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	<title>贖罪の力 Archives | 信仰プラス</title>
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	<description>あなたが神を知り、キリストへ歩み寄る助けとなるように</description>
	<lastBuildDate>Fri, 03 Oct 2025 07:22:51 +0000</lastBuildDate>
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	<title>贖罪の力 Archives | 信仰プラス</title>
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		<title>心が折れそうなときに思い出したいキリストの福音の力</title>
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		<dc:creator><![CDATA[ainomata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 03 Oct 2025 07:22:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[あなたの生活に福音を]]></category>
		<category><![CDATA[試練を克服する]]></category>
		<category><![CDATA[贖罪の力]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>大切な人の死や悲惨な事件など自分に起きる時に心が辛くなります。この苦難から抜け出すために何ができるでしょう。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e3%81%82%e3%81%aa%e3%81%9f%e3%81%ae%e7%94%9f%e6%b4%bb%e3%81%ab%e7%a6%8f%e9%9f%b3%e3%82%92/kanashimi-shinkou-kirisuto-fukuin/">心が折れそうなときに思い出したいキリストの福音の力</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="wp-block-paragraph">大切な人の死、思いがけない事故や事件、病気や不安など、人生では避けようと思っても次から次へと試練がやって来ますよね。</p>



<p class="wp-block-paragraph">2025年9月29日、末日聖徒イエス・キリスト教会のダリン・H・オークス会長は、預言者ラッセル・M・ネルソン大管長の逝去、そしてミシガン州で起きた痛ましい銃撃事件を受けてメッセージを分かち合いました。<br>その中でこう語りました。</p>



<blockquote class="wp-block-quote is-layout-flow wp-block-quote-is-layout-flow">
<p class="wp-block-paragraph">わたしたちの心は悲しみに沈んでいます。…しかしその不朽の教えは、わたしたちを導き、苦しみの中で慰めを見いだす助けとなっています。</p>
</blockquote>



<p class="wp-block-paragraph">この言葉を読むと、試練や悲しみの中でも、<strong>キリスト</strong>の<strong>福音がよりどころとなってくれる</strong>ことを改めて感じます。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>試練は避けられないけど…</strong></h2>



<p class="wp-block-paragraph">人生には、「どうして今こんなことが？」と思う出来事が続けて起こることがあります。答えを探してもすぐには見つからず、心が折れそうになるときもあるでしょう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、キリストの福音はそんなときに<strong>希望</strong>を与えてくれるのです。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter size-large"><img fetchpriority="high" decoding="async" width="1007" height="1024" src="https://files.morefaith.jp/2025/10/2-1007x1024.jpg" alt="死の後に大切な人とまた再会できる希望がキリストの福音かが与えている" class="wp-image-21231" srcset="https://files.morefaith.jp/2025/10/2-1007x1024.jpg 1007w, https://files.morefaith.jp/2025/10/2-295x300.jpg 295w, https://files.morefaith.jp/2025/10/2-768x781.jpg 768w, https://files.morefaith.jp/2025/10/2-45x45.jpg 45w, https://files.morefaith.jp/2025/10/2.jpg 1062w" sizes="(max-width: 1007px) 100vw, 1007px" /><figcaption class="wp-element-caption">画像：Canva</figcaption></figure>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>福音がくれる確かな約束</strong></h2>



<p class="wp-block-paragraph">救い主イエス・キリストは、その無限の贖いによって死に打ち勝ち、すべての人が栄光を受けて復活する道を開きました。<br><strong>大切な人と再び会える</strong>という約束は、どんな悲しみの中でもわたしたちを支えてくれます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして何より、わたしたち一人一人は神様の大切な子供だということです。これは紛れもない真理です。神様はどんな信仰を持っていても、特定の信仰を持っていなくても、あなたのことを良く知っていて愛してくれています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">この知識は、不安や苦しみの中にいても、不安を沈め、心を軽やかにし、前に進む力をもらえることがあります。</p>



<figure class="wp-block-image aligncenter size-large"><img decoding="async" width="1024" height="576" src="https://files.morefaith.jp/2025/10/3-1024x576.jpg" alt="慰めや助けを必要としている人たちに手を差し伸べることで、キリストの愛を実践し本当の幸せを感じる" class="wp-image-21232" srcset="https://files.morefaith.jp/2025/10/3-1024x576.jpg 1024w, https://files.morefaith.jp/2025/10/3-300x169.jpg 300w, https://files.morefaith.jp/2025/10/3-768x432.jpg 768w, https://files.morefaith.jp/2025/10/3-1536x864.jpg 1536w, https://files.morefaith.jp/2025/10/3.jpg 1920w" sizes="(max-width: 1024px) 100vw, 1024px" /><figcaption class="wp-element-caption">画像：Krea</figcaption></figure>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>支え合う力</strong></h2>



<p class="wp-block-paragraph">オークス会長はまた、トラウマや深い悲しみのただ中にいる人々に、祈りや奉仕、励ましの言葉をもって手を差し伸べてくれている人々に感謝の気持ちを伝えていました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">末日聖徒イエス・キリスト教会の会員は、信仰の道を歩む時に、互いに支え合い、励まし合います。教会員ではない人に対しても、慰めや助けを必要としている人たちに手を差し伸べます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">誰かが涙しているときに寄り添い、手を差し伸べる事で、どんな人も救い主の愛を実践し、分かち合うことができるのです。<br></p>



<h2 class="wp-block-heading"><strong>おわりに</strong></h2>



<p class="wp-block-paragraph">試練は避けられません。しかし、キリストの福音はその中で<strong>希望の光</strong>となります。<br>ネルソン大管長の教え、そして救い主イエス・キリストの贖いを思い出すとき、わたしたちは苦しみをただの痛みで終わらせるのではなく、<strong>信仰を強める経験に変えることができる</strong>のです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">どうか今、心が折れそうな状況にある人が、キリストの福音の中に力と慰めを見つけられますように。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e3%81%82%e3%81%aa%e3%81%9f%e3%81%ae%e7%94%9f%e6%b4%bb%e3%81%ab%e7%a6%8f%e9%9f%b3%e3%82%92/kanashimi-shinkou-kirisuto-fukuin/">心が折れそうなときに思い出したいキリストの福音の力</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
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		<title>信じる者は救われる！？恵み VS 行い</title>
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		<dc:creator><![CDATA[ゲスト]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 12 Mar 2021 07:02:52 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[基本的な教義]]></category>
		<category><![CDATA[教会員ってどんな人？]]></category>
		<category><![CDATA[救いの計画]]></category>
		<category><![CDATA[贖罪の力]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>今回はよく議論される話題について紹介します。例えば追い越し車線です。誰かを追い越すつもりでないなら、追い越し車線を走らないでください。追い越し車線はそのまま走り続けるためのものではありません。やめましょう。これについては白熱する人もいるかもしれませんが、今回のテーマは、「人はどうやって救われるのか？キリストの恵みによってか？それとも行いによってか？」です。 多くの宗派は、人はキリストの恵みによって救われると信じています。なぜでしょうか？なぜなら聖書にそう書かれているからです。納得ですよね？末日聖徒が救いについて信じていることは、よく誤解されるので、できるだけ分かりやすく説明していきます。 みなさんに覚えておいて欲しいことがあります。末日聖徒は、自分の行いによって救われるとは信じていません。救うことができるのはキリストだけです。キリストの恵みによって人は救われます。キリストだけが、正義の要求を満たすことができます。これは救い主がわたしたちと正義の間に立ち、わたしたちの代わりに罰を引き受けて下るということです。しかし、キリストが正義の要求を満たしたからといって、わたしたちがキリストの要求を満たしたことにはなりません。これについては、後ほど詳しくお話します。 救いとは何か？ その前に、救いとは何のことなのか考えてみましょう。キリストは、何からわたしたちを救ってくださるのでしょうか？救いにはたくさんの意味があります。それは、身体的な死や、罪または霊の死からの救いのことです。キリストが復活されたことによって、宗教や行いに関わらず、すべての人が復活することをわたしたちは信じています。身体的な死からの救いは、キリストがすべての人に与える贈り物です。高齢者が横断歩道を渡るのを何回助けたとしても、わたしは自分を復活させることができません。それは、キリストにしかできないことです。 &#160; キリストの恵みなしでは、罪から救われることはできません。キリストからの贈り物である救いを受けるためには、信仰、悔い改め、罪の赦しのためのバプテスマ、聖霊の賜物など、キリストが定められた条件を満たさなければなりません。 これを聞くと、教会員のみなさんでも、「バプテスマは個人の行いに当てはまるんじゃないの？」と思うかもしれません。その通りです。でも、末日聖徒にとっては目的が違います。正義の要求を満たし、救いを得るためではないんです。キリストからの贈り物である救いを受けるために必要な条件を満たすために、バプテスマを受けます。その違いが分かりますか？ 誤解しないでくださいね！バプテスマを受けないと地獄に行くという意味ではありません！「昇栄って何？救いとの違いを解説」の中で、この二つの違いについて詳しく説明しているので、ぜひ読んでみてください。 行いが大切な理由 大学教授であるブラッド・ウィルコックス氏が、私が今まで話してきたことを、ある講演会で的確に話しています。講演会の内容は、「キリストの恵みは十分である：諦めたいと思っている人へ」から読むことができます。とても深い内容になっていますが、なぜ末日聖徒が行いを大切にするかについて、とてもよい例えがあったので、簡単に紹介します。 キリストとわたしたちの取り決めは、母親が子どもにピアノを習わせることに、とても良く似ています。月謝を払っている母親は、子どもに見返りとして、あることを求めます。それは何でしょうか？練習です。子どもが練習をしたからといって、ピアノの先生に月謝を払えますか？いいえ。