ライアン・ジャーディンの投稿

掲載:2014年5月16日,金曜日山岳タイムの朝5時

まとめ

公共のものがデジタル化しています。アイデア,意見,見解,そしてそれらに対する反対意見はインターネットの世界を熱狂的なペースで行き来しています。次の5つのヒントは,もし適応すれば,わたしたちのクリスチャンとしての標準を,オンラインでも保つのに役立ちます。

1. 電子のスクリーンの向こうには人がいて,自分が書く一言一言が神の子供たちを築き上げたり,くじいたりするということを覚えておきましょう。末日聖徒イエス・キリスト教会の2007年4月の総大会で,ジェフリー・R・ホランド長老が,聖書外典から引用したのは,「鞭は肉体に跡を残すが,舌で打つことは骨を砕く」という表現です。同じことがキーボードで打つことにも当てはまります。オンラインでの武器はいろいろあるかもしれませんが,時には命取りにもなります。

2. オンラインのコミュニケーションのすべてにおいて,キリストの特質に倣いましょう。親切で優しくありましょう。論戦を超越する能力には,「確信,強さ,平静さ」が伴うとマックスウェル長老は語りました。

3. あることについて情熱を持っていたら,それを投稿する前に少なくとも30分の冷却期間をおきましょう。もし,胸がつかえるようで,答えたい気持が心に燃え上がっているようであれば,あるいはそういう気持で今やるべきことに気持を集中できないと感じるなら,少なくとももう1時間,できればその日は書くのをやめて,待って,応答する前にもう一度書く内容を再評価しましょう。

4. 次のような質問をしましょう。わたしは柔和な態度でほかの人が反応する余裕を与えているか,あるいは自分の考えで独占しようとしているのか。最も大事な戒めである,自分のオンラインの隣人を愛し,そしてオンラインの敵ですら愛そうとしているか。ほかの人が,メッセージを交換することでキリストの愛を感じるだろうか。

5. 人類ができる最悪なことに直面し,虐待,偽り,悪口に苦しめられても,救い主はしばしば黙っていました。そして,究極的には,主は自分を非難するもののために柔和さと謙遜さを示して,赦しを願ったのです。オンラインで自分が受ける攻撃は主のものより大きいでしょうか。主がなさったように自分もなすべきでしょうか。つまり,沈黙と赦しです。

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オンラインの意見交換を見ますと,2013年4月のディエター・F・ウークトドルフ管長の言葉を思い出すと助けになるかもしれません。「贖いがわたしたち皆キリストのようになるのを助けるものである一方,それはわたしたちがすべて同じようになることを意味していません。時々,わたしたちは個性と罪の違いを勘違いしています。わたしたちは時々,だれかが自分たちと違っているから,その人は神に喜ばれていないと考える過ちを犯すことがあります。」

このことを心に留めて,注意深くオンラインでの意見交換をし,とりわけ自分とは意見の違う人たちとのやり取りに注意し,わたしたちがキリストの弟子であることを常に忘れないようにします。それはオンラインのことでも例外ではありません。

ライアン・ジャーディンはブリガム・ヤング大学を,経済を専攻して卒業しました。彼はしばしば自分のブログrytingchambers.blogspot.comで思いつきの時には気まぐれな,「人生と宇宙とすべて」のことについて意見を述べています。