1941年ドイツのハンブルクに住んでいた、16歳のヘルムス・ヒューベナーはナチスによって禁止されていた外国のラジオ放送から、自国の真実について知ってしまいます。

文才があったヘルムスはその真実を人々に伝えようと、国家の対抗プロパガンダを書いたビラを作り、街中にばら撒きました。映画「真実と反逆」は自分の信念を貫き、勇気を持って国と戦った少年の話で、実話に基づいたストーリーです。

この記事では、映画のネタバレではなく、実在したヘルムスと当時のドイツの教会の状況、そしてこの映画が訴える物は何かを考えてみましょう。

教会の壁に貼られたユダヤ人に対する差別的な張り紙
画像:映画「真実と反逆〜ナチスと闘った若きレジスタンス〜」より

当時のドイツの背景と、教会員が置かれていた環境

1993年に政権を握ったナチスは、経済の立て直しや国家の復興を訴える一方で、民主主義を破壊し、反対意見を抑圧しました。そして、新聞やラジオなどの情報も統制しました。

外国のラジオを聞くことも犯罪とされ、政権批判の情報を広めることは、厳しい処罰を下されました。

若者への思想教育も行われていました。ヒトラー青年団などの組織によって、若者にもナチスの思想が教えられていました。

ドイツの末日聖徒イエス・キリスト教会の会員たちは、ナチス党に加入し、軍服などを着て集会に参加する人、政権に抵抗した人、中立を保とうとした人など、さまざまでした。

ヘルムスが集っていた支部の支部会長はナチス党員でした。彼は教会員たちに、反政府活動をしたら通報すると言って脅し、1938年には、「ユダヤ人お断り」という看板を集会所のドアに下げました。

一方、ハンブルク地方部の地方部会長はナチス政権に反対していました。政府の指針に反対する説教を説き、ユダヤ人の改宗者を頻繁に迎えました。

ほかにも末日聖徒をナチス政権から守ることを意識している指導者もいました。

教会員たちの政権に対するさまざまな思想は、ドイツの末日聖徒イエス・キリスト教会の中だけでなく、ほかのプロテスタントやカトリックの中にもありました。

参照:米国ホロコースト記念博物館、末日聖徒イエス・キリスト教会

自分の信念を勇気を持って貫いた少年ヘルムス
画像:「真実と反逆〜ナチスと闘った若きレジスタンス〜」より

ヘルムス・ヒューベナーとは

ヘルムス・ヒューベナーは、実在した人物です。彼は末日聖徒イエス・キリスト教会の会員で、1925年にドイツのハンブルクで生まれました。彼はヒトラー青年団にも所属していました。

1941年頃、兄の短波ラジオでBBCの夜の放送を聞くようになりました。その放送から得た情報で、ナチス政権を批判するビラを作成します。そして、友人と一緒にポストに入れたり、掲示板に貼ったり、通りに撒きました。

1942年2月、ヘルムスと彼の友人3人は、大逆共謀罪などで逮捕されます。そして同年8月、ヘルムスには死刑が宣告されました。3人の友人は10年の強制収容所での強制労働が言い渡されました。(映画では友人3人のうち2人が描かれています 。)

死刑宣告から約2か月後の10月27日、ヘルムスは斬首刑により処刑されました。

ヘルムスは、ナチスが特別裁判所の命令によってベルリンで処刑した、最年少のドイツ人レジスタンス運動家でした。

ヘルムスが集っていた教会の集会所の支部会長は、彼の会員記録に「破門」と記載しましたが、地方部長はこの処置への署名を拒否しました。しかし、ヨーロッパ伝道部会長会の一人が署名したため、受理されました。第二次世界大戦後、大管長会はこの決定を覆し、1978年にはヘルムスのために身代わりの儀式が神殿で執り行われました。

ヘルムスは処刑前に残した手紙に、このように記しています。

「苦しみに満ちたこの人生が、今晩終わろうとしていることを、天の御父にとても感謝しています。どのみち、わたしにはもう耐えることができませんでした。天の御父は、わたしが何も間違ったことをしていないと御存じです。……神が生きておられ、このことについて正しい裁きをなさることを知っています。より良い世界でまた会えるその日まで 。」