子どもが練習すれば、母親に月謝を返せますか？いいえ。子どもは、練習することで、母親がくれた贈り物に対して感謝を示します。また母親が与えてくれた機会を最大限に活かし、成長することができます。母親は、お金を返して欲しいのではありません。子どもが貰った贈り物を大切にし、成長することが、一番嬉しいのです。だから母親は、繰り返し練習するように言います。 以前、プロテスタントの友達にこう言われたことがあります。「あなたたちは、天国への切符を手に入れようとしてるみたいだね」それに対して、わたしはこう答えました。「天国を手に入れようとしているんじゃないよ。天国について学んでいるんだ。準備したり、練習したりしているんだよ！」と答えました。 結局末日聖徒は、死と罪から救われるために、恵みと行いのどちらが必要だと考えているのでしょうか？答えは、恵みです！それでは、個人の努力には意味があるのでしょうか？もちろんあります！キリストを敬い、キリストに感謝し、キリストの犠牲に頼ることは、すべて行いにあてはまります。でも、正しい行いをしていれば、キリストなしに救われるという意味ではありません。これを聞いて、何を言ってるんだ？と思う方がいるかもしれません。でも全然大丈夫です！全部を信じられなくても、わたしたちが信じていることを、少しでもよく知って貰えたらいいなと思います。 さらに詳しく知りたい方へ 今回は、どのように人が恵みによって救われるのかを、末日聖徒の視点から分かりやすく説明しています。次のモルモン書の聖句を例にとって、末日聖徒がどれほど行いを重視しているかを批判する人もいるでしょう。 わたしたちは子孫と同胞に、キリストを信じ、神と和解するように説き勧めるために、熱心に記録し続けようと務めている。それは、わたしたちが自分の行えることをすべて行った後に、神の恵みによって救われることを知っているからである(第2ニーファイ25:23)。 確かにこの聖句には、力の限りを尽くし、できる限りを行った後に、神の恵みを受けられると書かれています。しかし、ここで鍵となるのは「自分の行えることをすべて行った後に」という箇所です。わたしたちは、キリストの恵みを理解するために、できる限りのことを行います。素晴らしいことに、これは旧約聖書時代に書かれた聖句です。キリストが降誕する前から、モルモン書の民は、預言者たちからキリストの名やその教えを学んでいました。 次のモルモン書の聖句には、素晴らしい教えが含まれています。 またあなたは、若いときに贖い主の栄光を見た。だからあなたは、贖い主が肉にあって教え導かれるときにそれを受ける人々と同じように幸いである。それは、御霊は昨日も、今日も、またとこしえに変わらない御方だからである。人の堕落以来、方法が用意されており、救いは無料である(第2ニーファイ2:4)。 もし救いが本当に無料なら、わたしたちが努力する必要がなくなってしまうのでしょうか？これについてはほかのYoutubeビデオ「救いと昇栄」をご覧になれば理解が深まると思います。 恵みは救われる以上のこと キリストの恵みによって、人は身体を持ち、存在し、生を受け呼吸しています。主の恵みのおかげで、呼吸しているのです。主の恵みのおかげで、問題を解決し、人との関係を見直し、自分の才能を見つけ育て、疑いを乗り越え、信仰を見い出します。日々、主の恵みに頼るなら、主はすべての行いや試練に対してわたしたちを祝福してくださいます。 不完全で、汚れていて、過ちを犯しやすく、感謝の念を抱かないことが度々あるわたしたちを救うために神の御子が御自身を低くされたことを思うと、驚きを覚えます。わたしは自分の限られた思考力で救い主の贖罪を理解しようと努力してきましたが、思いつく唯一の説明は、神がわたしたちを深く、完全に、永遠に愛してくださっているということです。「キリストの愛」の「広さ、長さ、高さ、深さ」は、わたしにはまるで見当がつきません。 その愛を力強く表しているものとして、聖文でしばしば神の恵みと呼ばれているものがあります。神の恵みとは、神から授けられる助けや力であり、この助けや力によって、わたしたちは現在の欠点と限界のある状態から、「真理と光を受け、ついに真理によって栄光を受けて、すべてのことを知る」昇栄した者となるのです。 神の恵みが持つもう一つの働きは、天の窓を開くことです。神は天の窓を通して力と強さという祝福を注いでくださり、それがなければとうてい力の及ばないことを成し遂げる能力をわたしたちに授けてくださいます。神の驚くべき恵みによって、その子供たちは欺く者の隠れた危険を乗り越え、罪を克服し、「キリストによって完全になる」ことができるのです。¹ 正義の役割は何ですか？ すべてのキリスト教の宗派は、人はいつの日か神にお会いし、裁きを受けることを信じています。黙示録の中に、人はその行いによって裁かれると4回も書かれています。同じことがモルモン書の中に繰り返し書かれています。わたしたちは、人はすべての事柄において裁かれると信じています。それは身体的・遺伝的な構成、文化的な影響、現世での経験、育った環境、特別な試練、望み、決意など、すべてのことに及びます。ブルース・ヘイフェン長老は、同性に惹かれる人たちが直面するチャレンジについて話しました。その話の中で、死すべきこの世を旅する過酷な状況についても考慮されると言いました。 マックスウェル長老は以前、日々深刻な悩みを抱えて生きている人たちへお話されたことがあります。彼は、オリンピックの飛び込みの競技を観戦していた時、審査員が観客にも分かるフォームの美しさだけでなく、技の難易度によって点数を付けていることに気付きました。その判断基準は、審判員でないと理解できません。マックスウェル長老はその悩んでいる人たちに、主は問題の難しさを詳細までご存知で、まるで飛び込みの難易度を考慮するかのように私たちの人生を裁かれます。また現代は、同性愛に対する価値観の混乱が渦を巻き、人生の旅路をより難しくさせていると話しました。 裁きは救いの計画の中で重要な位置を占めていて、すべての人がそれを経験します。「救い」は、わたしたちが復活した後に、天の王国のいずれかを受け継ぐことを意味しています。どの王国を受け継ぐのかは、裁きの時に決まります。キリストの恵みによって、皆さんの知っている人のほとんどが、いずれかの王国に救われることになります。 恵みと行いについて、まだまだ分からないことがたくさんあると思います。質問がある方は、下のチャットボックスから気軽にお聞きください。皆さんからの連絡をお待ちしています。またこの記事に関する動画も合わせてご覧ください。 &#160; &#160; &#160;</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e4%bf%a1%e3%81%98%e3%82%8b%e8%80%85/">信じる者は救われる！？恵み VS 行い</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>今回はよく議論される話題について紹介します。例えば追い越し車線です。誰かを追い越すつもりでないなら、追い越し車線を走らないでください。追い越し車線はそのまま走り続けるためのものではありません。やめましょう。これについては白熱する人もいるかもしれませんが、今回のテーマは、「人はどうやって救われるのか？キリストの恵みによってか？それとも行いによってか？」です。</p>
<p>多くの宗派は、人はキリストの恵みによって救われると信じています。なぜでしょうか？なぜなら聖書にそう書かれているからです。納得ですよね？末日聖徒が救いについて信じていることは、よく誤解されるので、できるだけ分かりやすく説明していきます。</p>
<p>みなさんに覚えておいて欲しいことがあります。末日聖徒は、自分の行いによって救われるとは信じていません。救うことができるのはキリストだけです。キリストの恵みによって人は救われます。キリストだけが、正義の要求を満たすことができます。これは救い主がわたしたちと正義の間に立ち、わたしたちの代わりに罰を引き受けて下るということです。しかし、キリストが正義の要求を満たしたからといって、わたしたちがキリストの要求を満たしたことにはなりません。これについては、後ほど詳しくお話します。</p>
<h2>救いとは何か？</h2>
<p>その前に、救いとは何のことなのか考えてみましょう。キリストは、何からわたしたちを救ってくださるのでしょうか？救いにはたくさんの意味があります。それは、身体的な死や、罪または霊の死からの救いのことです。キリストが復活されたことによって、宗教や行いに関わらず、すべての人が復活することをわたしたちは信じています。身体的な死からの救いは、キリストがすべての人に与える贈り物です。高齢者が横断歩道を渡るのを何回助けたとしても、わたしは自分を復活させることができません。それは、キリストにしかできないことです。</p>
<p><a href="https://files.morefaith.jp/2021/03/挿入１_アートボード-1.png"><img decoding="async" class="wp-image-17701 aligncenter" src="https://files.morefaith.jp/2021/03/挿入１_アートボード-1-300x150.png" alt="墓の前で泣いているマリアに現れた復活されたキリスト" width="400" height="200" /></a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>キリストの恵みなしでは、罪から救われることはできません。キリストからの贈り物である救いを受けるためには、信仰、悔い改め、罪の赦しのためのバプテスマ、聖霊の賜物など、キリストが定められた条件を満たさなければなりません。</p>
<p><a href="https://files.morefaith.jp/2021/03/挿入２_アートボード-1.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-17702 aligncenter" src="https://files.morefaith.jp/2021/03/挿入２_アートボード-1-300x150.png" alt="バプテスマと聖霊の賜物を授けるための按手を受ける女の子" width="400" height="200" /></a></p>
<p style="text-align: center"><a href="https://files.morefaith.jp/2021/03/信仰と悔い改め_アートボード-1.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-17703" src="https://files.morefaith.jp/2021/03/信仰と悔い改め_アートボード-1-300x150.png" alt="キリストの正面の肖像画とゲッセマネの丘で祈る姿" width="398" height="199" /></a></p>
<p>これを聞くと、教会員のみなさんでも、「バプテスマは個人の行いに当てはまるんじゃないの？」と思うかもしれません。その通りです。でも、末日聖徒にとっては目的が違います。正義の要求を満たし、救いを得るためではないんです。キリストからの贈り物である救いを受けるために必要な条件を満たすために、バプテスマを受けます。その違いが分かりますか？</p>
<p>誤解しないでくださいね！バプテスマを受けないと地獄に行くという意味ではありません！<a href="https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e6%98%87%e6%a0%84/" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><span style="font-weight: 400">「</span><span style="font-weight: 400">昇栄って何？救いとの違いを解説</span><span style="font-weight: 400">」</span></a>の中で、この二つの違いについて詳しく説明しているので、ぜひ読んでみてください。</p>
<h2>行いが大切な理由</h2>
<p>大学教授であるブラッド・ウィルコックス氏が、私が今まで話してきたことを、ある講演会で的確に話しています。講演会の内容は、「<a href="https://iesukirisuto.jp/2015/10/26/%e5%bd%bc%e3%81%ae%e6%84%9b%e3%81%af%e5%8d%81%e5%88%86%e3%81%a7%e3%81%82%e3%82%8b/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">キリストの恵みは十分である：諦めたいと思っている人へ</a>」から読むことができます。とても深い内容になっていますが、なぜ末日聖徒が行いを大切にするかについて、とてもよい例えがあったので、簡単に紹介します。</p>
<p style="padding-left: 40px">キリストとわたしたちの取り決めは、母親が子どもにピアノを習わせることに、とても良く似ています。月謝を払っている母親は、子どもに見返りとして、あることを求めます。それは何でしょうか？練習です。子どもが練習をしたからといって、ピアノの先生に月謝を払えますか？いいえ。子どもが練習すれば、母親に月謝を返せますか？いいえ。子どもは、練習することで、母親がくれた贈り物に対して感謝を示します。また母親が与えてくれた機会を最大限に活かし、成長することができます。母親は、お金を返して欲しいのではありません。子どもが貰った贈り物を大切にし、成長することが、一番嬉しいのです。だから母親は、繰り返し練習するように言います。<br />
以前、プロテスタントの友達にこう言われたことがあります。「あなたたちは、天国への切符を手に入れようとしてるみたいだね」それに対して、わたしはこう答えました。「天国を手に入れようとしているんじゃないよ。天国について学んでいるんだ。準備したり、練習したりしているんだよ！」と答えました。</p>
<p>結局末日聖徒は、死と罪から救われるために、恵みと行いのどちらが必要だと考えているのでしょうか？答えは、恵みです！それでは、個人の努力には意味があるのでしょうか？もちろんあります！キリストを敬い、キリストに感謝し、キリストの犠牲に頼ることは、すべて行いにあてはまります。でも、正しい行いをしていれば、キリストなしに救われるという意味ではありません。これを聞いて、何を言ってるんだ？と思う方がいるかもしれません。でも全然大丈夫です！全部を信じられなくても、わたしたちが信じていることを、少しでもよく知って貰えたらいいなと思います。</p>
<h2>さらに詳しく知りたい方へ</h2>
<p>今回は、どのように人が恵みによって救われるのかを、末日聖徒の視点から分かりやすく説明しています。次のモルモン書の聖句を例にとって、末日聖徒がどれほど行いを重視しているかを批判する人もいるでしょう。</p>
<p style="padding-left: 40px">わたしたちは子孫と同胞に、キリストを信じ、神と和解するように説き勧めるために、熱心に記録し続けようと務めている。それは、わたしたちが自分の行えることをすべて行った後に、神の恵みによって救われることを知っているからである(<a href="https://www.churchofjesuschrist.org/study/scriptures/bofm/2-ne/25.23?lang=jpn#p23#23" target="_blank" rel="noopener noreferrer">第2ニーファイ25:23</a>)。</p>
