神を信じ,その戒めに従おうとしている人たちが宗教の自由を守ろうと努力している時,その努力を嘲笑している人たちがいます。しかもかなりあからさまにそれをしています。オクラホマで,サタン崇拝主義の人々が,州の州庁の外にある十戒の記念碑の横に自分たちの像を築きたいと望んでいます。2009年に,共和党主導の法案がそのだれか個人が資金援助しているそのプロジェクトを許可しました。法律の専門家たちがその合憲性を疑問視し,異議を申し立てたにもかかわらず,それが昨年完成されました。サタン崇拝主義の1人の指導者は,クリスチャンとその記念碑が自分たちの誓願の道を備えてくれたと語っています。 [1] これは,ある人たちには,冗談めいた宗教の自由を信ずる者への反駁と見られていますが,現実にはそれよりももっと暗く,皮肉的です。アレクシ・ド・トクヴィルはフランス人の19世紀の政治思想家であり歴史家ですが,アメリカ人に次のような忠告を与えました。「どのような宗教であれ,民主主義に深く根をおろすと。。。。。それを最も尊い伝統として注意深く保存しなさい。」(アレクシ・ド・トクヴィル,アメリカにおける民主主義,ハーヴィー・C・マンスフィールドおよびデルバ・ウィンスロップ訳/編,シカゴ:シカゴ大学出版会,2000年,519ページ)

アメリカ合衆国はユダヤ教—キリスト教の価値観と徳のもとに築かれていて,例えば十戒がそれに当たります。わたしたちはそのようなわたしたちの宗教的な伝統を公的な場で宗教をあざ笑うような人々の所為で捨ててしまおうと本当にしているのでしょうか。何故ならばそれがまさに偽りの父に因んだ像を建立したいとの誓願が意味するものだからです。それはアメリカの中のあらゆる良いもの,まともなものを嘲笑することです。

 

神 vs.サタンは本当の戦いで,神話ではありません

サタンは実在していて,力を持っています。その像を建てようとした人々はサタンが何者で,彼と神およびその御子イエス・キリストとの関係が何であるのかを十分理解する必要があります。神はわたしたちの天の父で,文字通りわたしたちの霊の父です。生きているすべての人は,これまで生きてきた人、これから生まれて来る人も含め,すべて神の霊の子供なのです。サタンとその手下たちも天の父の霊の子供でした。わたしたちは皆,この地上に生まれる前に,神とともに天の家に住んでいました。地上に来る前に,父なる神は大家族会議を招集されました。そこで地上での生活の目的を説明しました。彼はわたしたちを地上に送り,わたしたちを試し,すべてのことにおいて,どのような状況でも神の戒めに従うかどうかを御覧になるということでした。神はわたしたちが過ちを犯すことを知っていましたので,救い主を送って,模範を示し,贖いを行なわせました。その贖いとはわたしたちが罪を悔い改めることを可能にする働きです。イエス・キリストは御自身を救い主になるべく捧げられました。そして,次のように語ります。「父よ,あなたのみ心が行なわれ,栄光はとこしえにあなたのものでありますように」(高価な真珠のモーセ4:2;この聖典はジョセフ・スミスの受けた啓示,翻訳,説明が載せている現代の聖典です。ジョセフは末日聖徒イエス・キリスト教会の設立時の預言者です。この教会は時々モルモン教会と呼ばれます。)ルシファーは神に権能を与えられた天使でしたが、(そして後にサタンとなる)反抗しました。

教義と聖約76:25−26参照;この書は現代の預言者に与えられた啓示の書)L・トム・ペリー長老は十二使徒定員会(大管長会と共にイエス・キリスト教会全体を指導する統括組織)の一員ですが,この点を説明して:

時の初めに,永遠の父なる神が御自身の計画を提示されたとき,サタンはその計画を変えようとしたことをわたしたちは知っています。サタンは全人類を贖うと言いました。だれ一人失われることがないその計画を,サタンは成し遂げられると確信していました。ところが,その計画には決して容認できない代価が伴いました。すなわち,神からの賜物である選択の自由が損なわれるという代価です(モーセ4:1-3参照)。この賜物について,ハロルド・B・リー大管長は次のように述べています。「選択の自由は神が人に与えられた賜物の中で命の次に大いなる賜物です。」したがって,サタンが人の選択の自由を軽視することはささいなことではありませんでした。 [2]

ルシファーは単に天の父のその子供たちに対する計画を変更するように提案しただけでなく,天の群衆の3分の1を自分に従わせました。そして,彼らは天の父と神に従う者たちと戦いました(教義と聖約29:36−37)。これは天上の戦いと呼ばれ,わたしたちは選択の権利を保つために戦いました。ルシファーとそれに従った者たちは追い出され,肉体を受けられませんでした。神に従った者たちは,地上に送られて肉体を得ました。ですから,過去にも,現在にも,そして未来においても地上に生まれて来る人たちは天の父の計画に従うことを選びました。ペリー長老は続けて語って:

ところが,サタンは引き下がりませんでした。サタンの代替計画,すなわちアダムとエバの時代から実行してきた計画は,男女を誘惑し,神がお与えになった選択の自由にわたしたちがふさわしくないことを本質的に証明することでした。サタンがなすことには多くの理由があります。その中でもいちばん強いのは,復讐という動機かもしれませんが,男女を自分と同じように惨めにする目的もあります。わたしたちはサタンの成功への執着心を決して軽視してはなりません。

神とサタンは両方とも非常に現実的な存在で,その戦いも現実です。

編集者の一言:「神 vs. サタン」は3回シリーズでお伝えします。次回は実際にサタンが何者で何をするかを紹介します。

 

この記事は、リサ・モンタギューによって書かれました。