同性愛に関わる人々を支援する
はじめに
この記事は、ブリガム・ヤング大学の日本語が話せる学生たちとの話し合いをもとに作成されました。ここに出てくる内容は、実際の経験や考えに基づいています。
現代社会では、同性愛について語る際に配慮が求められることがあります。
宗教を持つ人と同性愛者の間で対立が生じることもありますが、この記事では、同性愛者にどのように接するべきか、またイエス・キリストの教えが何を示しているのかを考えます。
家族に同性愛者がいるとき
ある学生は、家族の1人が同性愛者であることを知った時、とても驚いたと語っています。しかし、イエス・キリストの教えに従って愛を示し続けることで、家族関係は改善されました。
教会では「隣人を愛しなさい」という教えを大切にしています。同性愛者に対しても愛を示すことが必要です。
同性にひかれる気持ちを感じる、あるいは同性愛者であることを自認する家族や友人がいるならば、その人を愛してください。互いに愛し合うようにという戒めには、わたしたちと同じように世界を見ていない人々も含まれます。『同性にひかれる気持ち』
教会は同性愛についてどう教えているのか
末日聖徒イエス・キリスト教会では、同性愛の気持ちを持つこと自体は罪ではないと教えています。しかし、その気持ちに従って性的な行動を取ることは神様の戒めに反すると教えています。
わたしたちの役割は人を裁くことではなく、愛を示し続けることです。救い主イエス・キリストも、罪を犯した人を愛しながら、「もう罪を犯さないように」と教えられました。
また教会は、結婚は男女の間で神様によって定められたものであり、家族は神様の計画の中心であると教えています。一方で、同性愛の傾向を持つ人にも、神様の祝福を受ける機会は開かれています。
祝福には、短期的なものと長期的なものとがあります。…来世まで取っておかれる祝福もあります。したがって、わたしたちは現在、きわめて限られた時間軸の中にいるのであって、この限られた期間において、これまでに経験してきた逆境を比較しようとしたり、受けてきた祝福を比較しようとしたりするのは有益なことではありません。
…だれもが等しく、自分の忠実さに対する報いを受けることになります。最後まで堪え忍ぶならば、祝福を受けます。 『同性にひかれる気持ち』
信仰を持って歩む人々
ある学生は、近い親族に同性愛者がいると語っています。その人は神殿で交わした聖約を守り、家族に忠実であることを選びました。その姿勢は家族にも良い影響を与えているそうです。
また別の学生は、同性愛の気持ちに苦しみながらも、神様に従おうと努力している友人について語っています。人それぞれ状況は違いますが、神様を第一にして信頼するなら、祝福を受けることができると信じています。
神が戒めを守るすべての人に希望と 究極の喜びと祝福を約束しておられるこ とを、忘れません。 ダリン・H・オークス
同性愛の傾向を持つ人への接し方
同性愛の傾向を持つ人々に対して、愛と理解を持って接することが大切です。すべての人は神様の子供であり、のけ者にしてはいけません。
また、「変われ」と強い圧力をかけるのではなく、その人の苦しみや葛藤を理解しようと努める必要があります。
具体的には次のことができるでしょう。
- ふつうに友人として接する(距離を置いたり、噂したり、決めつけたりしない)
- 本人の話を尊重して聞く(「直そう」としない/からかったり否定したりしない)
- 教会に来やすい雰囲気を作る(歓迎し、居場所があると伝える)
- 教義は教義として丁寧に教える
- 教会は「同性への惹かれ自体は罪ではない」と教えています。同時に純潔の律法(結婚は男女、性関係はその結婚の中で)を大切にします。
ボニー・H・コードン姉妹は次のように話しています。
「人は皆、認められたいと願っています。大切にされたい、覚えていてもらいたい、愛を感じたいと思うのです。……わたしたちは耳を傾け、裁くことなく愛し、希望を与え、聖霊の導きを識別できるよう助けることができるのです。……羊が強いか弱いか、喜んでいるか苦しんでいるかにかかわらず、わたしたちはだれもが一人で歩くことのないように計らうことができます。」
家族としてできること
子供が同性愛者である親の中には、「自分の育て方が悪かったのではないか」と悩む人もいます。
しかし、それを親の責任として抱え込む必要はありません。同性愛は、その人の人生における試しの一つとして捉えることができます。
大切なのは、関係を良くするために努力し続けることです。
具体的には次のようなことができるでしょう。
- 関係を切らない/家の中を安全な場所にする(からかい・否定・噂・圧力をしない)
- よく話を聞く
- 「どう感じてる?何が一番つらい?」みたいに、まず理解する
- 本人を「問題」扱いしない
- キリストの教えを実践しようとする、偏見は福音と両立しません。
- 愛しつつ、教えは教えとする。責めるのではなく、穏やかに接して家族を大切にする
教会は、同性への惹かれ自体は罪ではない一方、純潔の律法は守るよう教えます - 教会に居場所があると伝える
- 一緒に礼拝、奉仕、食事、家族行事など「ふつうに」招く
- 必要なら支援につなぐ
- 本人が望むなら、ビショップや(地域によっては)Family Servicesや専門家の助けも検討できるが、本人を家族が矯正するためのものではない
同性愛者の家族は、もしかしたら想像以上の辛い思いをするかもしれません。ですから家族にも福音とキリストの贖いが必要です。
本人だけでなく、家族もビショップに相談したり専門の人の助けを受けることをおススメします。そうすることで、キリストが示されたように、愛を持って同性愛者の家族に接することができるでしょう。
おわりに
わたしたちは、誰に対しても愛を示し、神様に従うよう励ますことができます。それは相手が誰を好きでも、どんな仕事をしていても同じです。
みんな神様の大切な子供です。彼らに対して、あなたしかできない助けもあるかもしれません。
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