<p>確かにこの聖句には、力の限りを尽くし、できる限りを行った後に、神の恵みを受けられると書かれています。しかし、ここで鍵となるのは「自分の行えることをすべて行った後に」という箇所です。わたしたちは、キリストの恵みを理解するために、できる限りのことを行います。素晴らしいことに、これは旧約聖書時代に書かれた聖句です。キリストが降誕する前から、モルモン書の民は、預言者たちからキリストの名やその教えを学んでいました。</p>
<p>次のモルモン書の聖句には、素晴らしい教えが含まれています。</p>
<p style="padding-left: 40px">またあなたは、若いときに贖い主の栄光を見た。だからあなたは、贖い主が肉にあって教え導かれるときにそれを受ける人々と同じように幸いである。それは、御霊は昨日も、今日も、またとこしえに変わらない御方だからである。人の堕落以来、方法が用意されており、救いは無料である(<a href="https://www.churchofjesuschrist.org/study/scriptures/bofm/2-ne/2.4?lang=jpn#p4#4" target="_blank" rel="noopener noreferrer">第2ニーファイ2:4</a>)。</p>
<p>もし救いが本当に無料なら、わたしたちが努力する必要がなくなってしまうのでしょうか？これについてはほかのYoutubeビデオ「救いと昇栄」をご覧になれば理解が深まると思います。</p>
<p><iframe title="【信仰と信条】昇栄って何？救いとの違いを解説" width="800" height="450" src="https://www.youtube.com/embed/hL-LWri_NIY?start=73&#038;feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe></p>
<h3></h3>
<h2>恵みは救われる以上のこと</h2>
<p>キリストの恵みによって、人は身体を持ち、存在し、生を受け呼吸しています。主の恵みのおかげで、呼吸しているのです。主の恵みのおかげで、問題を解決し、人との関係を見直し、自分の才能を見つけ育て、疑いを乗り越え、信仰を見い出します。日々、主の恵みに頼るなら、主はすべての行いや試練に対してわたしたちを祝福してくださいます。</p>
<p style="padding-left: 40px">不完全で、汚れていて、過ちを犯しやすく、感謝の念を抱かないことが度々あるわたしたちを救うために神の御子が御自身を低くされたことを思うと、驚きを覚えます。わたしは自分の限られた思考力で救い主の贖罪を理解しようと努力してきましたが、思いつく唯一の説明は、神がわたしたちを深く、完全に、永遠に愛してくださっているということです。「キリストの愛」の「広さ、長さ、高さ、深さ」は、わたしにはまるで見当がつきません。</p>
<p style="padding-left: 40px">その愛を力強く表しているものとして、聖文でしばしば神の恵みと呼ばれているものがあります。神の恵みとは、神から授けられる助けや力であり、この助けや力によって、わたしたちは現在の欠点と限界のある状態から、「真理と光を受け、ついに真理によって栄光を受けて、すべてのことを知る」昇栄した者となるのです。</p>
<p style="padding-left: 40px">神の恵みが持つもう一つの働きは、天の窓を開くことです。神は天の窓を通して力と強さという祝福を注いでくださり、それがなければとうてい力の及ばないことを成し遂げる能力をわたしたちに授けてくださいます。神の驚くべき恵みによって、その子供たちは欺く者の隠れた危険を乗り越え、罪を克服し、「キリストによって完全になる」ことができるのです。<a href="https://www.churchofjesuschrist.org/study/general-conference/2015/04/the-gift-of-grace?lang=jpn" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><strong>¹</strong></a></p>
<h2>正義の役割は何ですか？</h2>
<p>すべてのキリスト教の宗派は、人はいつの日か神にお会いし、裁きを受けることを信じています。黙示録の中に、人はその行いによって裁かれると4回も書かれています。同じことがモルモン書の中に繰り返し書かれています。わたしたちは、人はすべての事柄において裁かれると信じています。それは身体的・遺伝的な構成、文化的な影響、現世での経験、育った環境、特別な試練、望み、決意など、すべてのことに及びます。ブルース・ヘイフェン長老は、同性に惹かれる人たちが直面するチャレンジについて話しました。その話の中で、死すべきこの世を旅する過酷な状況についても考慮されると言いました。</p>
<p>マックスウェル長老は以前、日々深刻な悩みを抱えて生きている人たちへお話されたことがあります。彼は、オリンピックの飛び込みの競技を観戦していた時、審査員が観客にも分かるフォームの美しさだけでなく、技の難易度によって点数を付けていることに気付きました。その判断基準は、審判員でないと理解できません。マックスウェル長老はその悩んでいる人たちに、主は問題の難しさを詳細までご存知で、まるで飛び込みの難易度を考慮するかのように私たちの人生を裁かれます。また現代は、同性愛に対する価値観の混乱が渦を巻き、人生の旅路をより難しくさせていると話しました。</p>
<p>裁きは救いの計画の中で重要な位置を占めていて、すべての人がそれを経験します。「救い」は、わたしたちが復活した後に、天の王国のいずれかを受け継ぐことを意味しています。どの王国を受け継ぐのかは、裁きの時に決まります。キリストの恵みによって、皆さんの知っている人のほとんどが、いずれかの王国に救われることになります。</p>
<p>恵みと行いについて、まだまだ分からないことがたくさんあると思います。質問がある方は、下のチャットボックスから気軽にお聞きください。皆さんからの連絡をお待ちしています。またこの記事に関する動画も合わせてご覧ください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><iframe title="【信仰と信条】信じる者は救われる!? 恵みvs.行い" width="800" height="450" src="https://www.youtube.com/embed/jrzTawyLH9M?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe></p>
<p><div class='cta' style='background-color:#f7f8f8'><div class='cta-text-box' style='color:#333331'>救われる方法ついてもっと学びませんか?</div><div class='cta-button-box'><a href='http://bit.ly/3t7ZanG'><button style='color:#FFFFFF;background-color:#007f5f'>チャット</button></a></div></div></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e4%bf%a1%e3%81%98%e3%82%8b%e8%80%85/">信じる者は救われる！？恵み VS 行い</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
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		<title>大切な人生を前向きに生きる</title>
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		<dc:creator><![CDATA[ゲスト]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 10 Nov 2020 04:37:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[教会員ってどんな人？]]></category>
		<category><![CDATA[試練を克服する]]></category>
		<category><![CDATA[贖罪の力]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>過去の苦しい経験に囚われないで、前向きに生きて幸せになる方法。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e5%a4%a7%e5%88%87%e3%81%aa%e4%ba%ba%e7%94%9f%e3%82%92%e5%89%8d%e5%90%91%e3%81%8d%e3%81%ab%e7%94%9f%e3%81%8d%e3%82%8b/">大切な人生を前向きに生きる</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<h2>幸せになるために生まれてきた</h2>
<p><span style="font-weight: 400">わたしたちはみんなこう願っています。「幸せになりたい。」<br />
</span><span style="font-weight: 400">もうすでに幸せならば、このように願うのではないでしょうか。「今の幸せがこのままずっと続いてほしい。」</span></p>
<p>でも思い描いた幸せが手に入らなかったならば、どのように感じますか？今までの幸せが突然に奪われたらどうでしょうか？日常の風景や大切な人との交わり、貴重な時間、普通の暮らしを失ったときに、人は喪失感に襲われ、不幸せだと感じるのでないでしょうか。<span style="text-decoration: underline">そんな時にこの記事が、イエス・キリストの贖いに頼りながら前向きに生きるためのきっかけになればと願っています。</span></p>
<h2>奪われた大切なもの</h2>
<p>2020年の新型コロナウイルス感染拡大により、世の中は一変しました。愛する人との別れ、職や住まい、財産を失った人々が大勢います。医療従事者や福祉関係者などは患者を守るために日々命の危険と隣り合わせで働いています。様々なイベントや行事がキャンセルになり、楽しみにしていた思い出は刻まれることなく過ぎ去り、やるせなさでいっぱいの人も大勢います。感染症の問題は社会全体にのしかかり、人々の生活を大きく変えました。</p>
<p>今まで当たり前だったことが、もはや当たり前ではなくなってしまった。<span style="text-decoration: underline">今までの安定した暮らしが覆されて、大切な物や人、時間、そして自由までをも奪われたと感じる人がたくさんいるでしょう。</span></p>
<p>感染症以外にも、人々の暮らしや生活を脅かすものは数多くあげられます。例えば自然災害、いじめ、人間関係のこじれ、経済的不安、病気、障害、家庭の問題、虐待、犯罪などです。</p>
<p>華やかな世界で活躍している有名人や著名人にも、過去にいじめを受けた経験を告白している人たちがいます。タレントの<a href="https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00087/121800006/?P=1" target="_blank" rel="noopener noreferrer">しょこたん</a>、ジャングルポケットの<a href="https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/stop01/interview/20200702-OYT1T50170/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">斉藤</a>さんは壮絶ないじめを受けたことを告白し、どのように苦しみを乗り越え、生きる希望を見出したかを語っています。</p>
<h2>苦しみと向き合う時間</h2>
<p>幸せが奪われたとき、人はどのように感じるのでしょうか。状況や事態の深刻さにもよりますが、悲しみ、怒り、信じられない気持ち、不安、喪失感、無力感を感じるのではないでしょうか。自分では変えられない状況に打ちのめされ、自信を無くし、時にはふさぎこんだり、生きる希望を失くす場合もあるでしょう。</p>
<p>生きていることが辛くてしょうがないと感じる人もいるでしょう。夜は涙で枕を濡らし、朝になると新しい一日が始まることを呪うのかもしれません。一歩前に進むことすら苦痛に感じるかもしれません。</p>
<p>このような状態に陥ったときに、どのように苦しみと向き合ったらよいのでしょうか？どのように悲しみや苦しみを和らげ、困難な状況を打破できるのでしょうか？</p>
<p><span style="text-decoration: underline">悩みや苦しみはすぐには解決しないことがほとんどだと思いますが、わたしたちがまずできることは、悲しみや怒りの気持ちを認識することなのではないでしょうか。</span>自分の身の上に起こったことを信じられない、信じたくない気持ちでいっぱいになるかもしれません。「なんでわたしはこんな目に遭わなければいけないの？」「何も悪いことはしていないのにどうして苦しまなければならないの？」それとは反対に、自分のせいにすることもあるでしょう。</p>
<h2>周りの人に助けを求める</h2>
<p><a href="https://files.morefaith.jp/2020/11/インフォグラフィック_アートボード-1-scaled.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="wp-image-16785 aligncenter" src="https://files.morefaith.jp/2020/11/インフォグラフィック_アートボード-1-300x200.jpg" alt="悩み苦しみを抱え込まず周りの人に助けを求めて癒される図" width="497" height="332" srcset="https://files.morefaith.jp/2020/11/インフォグラフィック_アートボード-1-300x200.jpg 300w, https://files.morefaith.jp/2020/11/インフォグラフィック_アートボード-1-1024x682.jpg 1024w, https://files.morefaith.jp/2020/11/インフォグラフィック_アートボード-1-768x512.jpg 768w, https://files.morefaith.jp/2020/11/インフォグラフィック_アートボード-1-1536x1024.jpg 1536w, https://files.morefaith.jp/2020/11/インフォグラフィック_アートボード-1-2048x1365.jpg 2048w, https://files.morefaith.jp/2020/11/インフォグラフィック_アートボード-1-1080x720.jpg 1080w" sizes="(max-width: 497px) 100vw, 497px" /></a></p>
