしに家に戻って来て欲しいと頼みました。母の病気が悪化し、わたしの助けが必要でした。「どうしてわたしなの?わたしには兄弟が3人もいるのに!なぜ兄弟たち(男)は母を助けることができないの?」わたしは怒りを感じました。

家に戻ってから数ヶ月後、わたしは母に、伝道に出る準備をしていることを伝えました。伝道地で奇跡をもたらし、人々を助けている自分の姿を想像することができました。そのことを考えるとワクワクしました。母はわたしを後押しし、「そうね、頑張って準備しましょう」と言いました。

さらに月日が経ち、わたしは母に伝道に出たいと伝えたときと同じ場所に母と座っていました。母は、わたしの助けが必要なので伝道に出るのを待って欲しいと言いました。母は末期ガンの宣告を受けたのです。わたしは泣きました。もちろん、それは母を思っての涙だったのですが、心の中では自分の置かれている環境を腹立たしく思い、「なぜわたしにこのようなことが起きるの?なぜ家にいなきゃいけないの?兄弟たちは何をしているの?」といった自己中心的な気持ちがありました。

母の病状は毎日悪化していき、やがて動くこともできなくなりました。大変だったある日のことを思い出します。母はお漏らしをしてしまい、おずおずとわたしを呼びました。「リサ、ごめんなさい」と母は涙を流して言いました。今にして思えば、その日の母の涙は、わたしに申し訳ないという気持ちだけではなかったと思います。威厳を保てなくなったせいもあるでしょう。神さまから与えられた力を受けて、子供たちと夫の世話をしてきた母は、今や自分の世話をすることができなくなっていました。「世話をする」という言葉から、わたしたちは普通、親が子供たちの世話をすることを想像しますが、その逆を想像することはあまりありません。「あなたは必ず祝福を受けるから!」母はこの世を去る前に、わたしがこの約束を確信できるようにしました。

 

伝道に出る

母が亡くなった後、わたしは実家を行き来しながら新しく住む場所を探し、2010年にまた大学に通い始めました。そして大学2年生のときに、主がわたしを呼ばれているのを感じ、心と思いに伝道に出たいという望みが戻って来ました。

伝道について考えると、何日も眠れない日が続きました。最大の障害は金銭的なことでした。わたしの祈りはさらに絶望的に思え、主はどこか遠くに行かれてしまったかのように感じました。奇跡的にお金が天から降っては来ませんでしたが、別の形で奇跡が起こりました。フィティセマヌ家族がわたしの伝道費用を援助してくれることになりました。2015年、わたしはサモア・アピア伝道部に召され、アーサー・ハンマン伝道部会長とマーガレット・ハンマン姉妹のもとで伝道することになりました。

わたしは、人口500人ほどの離島マヌアで、レバアイア・レバオさんに会いました。レバアイアさんは、耳が聞こえず、目も不自由でした。また、糖尿病のため、彼女の右足は切断されていました。

わたしたちは、イエス・キリストの福音を彼女に教えると、彼女の信仰は強くなっていきました。また一方で、彼女は迫害にあいました。人々は、彼女をあざ笑い、彼女の勉強用のノートを破り「子供の話を聞くな」と彼女はばかにしました。しかし、レバアイアさんの救い主に従い、悔い改めて、バプテスマを受け、主の教会に入りたいという望みは揺るぎませんでした。レバアイアさんはバプテスマを受け、福音の教えに刺激されていきました。

彼女の模範と彼女から降り注がれる救い主の光は、彼女の夫や3人の子供たちを含む多くの人を引きつけ、家族がイエス・キリストについて学び、従い、バプテスマを受けるよう助けました。  

わたしの伝道を思い返すときに、主がわたしを強め、高め、支えてくださったことが手にとってわかります。試練の1つ1つから、自分のことばかりを考えるのではないと何度も教えられました。多くの異なる方法で、わたしは何ものでもなく、わたしが目にした多くの奇跡は、主によりもたらされたことを学びました。

救い主の御業に携わり、主の子供たちを助けることは、なんと素晴らしい目的なのでしょう。自分自身に関心を示すのではなく、他の人を助けることに関心を向けるときに、主はわたしの両親が望むような人物にわたしを形作ってくださいました。

わたしの母に仕えることができたことは、なんという特権であり、光栄であったことでしょう。わたしは、天父が女性に祝福される、忍耐、寛容、長く耐え忍ぶこと、愛、思いやりといった特質を多くの経験をとおして伸ばしてきました。なぜ兄弟たちではなく「わたし」だったのでしょうか?おそらく、女性としてわたしたちは、もっと優しく穏やかであるように教えられているからなのかもしれません。しかし思いやりを示すのに、大事が起こるのを待つ必要はありません。

あなたは必ず祝福を受けるから!これはわたしの母が亡くなる前に、わたしに残してくれた約束です。母の言うとおりでした。わたしは祝福されてきましたが、その祝福はこれからも十倍も何百万回も続いていきます。

メリッサ・テオは、2015年7月から2017年2月まで、サモア・アピア伝道部で伝道しました。彼女は現在、パパトエトエのアシュリン・アベニュー・ワードの会員です。

 

この記事はもともと Melissa Te’o によって書かれ、pacific.lds.org投稿されました。