聖見者の石は、聖書の時代やモルモン書に出てくる民族の間で使用されていました。また日の栄えの栄光を受け継ぐ人たちも永遠にわたって使うと言われています。

聖見者の石は、裁きや学びを促進する、または言語の翻訳を助けるものです。聖書の中での聖見者の石はたいてい裁きに使われ、モルモン書では主に言語の翻訳に使用されました。聖見者の石は、神様から召され、神様の力によって働く預言者によってのみ使うことができました。キリストと共同の相続人(キリストと同じ力と栄光を持つ)となった一人一人に、昇栄した時に聖見者の石が約束されています。ヨハネの黙示録2章17節では、以下のように述べられています。

耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。勝利を得る者には、隠されているマナを与えよう。また、白い石を与えよう。この石の上には、これを受ける者のほかだれも知らない新しい名が書いてある。

ヨハネの黙示録にはこの石の使用方法の説明はありませんが、教義と聖約第130章10-11節でさらに説明されています。

そのとき、黙示録第二章十七節に述べられている白い石は、それを受ける各個人にとって一つの「ウリムとトンミム」になります。そして、これによって高位の王国に関することを知ることができます。
日の栄えの王国に来る各人に与えられる石の上には新しい名前(鍵の言葉)が記されていて、それを受ける人以外はだれもそれを知ることはありません

教義と聖約では、白い石は聖見者の石です。その石がなければ得られない知識を天国で学ぶことができるとあります。この石はウリムとトンミムという石と比較されており、英語で「lights and perfections」 (光と完全)と翻訳されます。アロンが身につけていた胸当てにはつるにはめた2つの石があったと、ウリムとトンミムについて聖書で説明されています。

聖書のサミュエル記上では3種類の神様との霊的なコミュニケーションについて説明しています。

それは1)夢での啓示、2)預言者を通して、3)ウリムとトンミムを通してです。

ウリムとトンミムを使用する権限を持つ人はそれを通して啓示を与えられ、その啓示をほかの人々に伝えていました。この石はアロンがイスラエルを裁くのに役立ったようです。旧約聖書を分析すると、ユダヤ人の学者たちは、585年頃にバビロン人が最初の神殿を破壊した後、この石が消えたか機能しなくなったと信じています。


見知らぬ言語を翻訳する聖見者の石

モルモン書で示されているように、ウリムとトンミムは見知らぬ言語を翻訳するためにも使われていました。ニーファイ人は以前滅びた文明であるヤレドの民からの遺物として、文字などが刻まれた大きな石と24枚の金の版を持っていました。ただ誰もその文字を読むことができず、後に一人の預言者であるモーサヤ王に渡されるまで、解読されませんでした。モーサヤはウリムとトンミムを使ってこれらの板を翻訳しました。ニーファイ人はこれを「解訳器」と呼んでいました。

King Mosiah translating the Jaredite tablets with seer stones
モーサヤ王が翻訳に使った解訳器は時々ウリムとトンミムと呼ばれ、つるに聖見者の石がつけられてあった

それは解訳器と呼ばれており、神から命じられないかぎり、だれもそれをのぞいて見ることはできません。求めてはならないものを求めて滅びることのないためです。また、それをのぞいて見るように命じられる人は、聖見者と呼ばれます。

モーサヤ書8章13節

聖見者は過去のことも将来のことも知ることができます。解訳器によってすべてのことが示されるのです。というよりむしろ、秘密のことが明らかにされ、隠れたことが明るみに出るのです。知られていないことが解訳器によって知られるようになり、またほかの方法では知ることのできないことが、解訳器によって知られるようになります。

このように、神は人が信仰によって偉大な奇跡を行うことができるように、一つの手段を与えてくださいました。それでその人は、同胞に大きな利益をもたらすようになるのです。

さて、アンモンがこれらの言葉を語り終ると、王は非常に喜び、次のように言いながら神に感謝した。「これらの版には疑いもなく大いなる奥義が載っている。そしてその解訳器は、このようなすべての奥義を人の子らに明らかにするために備えられたものである。」

モーサヤ書8章17-19節

その版には、神様の助けを得てバベルの塔からアメリカ大陸に移住したヤレド人の歴史が記されていました。この民は悪に染まり、組織犯罪が社会にはびこっていきました。この組織犯罪を彼らは「秘密結社」と呼びました。それは、この組織が悪魔の影響を大きく受けて作られ、正しい人たちから隠された邪悪な誓いに基づいていたからです。

これらの記録は、ニーファイ人の記録と一緒に預言者から預言者へと受け継がれていきました。後に、預言者アルマ、そしてその後のモルモンには、誰かがその悪の誓いに惹かれる可能性のある文章を差し控えることが必要でした。モルモンは、価値があるヤレド人の記録、そして解約器自体を封印しました。