<p>自分の気持ちや問題を受け止めきれないかも知れません。でもそのやるせない気持ちを自分だけで抱えるのでなくて、ぜひ周りの信頼できる人に打ち明けてみてください。<span style="text-decoration: underline">周りの人は必ずしも解決策を知っているわけではありませんが、あなたの状況を把握し、共感してくれることがあなたの支えになるはずです。</span>自分だけでは抱えきれない問題も、人に話すだけで気持ちが軽くなることもあります。また相談機関等に相談することにより、必要な援助を受けられる場合もあります。世の中には様々な支援をしている相談機関や支援団体があります。問題や悩みを教会の<a href="https://www.churchofjesuschrist.org/study/scriptures/gs/bishop?lang=jpn" target="_blank" rel="noopener noreferrer">ビショップ</a>(教会員を助けてくれる地元の指導者)に相談すると、その内容によってはLDSファミリーサービスを紹介されるかも知れません。</p>
<p>わたしはアメリカに住んでいる時に離婚した経験がありますが、離婚問題で悩んでいる時は教会のビショップに相談しました。ビショップに相談する時は言語の壁があったので、英語の堪能な日本人の教会員の男性がビショップとの面接に何回も立ち会ってくれました。その男性が、離婚やビザの手続きをする時のために、日本語が堪能な弁護士を紹介してくれました。わたしは結婚していた相手から家を追い出されてしまったので、行き場所がなく困っていました。ビショップはワードの独身の姉妹に話してくれて、わたしがしばらく彼女の家に住めるように手配してくれました。そしてLDSファミリーサービスのカウンセラーを紹介してくれました。</p>
<p>本来は結婚カウンセリングを夫と受ける予定でしたが、夫が約束の時間に現れなかったので、しかたなくわたしだけがカウンセリングを受けることになりました。そのカウンセラーは日本で伝道した元宣教師だったので、日本語を話すことができて、日本の文化にも理解がある人でした。彼は以前はカウンセラーの仕事をしていましたが、その時はカウンセラーのマネージャーをしていました。でも日本人のわたしの相談を受けるために、カウンセリングの仕事を引き受けてくれました。彼から教えてもらったことは、自分には変えられないことがあること、そして自分に変えられることを変えていくことでした。</p>
<p>まず最初にカウンセラーと一緒に目標を作りました。その目標は「一日2時間だけ夫のことや、夫の家族について考えても良い」でした。それはわたしが四六時中、夫のことや夫の母親について考えていたからです。そして毎回カウンセリングの時に目標のフォローアップを受けました。カウンセラーは、夫を変えることは不可能なので、自分が変わるための第一歩をわたしが踏み出せるように導こうと考えていたのだと思います。最初はその目標は全く達成できずにいました。しかし2ヵ月のカウンセリングを終えるころには、夫について考える時間も次第に減り、新しい人生の目標もできて、その目標に向かって努力するようになりました。そんなカウンセラーの後押しもあり、わたしは前から興味があった分野の勉強をするために、大学復学のために準備を始めました。</p>
<h2>エリザベス・スマートさんの物語</h2>
<p>わたしがユタ州のソルトレイクシティに住んでいた時に、市内である誘拐事件が起きました。とても衝撃的な事件なのですが、被害者であるエリザベス・スマートさんの前向きな生き方から学べることがあると考えたのでここで紹介させていただきます。当時14歳だったエリザベスさんは、夜中に就寝中、突然家から姿を消しました。長い間行方不明でしたが、9か月後に無事に保護されました。彼女は加害者の夫婦に誘拐されてから、様々な地域を転々としました。加害者の夫婦からは虐待を受けて、男性からは、日常的に性的暴力を受けていました。</p>
<p>彼女は保護されて自宅に戻った時に、母親からこのように言われました。「あなたは本当に大変な目にあった。もし加害者を懲らしめるとしたら、一番の良い方法は、あなたが受けたひどい仕打ちに囚われずに、これから幸せになることよ。あなたは9か月間のかけがえのない幸せな時間を奪われてしまった。<span style="text-decoration: underline">でもこれからは、その時間の一秒たりとも加害者に奪われないようにしなさい。」彼女は母親のこの言葉に支えられてきたそうです。</span></p>
<p>彼女はどんなに苦しい時にも幸せ探しをし、どんな小さなことにも感謝をしたそうです。加害者と共に人目を避けて山中で暮らしていた時は、食べるものがなくて飢えや渇きに苦しむことがあったそうです。そんな時に雨が降り、渇きを潤すことができたことを感謝しました。事件が起こるまでの14年6か月は幸せな家族や住む家、友達や教育に恵まれていたことを感謝しました。加害者は親族や知人ではなくて、全くの他人だったことも感謝しました。</p>
<p>保護された後に家族の元に戻り、普通の生活に戻ることができたことを感謝しました。自分には愛してくれる家族や友人がいたことを感謝しました。何千人もの人が自分のために祈ってくれたことを感謝しました。その後彼女は大学に進学し、ロンドンに留学しました。末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師としてフランスで伝道をしました。そして結婚をして、今は3人の子どもを育てています。</p>
<h2>赦すことは、幸せになること</h2>
<p>エリザベスさんは、事件が起きてから8年後に、加害者の裁判の証言台に経ちました。その時に証言台で話した言葉は、彼女の力強さを的確に表していると思います。彼女はこのように言っています。「もはや加害者はわたしにいかなる影響を与えることはできません。過去に左右されずに幸せに生きていますし、これからもずっと幸せに生きていきたいと思っています。」</p>
<p>これまで彼女は様々な講演会や運動を行っていますが、あるイベントで赦しについてこのように語っています。「加害者のことを赦せなかったら、その分だけわたしは幸せになれないと思っています。90パーセントだけ赦して、残りの10パーセントを赦さないとしたら、それは幸せではないと思います。わたしの夫を100パーセントを愛し、二人の子どものことも100パーセント愛するためには、加害者を100パーセント赦さないとできないと思います。赦すことは、他の誰でもなく自分のためだと思います。赦すことが人生の目標ではありません。<span style="text-decoration: underline">人生の最終目的は、幸せになることです。赦すことはひとつの通過点であり、その先にわたしたちを待っているのが幸せなのです。」</span></p>
<h2>イエス・キリストの贖いに頼る</h2>
<p>それでもなかなか人を赦したり、不幸せな出来事を忘れることはできないものです。わたしも夫やその家族に裏切られたことをとても苦しく感じました。自分の身の上に起きたことを嘆きました。苦しい気持ちに押しつぶされそうになった時に、わたしは<a href="https://morefaith.jp/%e8%81%96%e5%85%b8/%e3%82%a4%e3%82%a8%e3%82%b9%e3%83%bb%e3%82%ad%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88%e3%81%ae%e8%b4%96%e7%bd%aa%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/">イエス・キリストの贖い</a>に頼りたいと心から願いました。なぜなら自分の力ではこの苦しみに立ち向うことができなかったからです。どうか信頼を裏切った人たちのことを赦せるように、神様に嘆願しました。苦しい気持ちは、わたしが願ったように魔法の力で瞬時で取り去られることはありませんでした。でも神様は溢れるほどの愛をわたしに注がれ、周りの人を通してわたしを助けて導いてくださいました。職場の人たちは毎日励ましてくれました。夫の家族の中でも、住む場所を提供してくれた人たちもいますし、寂しくないように家に呼んでくれた人もいました。神様はわたしのことを支えてくださいました。遠い日本に住んでいる家族はわたしのことを励まし、祈ってくれました。</p>
<p>暗闇の中を前に一歩進むことすら苦痛に感じていた時に、わたしを支えてくれたのは、やはり福音でした。わたしはいつもモルモン書の中の、<a href="https://www.churchofjesuschrist.org/study/scriptures/bofm/hel/5?lang=jpn" target="_blank" rel="noopener noreferrer">ヒラマン書5章12節</a>を心にとめて、イエス様を信頼したいと願っていました。</p>
<p>「わが子らよ、覚えておきなさい。あなたたちは、神の御子でありキリストである贖い主の岩の基を築かなければならないことを覚えておきなさい。そうすれば、悪魔が大風を、まことに旋風の中に悪魔の矢を送るときにも、まことに悪魔の雹(ひょう）と大嵐があなたたちを打つときにも、それが不幸と無休の苦悩の淵にあなたたちを引きずり落とすことはない。なぜならあなたは堅固な基であるその岩の上に建てられており、人はその基の上に築くならば、倒れることなどあり得ないからである。」（ヒラマン5:12）<br />
<strong>イエス・キリストの贖いは、暗闇の中に差し込む光のようにわたしたちに希望を与え、前向きに生きて行けるように助けてくれます。神様はわたしたちが幸せになることをお望みです。</strong></p>
<h2>光は必ず差し込む</h2>
<p>どうしても赦せない時もあると思います。赦せたとしても、そこに至るまでにとても長い時間がかかるときもあります。事態が改善しない時もあります。苦しい状況を打破できない時もあります。辛いときは辛いと言っていいし、苦しいときは弱音を吐いてもいいです。時には立ち止まって休憩することも大切です。でもそこで完全に歩みを止めないでください。<br />
神様はわたしたち一人一人の苦しみや悲しみを誰よりもよくご存じです。わたしたちが苦難を乗り越えて、より一層幸せになることをお望みです。苦しいことが沢山ありますが、それと同じくらいに、もしかしたらそれ以上に神様はわたしたちに沢山の感謝すべき恵みを与えてくださっています。きっと神様がお与えになった祝福を数えることで、生きる希望が持てるようになるかもしれません。今は辛くても少しずつ日々歩み続けるならば、その先には必ず神様が用意してくださった幸せが待っているはずです。神様からのプレゼントに気づけるように、前向きに生きることができるように心から願っています。</p>
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<h3>これを読んだあなたにおススメの記事</h3>
<p><a href="https://files.morefaith.jp/2020/11/pexels-photo.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-16789" src="https://files.morefaith.jp/2020/11/pexels-photo-300x172.jpg" alt="砂浜の波打ち際を裸足で歩く女性" width="242" height="139" srcset="https://files.morefaith.jp/2020/11/pexels-photo-300x172.jpg 300w, https://files.morefaith.jp/2020/11/pexels-photo-768x439.jpg 768w, https://files.morefaith.jp/2020/11/pexels-photo.jpg 948w" sizes="(max-width: 242px) 100vw, 242px" /></a></p>
<p><a href="https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e3%81%8c%e3%82%93%e3%81%a7%e9%ab%aa%e3%81%ae%e6%af%9b%e3%82%92%e5%a4%b1%e3%81%84%e5%b9%b8%e7%a6%8f%e6%84%9f%e3%81%8c%e5%a4%89%e3%82%8f%e3%82%8b/">がんで髪の毛を失ったことが、わたしの幸福感を変えた</a></p>
<p><a href="https://files.morefaith.jp/2020/11/クリス　道路795.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone wp-image-16790" src="https://files.morefaith.jp/2020/11/クリス　道路795-300x188.jpg" alt="広い道路に立つクリス・ウィリアムズ" width="246" height="154" srcset="https://files.morefaith.jp/2020/11/クリス　道路795-300x188.jpg 300w, https://files.morefaith.jp/2020/11/クリス　道路795-768x480.jpg 768w, https://files.morefaith.jp/2020/11/クリス　道路795-400x250.jpg 400w, https://files.morefaith.jp/2020/11/クリス　道路795.jpg 795w" sizes="(max-width: 246px) 100vw, 246px" /></a></p>
<p><a href="https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e3%81%82%e3%82%8b%e7%94%b7%e6%80%a7%e3%81%ae%e8%b5%a6%e3%81%97%e3%81%ae%e7%b5%8c%e9%a8%93/">「ただ赦しなさい」− あるモルモンの男性を襲った悲劇と、赦しの力のお話</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e5%a4%a7%e5%88%87%e3%81%aa%e4%ba%ba%e7%94%9f%e3%82%92%e5%89%8d%e5%90%91%e3%81%8d%e3%81%ab%e7%94%9f%e3%81%8d%e3%82%8b/">大切な人生を前向きに生きる</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
