先週の日曜日の聖餐会で、私はウッズ兄弟から鼓舞されるお話を聞きました。ウッズ兄弟は私が集っているモルモン教高等評議員をしています。ウッズ兄弟は私たちに彼自身15歳の少年だった時の改宗談について話してくれました。

 

ウッズ兄弟の青年時代

ウッズ兄弟はカリフォルニア州出身です。母親は熱心なエホバの証人でした。父親はとても良い人で、海軍に務めていたそうです。10代の時にウッズ兄弟の母親が癌にかかりました。その副作用で鼻から下は麻痺してしましました。ですので、母親が涙を流しても、口が麻痺しているので泣き声を聞くことはありませんでした。でも、母親には聞いて考える能力がまだ残っていることは分かっていました。ですので、家族はどんな一日を過ごしたのかなどを母に話していたそうです。2年ほど癌を患った後、お兄さんが15歳でウッズ兄弟が13歳の時に母親は亡くなりました。それはとても辛いことでした。

ウッズ兄弟は人生に対して疑問がありました。今までに聞いていた教えでは何か納得できないものがありました。それで、15歳の時から様々な教会を調べるようになりました。ちょうどその頃、ウッズ兄弟は陸上に興味を持ち、本格的に陸上の選手として練習し、大会にも出るようになりました。

練習に励んで良い成績を残し、ブリガム・ヤング大学からリクルートされるまでになりました。その大学が宗教的な大学であることを聞き、その大学に少し興味を持ちました。それからその大学には陸上の全国チャンピオンが通っているので、その人に会いたいこともあり、その大学のキャンパスツアーに行きました。ウッズ兄弟はキャンパス内で良い気持ちを感じました。

 

ブリガム・ヤング大学に通う

その当時、ウッズ兄弟はモルモン教については何も知らなかったそうです。ウッズ兄弟は金髪で長髪でしたので、ブリガム・ヤング大学の身なりの標準から見れば、理想の志願者ではなかっただろうと言いました。陸上のコーチに会うと、コーチはとても良く接してくれたそうです。他のコーチからは、良い記録を出させるための道具のように感じたこともありましたが、この大学のコーチは違ったそうです。ウッズ兄弟はこの大学に通うことを決めました。

大学の寮に住んでいたので、日曜日になると学生たちが装いの恰好をして毎週どこかに行くのを知っていました。周りの友達は、ウッズ兄弟に宗教について語ることはありませんでした。第一日曜日は寮では朝食が出ませんでした。ですので、ある第一日曜日にウッズ兄弟もスーツを来て、他の学生の後をついて行って、とうとう教会に出席することができました。第一日曜日は断食日であり、教会では証会が開かれていました。人々の証を聞いて、ウッズ兄弟は御霊を感じました。そして、やっと真理にたどりついたと分かりました。

 

バプテスマへの道

陸上を通し、モルモン教のブリガム・ヤング大学に入学

同じ陸上の仲間には帰ってきたばかりの帰還宣教師がいたので、伝道中に教えていたことを自分にも教えてほしいと頼みました。友達は喜んで引き受けてくれました。彼らはスペイン語で伝道したので、それをなんとか英語に訳しながら頑張って教えてくれたそうです。3回目のレッスンの時に、ウッズ兄弟はバプテスマを受けたいと言いました。そしてウッズ兄弟は18歳でバプテスマを受け、モルモン教の会員として歓迎されました。

ウッズ兄弟はその後も、信仰を更新し続け、どのような状況にあっても神様を忘れませんでした。ウッズ兄弟はお話の最後に、私たちが互いに奉仕し合い、教会で受ける責任を良く果たすように奨励しました。また、お互いに良い影響を与え合える友人と過ごすことの大切さなどについてもお話してくれました。私はウッズ兄弟のお話を聞いてとても感化されました。ウッズ兄弟は自らすすんで真理を求めてそれを見出すことができ、素晴らしい模範だなと思いました。ウッズ兄弟を私たちの高等評議員として迎えることができて、私たちは恵まれていると思いました。キリストの弟子として、良く責任を果たしてくださる教会の指導者に心から感謝したいと思います。