そこで主はわたしに、それらのことを書き記すように命じられた。そして、わたしはそれを書き記した。すると、主はわたしに、それを封じるように命じられた。また、主がその解訳も封じるようにと命じられたので、わたしは主の命じられたとおりに解訳器も封じた。

エテル書4章5節で預言者モルモンが話した言葉

ジョセフ・スミスが天使モロナイにモルモン書となる金版を見つけるように言われた時、解訳器のウリムとトンミムが金版に添えられていました。翻訳のプロセスの一部において、ジョセフ・スミスは解訳器に頼りました。ジョセフ・スミスは当初、解訳器をウリムとトンミムとは呼びませんでした。しかし、ウリムとトンミムは、一つの石に単語の訳、もう一つの石にその意味を示すものとして古代に説明されていました。

ジョセフの母親であるルーシー・マック・スミスは、解訳器の石がなめらかなダイヤモンドのようで、3つの角があったと表現しています。しかし、ジョセフ・スミスも自分の聖見者の石を持っており、この教会のことを疑っている人にとっては気になってしまうポイントでしょう。

なぜジョセフ・スミスはすでに聖見者の石を持っていたのか?

ジョセフ・スミスが生きていた時代、末日聖徒イエス・キリスト教会に限らず、多くのキリスト教徒は聖書の教えや慣習に習った生活をしていました。

アメリカのペンシルベニア州には移住したクリスチャンのドイツ系移民がいました。その移民の道具が、ニューヨーク州西部の農村地域で広く使われていたのでした。例えば、当時のアメリカの田舎の人々の間では、失くした物を見つけるのに聖見者の石と、地下の水を見つけるのに使われる(ダウンジング)占い棒が一般的によく使われていました。

村ごとに、このような「霊的な道具」を使う特別な才能を持つ人が何人かいたそうです。ジョセフ・スミスが若かった時のニューヨーク州パルマイラにも、聖見者の石を使いこなしていた人が数人いました。中でもサリー・チェイスは最も有名でした。占いに使われる物は、聖書の時代から神の業を成すためにも使われてきましたが、ジョセフ・スミスの時代の「理性的な」人々は、「のぞき見る」石や占い棒の使用をオカルトと同じだと考えていました。(現在でも世界中で占いの棒が使われていて、オンラインで購入できます。)

ジョセフ・スミスが最初の啓示を受けた時、たった14歳だったことを忘れてはなりません。ジョセフがこのようなことに興味を持っていた理由はたくさんありますが、その一つに、生まれ持った才能が影響している可能性があります。その才能は年月を重ねていく中で驚異的に発達していきました。ジョセフの生きていた文化が占いを受け入れていたことも、特別で霊的な宗教に関する経験を受け入れる助けとなったのかもしれません。

ジョセフの地域で古い魔法が受け入れられていたとしても、彼は確かにキリスト教がベースの文化の中で生きていたことを覚えておいてください。当時のその場所や地域の多くの人々、高学歴の人々でさえ、キリスト教と迷信を組み合わせることを問題だと思っていませんでした。多くの迷信は「神の賜物」とラベル付けされていたのです。(Michael Ash の『Shaken Faith Syndrome』p. 282 参照)

ジョセフ・スミスの最初の聖見者の石は、おそらくサリー・チェイスから借りたものでした。これには次の意味が込められています。まず第一に、ジョセフはその石に魅了され、惹かれました。第二に、サリーはジョセフを信頼していました。ジョセフはサリーの石を使って自分自身の石を見つけることができたのです。

ジョセフの才能を見た人々は、無くした物や財宝を見つけるように彼に頼みました。天使モロナイが金版が埋められている丘について説明した後、ジョセフはその丘や金版が埋めてある場所を自分の聖見者の石を通して明らかにした証拠があります。

ジョセフとの会話で、わたしは金版をどこで見つけたか、そしてどのようにして金版がある場所を知ったのか尋ねました。彼は神からの啓示を受けて金版が特定の丘に隠されていることを知り、彼の聖見者の石を通して保管されている場所を見た、と述べました。

Henry Harris、 statement in E.D. Howe Mormonism Unvailed (1833), 252; cited in Ashurst-McGee (2000)、 290

金版を手に入れることが許された時、ジョセフは解訳器に強い興味がありました。「何でも見えるんだ。すごいものだよ」と、ジョセフ・ナイトに語ったと言われています(引用: Leonard J. Arrington and Davis Bitton,「Saints Without Halos: The Human Side of Mormon History」(Salt Lake City,  Signature Books, 1981)。

マイケル・アッシュが書いた『Shaken Faith Syndrome』という本があります。クリスチャンの信条と民族的な占いの交わりが、この本に登場するウィラード・チェイスの物語で明らかにされています。