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		<item>
		<title>ドーナツと腕立て伏せのたとえ話</title>
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		<dc:creator><![CDATA[ainomata]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 31 Jul 2020 08:06:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[イエス・キリスト]]></category>
		<category><![CDATA[聖典から学ぶ]]></category>
		<category><![CDATA[子供に教える方法]]></category>
		<category><![CDATA[感動的な話]]></category>
		<category><![CDATA[贖罪の力]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>あなたはドーナツを、受け取る？断る？</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e8%81%96%e5%85%b8%e3%81%8b%e3%82%89%e5%ad%a6%e3%81%b6/%e8%85%95%e7%ab%8b%e3%81%a6%e4%bc%8f%e3%81%9b%e3%81%ae%e3%81%9f%e3%81%a8%e3%81%88%e8%a9%b1/">ドーナツと腕立て伏せのたとえ話</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p>この感動のたとえ話は、後に映画化されました。（詳しくは文末にある追記へ）ドーナツと腕立て伏せが呼び起こす人生の学びとは？！</p>
<h2>学校の問題児</h2>
<p><span style="font-weight: 400">スティーブという1人の男の子は、ある学校の問題児でした。いくつかのクラスでは、締め出されたこともあるくらいでした。しかし、1人の親切なセミナリー（教会の教えを学ぶクラス）の先生は、スティーブがその先生の授業を受けることを許可しました。ある日、授業の後でスティーブに少し残ってもらい、先生が計画した特別な授業への協力についての話をしました。先生はスティーブに聞きました。「君は何回腕立て伏せをすることができるかな？」</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">スティーブは「毎晩200回くらいしてます」と答えました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">「200回？」先生が言いました。「それはすごいね！！300回はできるかな？」</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">スティーブは答えました。「分かりません。1度に300回やったことがないので。」</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">「じゃ、10回ずつで合計300回はできるかい？」と先生が言いました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">「うーん、多分できると思います。やってます」とスティーブは答えました。「良かった！金曜日に君にそれをやってほしいんだ。」</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">そして金曜日になり、スティーブは教室へ早めに行き、一番前の席に座りました。授業が始まり、先生は大きなドーナツの箱を持ってきました。普通のドーナツではありません。大きくて豪華で、真ん中にフロスティングクリームが渦巻き状にトッピングされていました。 みんな大喜びでした。金曜日の最後の授業だったので、ちょっと早めに週末が始まったようでした。</span></p>
<h2>ドーナツと腕立て伏せのルール</h2>
<p><span style="font-weight: 400">先生は、最初の列の一番前の席の女の子の前へ行き、こう聞きました。「シンシア、ドーナツが欲しいかい？」シンシアは、「はい」と答えました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生はスティーブの方を向いて、「シンシアがドーナツをもらえるように、10回腕立て伏せをしてもらえるかい？」と聞きました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">スティーブは、「もちろん」と答え、イスから勢いよく降りたと思ったら、あっという間に10回腕立て伏せをしました。そしてまた自分の席へ戻りました。 先生はドーナツをシンシアの机に置き、次の生徒に「ジョー、ドーナツは欲しいかい？」と聞きました。ジョーは、「はい」と言いました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生は言いました。「スティーブ、ジョーがドーナツをもらえるように10回腕立て伏せをしてもらえるかい？」</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">このように最初の1列が終わり、次に2列目へ進みました。フットボールチームのキャプテンと、バスケットボールチームのセンターをしていたスコットのところまで来ました。先生が「スコット、ドーナツは欲しいかい？」と聞きました。スコットは「自分で腕立てしていいですか？」と聞き返しました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生は、「いいや、スティーブがするから」と言いました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">スコットは、「じゃぁぼくは要りません」と答えました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生はスティーブの方を向き、「スコットはドーナツが要らないみたいだけど、10回腕立て伏せをしてくれるかい？」と聞きました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">スティーブは10回腕立て伏せをしました。スコットが「ちょっと！！俺は要らないって言ったんだ！！」と言いました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生が、「要らないなら机の上に置いておいてくれ」と言い、ドーナツをスコットの机の上に置きました。</span></p>
<p><a href="https://files.morefaith.jp/2020/07/ドーナッツと腕立てふせ_アートボード-1-scaled.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-medium wp-image-16447" src="https://files.morefaith.jp/2020/07/ドーナッツと腕立てふせ_アートボード-1-300x189.jpg" alt="腕立て伏せをするとドーナツがもらえる図" width="300" height="189" srcset="https://files.morefaith.jp/2020/07/ドーナッツと腕立てふせ_アートボード-1-300x189.jpg 300w, https://files.morefaith.jp/2020/07/ドーナッツと腕立てふせ_アートボード-1-1024x644.jpg 1024w, https://files.morefaith.jp/2020/07/ドーナッツと腕立てふせ_アートボード-1-768x483.jpg 768w, https://files.morefaith.jp/2020/07/ドーナッツと腕立てふせ_アートボード-1-1536x966.jpg 1536w, https://files.morefaith.jp/2020/07/ドーナッツと腕立てふせ_アートボード-1-2048x1289.jpg 2048w, https://files.morefaith.jp/2020/07/ドーナッツと腕立てふせ_アートボード-1-400x250.jpg 400w, https://files.morefaith.jp/2020/07/ドーナッツと腕立てふせ_アートボード-1-1080x680.jpg 1080w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></a></p>
<p><span style="font-weight: 400">このころから、スティーブの腕立て伏せのスピードは少しずつ落ちていきました。毎回自分の席に戻ることも体力が奪われるので、ずっと床にいるようになりました。スティーブの額には大粒の汗がありました。先生は3列目へ進みました。ほかの生徒たちは少し怒っているように見えました。 </span></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生はジェニーに、「ドーナツは欲しいかい？」と聞きました。ジェニーは、「要りません」と答えました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生は、「スティーブ、ジェニーはドーナツが要らないみたいだけど、ジェニーがドーナツをもらえるように10回腕立て伏せをしてくれるかい？」と聞きました。スティーブは10回腕立て伏せをし、ジェニーはドーナツをもらいました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">生徒たちはみんな、「ドーナツは要りません」と言うようになりました。そして多くの生徒はドーナツを食べないで、机の上に置いたままでした。スティーブは一つ一つのドーナツのために、 一生懸命の努力をして腕立て伏せをしました。顔に流れた汗が床にしたたり落ち、腕と顔が真っ赤になっていました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400"> </span><span style="font-weight: 400">先生は、スティーブが食べてもらえないドーナツのために努力することは見ていられないと言いました。そして、スティーブが腕立て伏せをちゃんとしたか確認するように、ロバートに頼みました。そして、4列目に進みました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">この授業の間、何人かの生徒はブラブラと歩き回り、教室の端にあるヒーターに座っていました。先生はこれに気付き、急いで生徒の数を数えました。34人いました。先生はスティーブがやり遂げることができるか心配になってきました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生は次の生徒、その次の生徒、その次、その次へと進めていきました。列の終わりが近づき、スティーブは疲労困ぱいしていました。10回の腕立て伏せにすごく時間がかかるようになっていました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">ジェイソンが遅れてやってきました。ドアの外に立って教室の中に入ろうとした時、みんなが「だめ！！入ってこないで！！外にいて！！」と叫びました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">ジェイソンは何がなんだか分かりません。スティーブは顔を上げて言いました。「いや、ジェイソンを入れてやってよ。」</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生は「君は分ってると思うけど、ジェイソンが入ってきたら、彼のために10回腕立て伏せをするんだぞ。」</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">スティーブは、「はい、ジェイソンを入れてください」と言いました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生は、「分かった、ジェイソンも加えよう。ジェイソン、ドーナツは要るかい？」と言いました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">「はい。」</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">「スティーブ、ジェイソンがドーナツをもらえるように10回腕立て伏せをしてもらえるかい？」スティーブはとてもゆっくりと、そして力いっぱい10回の腕立て伏せをしました。ジェイソンは訳が分からないまま、ドーナツをもらい席に着きました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生は4列目も終えて、ヒーターに座っている生徒たちの分に移りました。スティーブの腕は、自分の体を持ち上げるたびにブルブルと震えました。汗はダラダラと流れ、教室の生徒たちは涙ぐんでいました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">最後の2人の生徒はチアリーダーでした。先生は最後から2番目のリンダの元へ行き、「リンダ、ドーナツは欲しいかい？」と聞きました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">リンダはとても悲しそうに、「いいえ、要りません」と言いました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生は、「スティーブ、リンダはドーナツが要らないみたいだけど、リンダがドーナツをもらえるように、腕立せ伏せをしてもらえるかい？」と言いました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">うなりながら、とてもゆっくりとスティーブはリンダのために10回腕立て伏せをしました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生は最後の生徒の方を向きました。「スーザン、ドーナツは要るかな？」ほっぺたに涙が流れていたスーザンは、「スティーブを助けてもいいですか？」と聞きました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生も涙を流しながらこう言いました。「だめだ。スティーブはこれを1人でするんだ。スティーブ、スーザンがドーナツをもらえるように10回腕立て伏せをしてくれるかい？」</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">スティーブは最後の腕立て伏せをとてもゆっくりして、350回も腕立て伏せをしたことと、自分の役割を終えたことを確認し、床の上に崩れ落ちました。</span></p>