ヘルムス・ヒューベナーは、ドイツの教会員に限らず多くの人の記憶に残っています。彼が処刑されたプレツェンゼー刑務所には、記念展示が残されています。また、彼の誕生日と処刑された日には記念式典などが行われたり、彼の名前が付けられた公共施設も複数あります。

たった17年の生涯でしたが、ヘルムスの信仰と信念はとても強く、その勇気ある行動は、時代を時代を越えて人々の心に影響を与えています。

参照:末日聖徒イエス・キリスト教会

教会の教え:信仰箇条第12条より

わたしたちは、王、大統領、統治者、長官に従うべきこと、法律を守り、尊び、支えるべきことを信じる。

これは末日聖徒イエス・キリスト教会の基本的な13の信条である「信仰箇条」の1つです。この第12条では、教会員が神様を信じる信仰を持ちながら、社会の一員として政府や法律にどのように向き合うべきかが示されています。 

また、L・トム・ペリー長老は第10条、11条、12条は、「多くの国と様々な法律がある世界で伝道活動を行い、福音を分かち合う方法に関して教えてい」ると言っています。

他国で伝道活動を行う時、自国の常識や法律を当てはめるのではなく、その土地の法律に従い、人々を尊重するのです。

ですからこの第12条は、政府のあらゆる決定や政治家の行動を無条件に支持しなければならない、という意味と同じではありません。政府を尊重することと、個々の政策や判断に賛成することは区別して考える必要があります。 

末日聖徒イエス・キリスト教会は特定の政党を支持していません。わたしたちは、自分たちが住んでいる国の法律や政策を学び、自分で考える必要があります。

さらには国を導く指導者たちには、その国民の命を保障する責任があります。教義と聖約 第134章2-3節にはこうあります。

わたしたちは信じる。すなわち、政府は人間のために神によって設けられた。そして、神は人々に、政府に関する彼らの行為に対して責任を負わせ、人々は社会の福利と安全のために法律を制定し、施行する責任を負う。

わたしたちは信じる。すなわち、良心の自由な行使、財産の所有権と管理、および生命の保護を各個人に保証する法律を制定し、かつ固く守らないかぎり、いかなる政府も平和に存立することはできない。

わたしたちは世界中の指導者たちが、国民と平和を望み、そのために尽力できるように支持するとともに、祈ることができます。

どのように、あるいはだれに向かって祈っているかにかかわらず、また信条にかかわらず、どうぞ信仰を行使して、自分の国と国家の指導者のために祈ってください。 M・ラッセル・バラード

ヘルムス・ヒューベナーが処刑された、ドイツのベルリンにあるプレッツェンゼー刑務所の追憶の壁
ヘルムス・ヒューベナーが処刑された、ドイツのベルリンにあるプレッツェンゼー刑務所の追憶の壁

画像:末日聖徒イエス・キリスト教会

自分の信念を守る勇気

映画「真実と反逆」の中で、主人公のヘルムスは、自分の信念を守るために何度も勇気を使います。まだ16歳と若い中で、大人による物理的・精神的圧力に立ち向かい、大切な人への思いにも揺れながら、彼は勇気を持って自分の信念を貫いたのです。

その結果「その時の正義」によって「罪」とされ、命を落としてしまいましたが、彼は命を掛けても自分の信仰と信念を守りました。

わたしたちはどうでしょう?

自分の知らないところで、自分が正しいと思っていたことによって、多くの無実の人の命が奪われていたら、そのうち自分や愛する人たちにも悪い影響が出ると知ってしまったら、何ができるのでしょうか。

きっとこれには一人一人違った答えを持っているでしょう。

ニール・L・アンダーセン長老はこのように話しています。

「正義を選ぶ勇気を示すとき、キリストを信じる信仰は強まります。」 

ただし正義は立場や文化、置かれている状況によって変化するとわたしは思います。それはわたしたちが不完全だからです。自分の利益によっても変わるかもしれません。ですから、わたしたちは神様の御心を求めて、それを行うことを意識するように、昔から教会の指導者たちは教えています。

神様の御心にそった正義について考え、主の導きが自分に与えられると信じて、勇気を持って行動する決意が必要だと感じました。

それは、国の政策に対することから日常のささいな選びにも当てはまるでしょう。ヘルムスの勇気から、きっと多くを学ぶことができるでしょう。

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