ウィラード・チェイスはメソジストの指導者であり、ジョセフとは宝探し仲間だったことがありました。彼はジョセフが金版を手に入れたと聞いたときに憤慨しました。チェイスと彼の仲間たちは、かつて宝探し仲間としてその富を分けるべきだと感じたからです。最終的に、チェイスは約12人の男性を集め、約100kmも離れた場所にいたバプテスト派の執事を呼び寄せました。チェイスたちの計画は、ジョセフが金版を隠した場所を見つけることでした。そして、ジョセフが金版を自宅の向かいにある父親の樽製造工場に移した後、チェイスと友人たちは、金版を占うために緑色のガラスを使うチェイスの姉妹を連れてきました(そして彼女はもう少しで金版の隠し場所を見つけるところでした)。

天使モロナイによるジョセフへの4年間のトレーニングが、当時の人々の慣習から真実の宗教を切り離したのは明らかでした。マーティン・ハリスによると、天使がジョセフに宝探し仲間から距離を取るように指示しました。そして天からの教えとしてこれらの道具を通じて啓示と導きを受けることと、”覗き見る”こととの違いをジョセフに示しました。

アルバ・ヘイルの引用からは、ジョセフ・スミスが宗教と占いの違いを少しずつ学んでいったことが分かります。

ジョセフは彼に「石で見る能力」は「神からの贈り物」だと言いましたが、「のぞき見」は馬鹿げたことであり、彼は宝探しでは騙されていたが、ほかの誰かを騙すつもりはないと述べました。この時点で、ジョセフはおそらく、「石で見る」ことは「預言者」という宗教的な用語の仕事であり、一方で「のぞき見」や「ガラス見」は詐欺的な行為であると感じていたようです。

Michael AshによるRichard Bushmanの引用

ジョセフは時々自分の聖見者の石を使って翻訳をした

Joseph Smith with seer stone in hat

ニーファイ人の解訳器があったにも関わらず、ジョセフ・スミスは度々自分の聖見者の石を使って翻訳をしていました。この事実から、ジョセフが白い石を使って翻訳できるというマーティン・ハリスの主張の真実性を試す出来事が起こったのです。

マーティンは、ジョセフが時々解訳器の代わりに使用した聖見者の石にとてもよく似た石を見つけ、それをジョセフに知らせずにすり替えたことがありました。翻訳が再開されると、ジョセフは長い間黙り込み、そして「マーティン、どうしたんだ。すべてが本当に暗い※」と叫びました。マーティンは、それに対して「預言者が文章を暗記して繰り返しているだけだ」という愚か者たちの口を封じたかったと告白しました。

※出エジプト記に書かれてある十の災いのこと

ジョセフは、ニーファイ人の石を「銀のつる」から取り外して、それぞれを聖見者の石として使うこともあったようです。ジョセフは、マーティン・ハリスとともに116ページの翻訳を行う際に、便宜上白い聖見者の石を使うことがありました。そして、ジョセフが茶色の聖見者の石を使用しているのを目撃した人たちもいたのです。

反モルモンや批評家からは、ジョセフ・スミスが聖見者の石を帽子に隠して使ったことが不適切だと多くの非難の声が上がっています。しかし、聖見者の石はそのようにして使うものだったのです。この方法は1825年に南部の新聞記者によって記述され、指示されていました。

末日聖徒イエス・キリスト教会の芸術家たちはジョセフ・スミスがモルモン書を翻訳をしているシーンを独自の構図などで描いていますが、批評家たちはなぜ預言者が帽子に顔を当てた突っ込んでいる姿を描かないのか疑問に思っています。しかし、芸術家には自由があります。彼らは歴史的な出来事を好きなように描くことができます。しかし最近の作品では、この事実が描かれるようになっています。

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歴史に残る、霊感を受けたすべての宗教指導者の中で、ジョセフ・スミスが特に笑い者とされていることは興味深いことです。彼らも皆、わたしたちと同様に一見ぶざまとおもえる姿勢をしたことがあるはずです。例えば、マルティン・ルターは消化器官に問題があり、ほとんどの時間をトイレで過ごしていました。彼はトイレで長時間過ごしたため、最も偉大なアイデアは「下水道」で瞑想している間に生まれたと言ったそうです。Googleで検索してみても、この歴史的事実を描いたマンガすら見つからないのに、ジョセフ・スミスが帽子を使って必要な暗さを作り出していたことを風刺する作品はたくさんあります。これは、トイレに長時間こもることと比べても、決して見劣りするものではありません。