<h2>受け取られる祝福、受け取られない祝福</h2>
<p><a href="https://files.morefaith.jp/2020/07/ルカ_アートボード-1.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-medium wp-image-16450" src="https://files.morefaith.jp/2020/07/ルカ_アートボード-1-300x91.jpg" alt="父よ、わたしの霊を御手にゆだねます" width="300" height="91" srcset="https://files.morefaith.jp/2020/07/ルカ_アートボード-1-300x91.jpg 300w, https://files.morefaith.jp/2020/07/ルカ_アートボード-1-768x233.jpg 768w, https://files.morefaith.jp/2020/07/ルカ_アートボード-1.jpg 1000w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></a></p>
<p><span style="font-weight: 400">先生は教室にいた生徒に、「わたしたちの救い主であるイエス・キリストは、『父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます』（ルカ書23:46）と祈ったんだ。イエス自身が自分の役割を全て終えたことを理解して、十字架上で倒れて亡くなられたんだよ。イエスがしてくださったことを要らないという人たちのためにもだ。それは君たちの中の何人かが、もらえるドーナツを要らないと言ったように、多くの人はイエス・キリストがしてくださったことを受け取ろうとしない。」</span></p>
<p><span style="font-weight: 400"><strong>追記</strong>：このたとえ話は、ユタ州オレムにある、ジャック R. クリスチャンセン博士のセミナリーのクラスで実際に行われたことを脚色したものです。クリスチャンセン博士はスティーブという少年に腕立てをするように言いました。 多くの生徒から教室に入らないでと言われた生徒のジェイソンと、たくさんのドーナツはフィクションです。しかし、スティーブは授業の終わりにみんなにドーナツを配りました。数年後、作家でもあり監督でもあるロバート・ハッチが、このお話に感銘を受けました。そしてオリジナルの脚本に書き起こして映画を撮っていいか、わたしに聞いてきました。（映画タイトル：</span><i><span style="font-weight: 400">Infinite Gift: What Does It Mean to You?</span></i><span style="font-weight: 400"> ）そこでわたしは、腕立て伏せをした少年の名前をジョシュアにしては、と提案しました。（ジョシュアはヘブライ語のYeshuaを由来とし、最終的にイエスと翻訳されました。）この映画 はメリル・ジェンソンによる、救い主の贖いについてをテーマにした美しい作品です。映画についての記事は</span><a href="https://www.ldsliving.com/Infinite-Gift/s/80783" target="_blank" rel="nofollow noopener noreferrer"><span style="font-weight: 400">こちら</span></a><span style="font-weight: 400">（英語）</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400">この記事は、もともとDevan Jensen が<a href="http://devanjensen.blogspot.com/2012/04/parable-of-push-ups.html" target="_blank" rel="nofollow noopener noreferrer">DevanJensen</a>（本人のブログ）に投稿したものです。</span></p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e8%81%96%e5%85%b8%e3%81%8b%e3%82%89%e5%ad%a6%e3%81%b6/%e8%85%95%e7%ab%8b%e3%81%a6%e4%bc%8f%e3%81%9b%e3%81%ae%e3%81%9f%e3%81%a8%e3%81%88%e8%a9%b1/">ドーナツと腕立て伏せのたとえ話</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
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		<item>
		<title>キリストの十字架と贖い：キミは説明できるかな？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Ayae]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 26 Jun 2020 20:50:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[聖典から学ぶ]]></category>
		<category><![CDATA[救いの計画]]></category>
		<category><![CDATA[教会用語に親しむ]]></category>
		<category><![CDATA[贖罪の力]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://ja.elds.org/morumon-com/?p=4866</guid>

					<description><![CDATA[<p>1分与えられたら、キリスト、十字架、贖罪についてどんな説明をしますか？</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e8%81%96%e5%85%b8%e3%81%8b%e3%82%89%e5%ad%a6%e3%81%b6/%e3%82%a4%e3%82%a8%e3%82%b9%e3%83%bb%e3%82%ad%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88%e3%81%ae%e8%b4%96%e7%bd%aa%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/">キリストの十字架と贖い：キミは説明できるかな？</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">キリストと言えば、十字架。そしてクリスチャンであればそこに「贖い」や「贖罪」という言葉がセットでくる。でも、それってどういう関係があるか説明できる？</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;"><br />
まず最初に&#8230;..</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">わたしたちはみんな、神の子です。神はわたしたちが幸せになる計画を用意されました。</span></p>
<p style="text-align: center;"><strong>【救いの計画】</strong></p>
<p style="padding-left: 40px;"><strong><a href="https://morefaith.jp/%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%A8%E6%95%99%E3%81%88/%E5%89%8D%E4%B8%96%E3%81%8C%E7%9F%A5%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%84/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">前世</a></strong><span style="font-weight: 400;">ー神の御元で霊の存在として成長。</span></p>
<p style="padding-left: 40px;"><span style="font-weight: 400;"><strong>現世</strong>ー神は地球を「試しの時期」を過ごす場所として組織し、そこでわたしたちは骨肉の体を得て、自分の意思、つまり選択の自由を使って神の戒めに従って信仰を育んでいけるか、試しを受ける。</span></p>
<p style="padding-left: 40px;"><span style="font-weight: 400;"><strong>死</strong>ー肉体は墓に葬られるけど、霊は霊界で生き続け、復活を待つ。</span></p>
<p style="padding-left: 40px;"><span style="font-weight: 400;"><strong>復活</strong>ー完全な肉体と霊が再び結合し、わたしたちの存在は永遠に続く。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> これだけ見ると、「キリストも贖い（救い）も要らなくない？」って思うけど&#8230;&#8230;.</span></p>
<p><a href="https://files.morefaith.jp/2016/03/Book-report-2-1.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="size-medium wp-image-16375 aligncenter" src="https://files.morefaith.jp/2016/03/Book-report-2-1-300x270.jpg" alt="atonementの意味" width="300" height="270" srcset="https://files.morefaith.jp/2016/03/Book-report-2-1-300x270.jpg 300w, https://files.morefaith.jp/2016/03/Book-report-2-1.jpg 600w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></a></p>
<h2><b>贖いは誰に必要か？</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">正解は「全員」です。笑</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">なぜかと言うと、全人類の歴史で最初に起こる大きな変化、「堕落」が起きたから。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">堕落はアダムとエバがこの世に死をもたらすことによって起こりました。（詳しくは</span><a href="https://www.churchofjesuschrist.org/topics/fall-of-adam?lang=jpn" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><span style="font-weight: 400;">こちら</span></a><span style="font-weight: 400;">）それによって、人は自由意志を持ち、自分の生き方を決めることができると同時に、物理的な影響も受けるようになりました。当然、間違いや失敗（神の目から見て「罪」）も犯す状態になったんだ。</span></p>
<blockquote><p><i><span style="font-weight: 400;">「清くないものはそこに住むことができないからである。」（モーセ6:57）</span></i></p></blockquote>
<p><span style="font-weight: 400;">神は人が悔い改め、清められる方法を備えてくださった。人が地上に足を踏み出す前に、イエス・キリスト（神の長子）はこの世で人によって犯される罪の代価を支払うことに同意なさいました。イエスは完全で罪のない暮らしを送られることで、人類を罪と死から贖う資格を与えられました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">わたしたちの日常的な用法では、</span><b>「贖う」とは「購入するないしは返済を終わる；支払いあるいは他の満足させる方法で取り戻す」</b><span style="font-weight: 400;">となっています。聖典によると、</span><span style="color: #0000ff;"><b>キリストは文字通り代価を支払って</b><span style="font-weight: 400;">、</span><b>人を罪と死の支配から「買い戻す」</b></span><span style="font-weight: 400;">ことをなさったのです。</span></p>
<blockquote><p><i><span style="font-weight: 400;">「あなたがたは</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">代価を払って買いとられたのだ。」（１コリント7:23）</span></i></p></blockquote>
<p><span style="font-weight: 400;"><span style="color: #ff0000;">ゲツセマネの園、そして再びカルバリの十字架で、贖い主であられるキリストは堕落によってもたらされた個人の罪、悲しみ、病気、そして不当な扱いに対しての神聖な代価を支払われた</span>のです。全く人の理解を超える方法で。</span><span style="font-weight: 400;">これが、「キリスト」「十字架」「贖い」の関係ですね。</span></p>
<p><a href="https://files.morefaith.jp/2016/03/Book-report-3-1.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="size-medium wp-image-16376 aligncenter" src="https://files.morefaith.jp/2016/03/Book-report-3-1-300x269.jpg" alt="贖罪についてのトリビア" width="300" height="269" srcset="https://files.morefaith.jp/2016/03/Book-report-3-1-300x269.jpg 300w, https://files.morefaith.jp/2016/03/Book-report-3-1.jpg 602w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></a></p>