ジョセフ・スミスは石を必要としない預言者となったJoseph Smith translating the Book of Mormon

しばらくした後、ジョセフ・スミスは翻訳で聖見者の石を必要としなくなりました。この絵は歴史と完全に一致しているわけではありません。

1829年6月以降、ジョセフは啓示を受けたり翻訳するために聖見者の石である解訳器を使わなくなりました。

彼のバプテスマの後、聖霊を受け、メルキゼデク神権を授かった後、ジョセフは石に頼る必要性を感じなくなっていったようでした (Mark Ashurst-McGee, “A Pathway to Prophethood: Joseph Smith Junior as Rodsman, Village Seer, and Judeo-Christian Prophet,” [Master’s Thesis, University of Utah, Logan, Utah, 2000], 334–337.)。

彼は神様の導きによって、何も介さずに啓示を受ける方法を学びました。主は彼を「段階的に」導き(ただ見ることや占いに関する信念に囲まれた場所から)さらなる光、知識、力へと導かれました。この見解は、オーソン・プラットによって強化されました。プラットは新約聖書の改訂(JST)を見守り、なぜ(モルモン書のように)聖見者の石や解訳器を使用し続けなかったのかと疑問に思いました。

この考えがプラットの心をよぎった時、ジョセフはまるでその考えを読んだかのように顔を上げ、説明しました。主は彼が霊感の働きに不慣れな時期にウリムとトンミムを与えました。しかし、今では彼は御霊の働きを理解するまでに成長したため、道具の助けを必要としなくなったのです。

Orson Pratt, “Discourse at Brigham City,” 27 June 1874, Ogden (Utah) Junction, cited in Orson Pratt, “Two Days´ Meeting at Brigham City,” Millennial Star 36 (11 August 1874), 498–499


聖見者の石はどこに?


ニーファイ人の解訳器は、116ページの原稿が失われた後、モロナイによって回収され、再び三人の証人(証人の証)によってのみ目撃されました。オリバー・カウドリーの所有物となった聖見者の石もありましたが、もう一つの聖見者の石は、現在教会の大管長会が所有している可能性があります(Mark Ashurst-McGee, “A Pathway to Prophethood: Joseph Smith Junior as Rodsman, Village Seer, and Judeo-Christian Prophet,” [Master’s Thesis, University of Utah, Logan, Utah, 2000], 230)。


教会はジョセフが使った聖見者の石について語ったか?

はい、語りました。実は1974年の子供向けの教会の機関誌フレンドでは、ジョセフが使用した聖見者の石について書かれていました。教会の歴史記録には、ジョセフ・スミスが聖見者の石を使って現在のモルモン書の全部を翻訳したことが記されています。また、1993年には現在のラッセル・M・ネルソン大管長(当時は十二使徒)も教会機関誌でそのことについて話しました。さらに、何十年も前の参考文献も多く存在します。


帽子に入れた聖見者の石の使用が盗作の非難を否定

最初は、ジョセフは翻訳に解訳器を使っていました。(解訳器に取り付けられていた2つの石が離れていたので、この作業は困難でした。)解訳器は、116ページが失われたときにモロナイによって持ち去られ、ジョセフは自分の聖見者の石に頼らざるを得ませんでした。

ジョセフが解訳器を使っていた時、ジョセフと筆記者の間にはカーテンがありましたが、彼が帽子に入った石を使っていた時は、カーテンがありませんでした。筆記者たちは金版以外にほかの本などを使っていなかったことを証明してます。筆記者たちの目の前で翻訳をしていたのです。

ジョセフは筆記者であるオリバーの前に座り、帽子の中に入った解訳器を見ながら、オリバーにモルモン書の文を読み上げていました。今や、「盗作家ジョセフ」と言う代わりに、翻訳に関する別の説明を提供しようとする人々は、「映像記憶能力を持つ盗作家ジョセフ」と主張しなければなりません。これは、モルモン書に含まれる聖書の引用、特にキングジェームズ版の文体構造を複製している部分に対して重要なことです。ジョセフがモルモン書の文を読み上げる際に、聖書を参照しているのを見た人はいません。彼が他人の目の届かないところで聖書を参照し、その文を暗記したと仮定するか、あるいはその文を読み上げている最中に彼が啓示を受けたという主張を受け入れるかのどちらかです。

MormonInterpreter

わたしたちは本質を見失っています。十字架の物理的な大きさに関心を持ちすぎて、キリストが成し遂げたことを見逃しているなら、あるいは、ジョセフ・スミスがモルモン書の翻訳中に使ったと言われる光を遮る帽子に夢中になりすぎて、アルマの信仰についての言葉を無視しているなら、わたしたちは重要なことを見失い、表面的なことにとらわれていることになります。これは本質を無視し、過程にばかり注目する別の形の誤りです。 

ニール・A・マックスウェル『私の意志ではなく』、26ページ