<p><span style="font-weight: 400;">悔い改め（自分の罪を告白し捨てる）を条件に、悔いる人々はキリストの恵みを受け入れます。キリストの恵みにより、物理的にバプテスマ、聖霊の清めの力などの福音の儀式を受ける特権が与えられ、罪のある状態から清い状態へと生れ変わり、神の国に入る備えができるようになります。</span></p>
<p><i><span style="font-weight: 400;">「清くないものは</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">決して父の王国に入ることができない。したがって</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">信仰を持ち</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">罪をすべて悔い改め</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">最後まで忠実であることによって</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">わたしの血により衣を洗われた者の他には</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">父の安息に入る者はいない。」（3ニーファイ27:19）</span></i></p>
<h2><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><b>贖罪による影響力</b></h2>
<p><b>イエス・キリストの贖いの行為は、この世の悔いる人たちに清め、平安、そして希望をもたらしますが、贖いは永遠に及びます。</b><span style="font-weight: 400;">これ、すっごく大切だから、もう一度言うけど、</span><span style="color: #ff0000;"><b>今</b></span><b>、生きているわたしたちを清め、心を癒し、将来を明るく照らしてくれるのが、贖いなんです！！！そして、それは一生どころか、死んでも永遠に続くのです。</b></p>
<p><span style="font-weight: 400;">全人類に無条件に与えられる贖いの効力ー肉体の死からの克服（みんな復活します）</span></p>
<blockquote><p><i><span style="font-weight: 400;">「彼</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">すなわちイエスは</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">世のために十字架につけられ</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">世の罪を負い</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">世を聖め</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">それをすべての不義から清めるために来た・・・。彼により創られたすべての者が</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">彼によって救われるためである・・・・。御父から御子を示された後に御子を否定する滅びの子らを除く</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">その御手によって造られたすべての者を救われる。」（教義と聖約76:41-43）</span></i></p></blockquote>
<p><span style="font-weight: 400;">でもキリストは、悔いる精神のない罪人に贖罪の恵みを全て与えることができません。（そりゃ、そうだよね。笑）</span></p>
<p><a href="https://files.morefaith.jp/2020/06/image1-3.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="size-medium wp-image-16383 aligncenter" src="https://files.morefaith.jp/2020/06/image1-3-300x300.png" alt="イエス・キリストの贖いがある状態" width="300" height="300" /></a></p>
<blockquote><p><span style="font-weight: 400;">「</span><i><span style="font-weight: 400;">見よ、神であるわたしは、すべての人に代わってこれらの苦しみを負い、人々が悔い改めるならば苦しみを受けることのないようにした。しかし、もしも悔い改めなければ、彼らはわたしが苦しんだように必ず苦しむであろう。その苦しみは、神であって、しかもすべての中で最も大いなる者であるわたし自身が、苦痛のためにおののき、あらゆる毛穴から血を流し、からだと霊の両方に苦しみを受けたほどのものであった。」（教義と聖約19：15−18）</span></i></p></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p><a href="https://files.morefaith.jp/2016/03/Book-report-1.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="size-medium wp-image-16377 aligncenter" src="https://files.morefaith.jp/2016/03/Book-report-1-300x245.jpg" alt="ゲツセマネの苦しみ" width="300" height="245" srcset="https://files.morefaith.jp/2016/03/Book-report-1-300x245.jpg 300w, https://files.morefaith.jp/2016/03/Book-report-1.jpg 660w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></a></p>
<p><span style="font-weight: 400;">キリストの贖罪の条件：神の律法と儀式に対する</span><span style="font-weight: 400; color: #0000ff;">個人の従順</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">贖いは、この世におけるものと霊的なものの両面で、「堕落」の影響を克服します。</span><span style="font-weight: 400; color: #ff0000;">贖いなしでは、人の罪は完全に赦されず、再び神と共に住むことはできないのです。</span></p>
<blockquote><p><i><span style="font-weight: 400;">「この白い衣を身にまとっている人々は、だれか。また、どこからきたのか」&#8230;&#8230;すると、彼はわたしに言った、「彼らは大きな艱難をとおってきた人たちであって、その衣を子羊の血で洗い、それを白くしたのである。それだから彼らは、神の御座の前におり、昼も夜もその聖所で神に仕えているのである。御座にいますかたは、彼らの上に幕屋を張って共に住まわれるであろう。」（ヨハネの黙示録 7：13−15）</span></i></p></blockquote>
<p><iframe title="なぜ神は、この世に苦しみがあるのを許されるのでしょうか" width="800" height="450" src="https://www.youtube.com/embed/2WAHnnfX1AM?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe></p>
<h2><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><b>もし贖罪がなかったらどうなるか？</b></h2>
<p><a href="https://files.morefaith.jp/2020/06/image0-4.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="size-medium wp-image-16382 aligncenter" src="https://files.morefaith.jp/2020/06/image0-4-300x300.png" alt="キリストの贖罪がない状態" width="300" height="300" /></a></p>
<p><span style="font-weight: 400;">すべての人は、「自分の罪のゆえに罰せられ、アダムの背きのゆえには罰せられない」（信仰箇条第2条）のですが、</span><b>アダムの「堕落」によって人類は死と悪魔の影響力を受けるようになりました。</b><span style="font-weight: 400;">もし贖いが死を克服しなければ、人はその堕落した状態で永遠に留まり、復活の望みはなく、永遠に悪魔の影響力を受け続けます。 <img src="https://s.w.org/images/core/emoji/17.0.2/72x72/1f631.png" alt="😱" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" /><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/17.0.2/72x72/1f631.png" alt="😱" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" /><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/17.0.2/72x72/1f631.png" alt="😱" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" /><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/17.0.2/72x72/1f631.png" alt="😱" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" /><img src="https://s.w.org/images/core/emoji/17.0.2/72x72/1f631.png" alt="😱" class="wp-smiley" style="height: 1em; max-height: 1em;" /></span></p>
<blockquote><p><i><span style="font-weight: 400;">「おお</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">神の知恵</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">神の憐れみと恵みよ。見よ、もしも肉体がもう二度と起き上がることがないとすれば</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">わたしたちの霊は</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">永遠の神の御前から落ちて悪魔となったあの天使に従うようになり</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">もはや起き上がることはない。そして</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">わたしたちの霊は</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">あの天使のようになっていたに違いない。わたしたちは悪魔の使いである悪霊となって</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">神の御前から締め出され</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">偽りの父とともに</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">彼自身のように惨めな状態にとどまっていたに違いない。まことに</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">その者はわたしたちの始祖をだました者であり</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">光の天使であるかのように装い</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">人の子らをそそのかして人殺しをする秘密結社を作らせたり</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">あらゆる隠れた闇の業を行わせたりする者である。おお</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">神の慈しみの何と深いことか。わたしたちがこの恐ろしい怪物に捕まらないように</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">神は逃れる道を備えてくださっている。まことに</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">その恐ろしい怪物とは死と地獄であり</span></i><span style="font-weight: 400;">、</span><i><span style="font-weight: 400;">わたしはそれを肉体の死および霊の死と呼ぶ。」（2ニーファイ9:8-10）</span></i></p></blockquote>
<p><span style="font-weight: 400;">十二使徒であったジェームズ・E・タルメージは、イエス・キリストの贖いの使命が絶対的に必要であることについてこう言っています。 </span></p>
<blockquote><p><span style="font-weight: 400;">「そのような事柄が贖い主の必要を示しています。主がいらっしゃらなければ、人類は堕落した状態に永遠にとどまることになり、永遠の進歩の望みは必然的になくなってしまうでしょう。この試しの生涯は進歩する機会なのですが、困難や危険は非常に大きく、この世における悪魔の影響はあまりにも強く、それに対する人間の抵抗力はあまりにも弱いために、天からの力による助けがなければ、人類の中のいかなる人も自分がもともと来た所である神の御もとに戻ることはできないでしょう。贖い主の必要性は人が自分自身ではこの世のレベルから霊的なレベルに上がれな&#8230;いという能力不足によるのです。&#8230;.ですから、人が現在の堕落して比較的後退した状態からより高い霊的な生活に進むためには、</span><span style="font-weight: 400;">自分自身の力以上のものが働いてくれなければなりません。</span><span style="font-weight: 400;">&#8230;</span><span style="font-weight: 400;">自力では自分を救えません。人類の贖い主であり救い主の存在は、何の疑いもなく永遠の父の計画（『人の不死不滅と永遠の命をもたらすこと』）を実現するために必須のものです。そして</span><span style="font-weight: 400;">贖い主であり救い主である方はイエス・キリストで、この方を除いて他にはあり得ません。</span><span style="font-weight: 400;">」</span></p></blockquote>
<p><span style="font-weight: 400;">イエス・キリストについてもっと知りたい方は、</span><a href="https://morefaith.jp/%E3%81%8A%E5%95%8F%E3%81%84%E5%90%88%E3%82%8F%E3%81%9B/" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><span style="font-weight: 400;">こちら</span></a><span style="font-weight: 400;">をクリックしてください。</span></p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e8%81%96%e5%85%b8%e3%81%8b%e3%82%89%e5%ad%a6%e3%81%b6/%e3%82%a4%e3%82%a8%e3%82%b9%e3%83%bb%e3%82%ad%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88%e3%81%ae%e8%b4%96%e7%bd%aa%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6/">キリストの十字架と贖い：キミは説明できるかな？</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
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		<item>
		<title>親を尊敬できない！そんなときがあってもいいですか？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[スミス 寿子]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 06 Jun 2020 08:19:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[家族]]></category>
		<category><![CDATA[あなた・わたしがキリストに近づくために]]></category>
		<category><![CDATA[人生の目的]]></category>
		<category><![CDATA[贖罪の力]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>贖いの力と神の愛がどうやって少女を力づけるか。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e8%a6%aa%e3%82%92%e5%b0%8a%e6%95%ac%e3%81%a7%e3%81%8d%e3%81%aa%e3%81%84/">親を尊敬できない！そんなときがあってもいいですか？</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://askgramps.org/" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><span style="font-weight: 400;">Ask Gramps</span></a><span style="font-weight: 400;">（おじいちゃんに聞く）というサイトでは読者から寄せられる様々な質問に「おじいちゃん」が答えていきます。老若男女に好かれる「おじいちゃん」は昔ながらで、神の教えを重んじる信念を持ち、愛に溢れる助言で悩んでいる子供から大人まで、丁寧に助言をしていきます。今回の「親を尊敬できない」という少女には、どのような助言をあたえるのでしょう。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><span style="font-weight: 400;">質問</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span><span style="font-weight: 400;">おじいちゃんへ</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">両親の離婚後、わたしは母と暮らしていました。離婚後しばらくすると、母は薬物に手を出すようになり、いつも留守でした。わたしが養護施設に入ることになると、父はわたしと弟を引き取る機会を拒否し、妹だけを連れて行きました。現在、わたしは祖父母と暮らしていますが、父と母の両方とよく話をします。こんなに色々なことがあったのに、なぜまだ父と母を敬う必要があるのか疑問に思っています。両親を尊敬しなくてもいい場合などあるのでしょうか？よろしくお願いします。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">シエラより</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;">答え</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span><span style="font-weight: 400;">シエラへ</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">質問ありがとう。これは様々な貴重な答えが出てくる重要な質問だね。あなたの状況を考えて、あたなのために答えます。そしてわたしの答えを注意深くよく考えて、天のお父さまに祈りたずねてください。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">この例えについてよく考えてみてほしい。軍の全ての兵士たちは、尊敬の印として上官に敬礼をします。もしあなたが、その上官のことが好きではなかったり、尊敬していなくても状況に合わせて、あなたはその上官に敬礼をします。兵士または水兵が最初に学ぶことの一つに、あなたは「階級に敬礼するのであって、人にではない」というのがあります。これと同じことが、教会の中でも当てはまることがあります。 ある教会員が、こんなことを言っているのを聞いたことがあります。教会の指導者と問題があったとしても、それでもなお「その職に敬意を示すべきである」と。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">わたしは、この原則は正しいと信じています。そこであなたに尋ねたい。それで十分なのだろうか？指導者や両親に対し、ただ彼らの職や立場に敬意を示すだけで十分なのだろうかか？</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">違う観点から質問してみよう。わたしたちは、天のお父さまがわたしたちを愛しておられることを知っています。天父は神であり、神が人々を愛されることは当然だから、わたしたちを愛してくださるのだとしたら、「それだけで十分」なのでしょうか？それともわたしたちは、多くの欠点がありながらもわたしたち一人一人の特質のために、個人的に、深く、親密に、神にわたしたちのことを知ってもらいたいと思うだろうか？もちろんそうです。単に神の「仕事」だから、「義務」だからわたしたちを愛してくださるということではなく、理解を超えるほどわたしたちを愛してくださる神を、わたしたちは崇拝しているのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">あなたやわたし、すべての人々には大きな機会があります。わたしたちは、</span><i><span style="font-weight: 400;">天のお父さまと永遠に暮らす</span></i><span style="font-weight: 400;">ようにと招かれています。この賜物は無料です。わたしたちがしなければいけないことは、ただ天父からの招きを受け入れることです。受け入れるために、わたしたちは可能な限り戒めに従い、絶えず悔い改め、より良い人になれるよう常に努力することです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">今はまだ、神と共に住むことはできません。わたしたちの準備ができていないのです。まだ完全ではありませんが、完全に向かっている途中です。わたしたちは、神のようになりたいと思っています。神のようになれるよう努力しています。つまり、わたしたちは人々を愛する必要があるということです。 たとえ彼らが、わたしたちの標準に達していないとしてでもです。わたしたちは、これを親や兄弟といった自分の家族を通して練習します。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">わたしは父親です。わたしには、恥ずべき小さな秘密があります。それは、わたしは完璧な父親ではない、ということです。子育て中に、間違いをいっぱいしてきました。良いことも正しいこともしてきました。そのことを子供たちが覚えていてくれればいいのですが。しかし、長年わたしがした多くの愚かで不親切なことを、子供たちはきっと覚えていることでしょう。そのことは残念なことですが、それは死すべき人の状態であるがためなのです。世の中のわたしよりも良い父親でさえ、同じように自分の欠点を認めることでしょう。わたしたち父親は完璧ではありません。「わたしたちは全力を尽くした」と断言することもできません。そうしなかったからです。 全力を尽くすという目標は高過ぎました。しかしわたしたちの多くは、一生懸命努力しました。もしその努力が十分でないのならば、わたしたちの足りない部分を埋めてくださることを主に頼ります。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">シエラ、これがあなたへの答えです。答えはたった一つではありませんが、特にあなたの状況に合ったものです： </span></p>
<p><strong>あなたは、両親を尊敬する必要があります。あなたは、両親を敬えるような人になる必要があるからです。</strong></p>
<p><span style="font-weight: 400;">あなたやわたしに罪や欠点があるように</span><span style="font-weight: 400;">、神がわたしたちを愛し、大事にされるように。あなたの両親は親としての責任を果たしませんでしたが、神は彼らを愛しておられるように。シエラ、あなたは両親の欠点や愚かさを受け流し、彼らが神の息子・娘であり、子供たちを育てようと努力している人々として見る必要があります。彼らはあまりうまくできなかったかもしれません。多くの面で完全に失敗したかもしれません。それでもあなたの両親は、愛される神の子供なのであり、あなたが示す尊敬と敬意を必要としているかもしれません。そうでなくても、あなたのために、両親を尊敬することを学ぶ必要があるのです。</span></p>
<p><a href="https://files.morefaith.jp/2020/06/両親を尊敬する.png"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-medium wp-image-16321" src="https://files.morefaith.jp/2020/06/両親を尊敬する-300x300.png" alt="親を尊敬するとどうなるか" width="300" height="300" srcset="https://files.morefaith.jp/2020/06/両親を尊敬する-300x300.png 300w, https://files.morefaith.jp/2020/06/両親を尊敬する-150x150.png 150w, https://files.morefaith.jp/2020/06/両親を尊敬する-768x768.png 768w, https://files.morefaith.jp/2020/06/両親を尊敬する-440x440.png 440w, https://files.morefaith.jp/2020/06/両親を尊敬する-45x45.png 45w, https://files.morefaith.jp/2020/06/両親を尊敬する.png 800w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></a></p>
<p><span style="font-weight: 400;">両親が、あなたとあなたの兄弟に対して、親としての責任を果たさなかったことに関係なく、あなたが彼らを尊敬することを学ぶにつれ、天のお父さまと住むことができる女性に近づいていくでしょう。そして、あなたの理解を超える栄光と喜びと幸福を受け継ぎます。それはあなたや、主に従い、主の模範にならい、天父が授けようとされるすべてを受け継ぎたいと望むすべての人のために用意されているのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"> </span><span style="font-weight: 400;">おじいちゃんより</span></p>
<p>この記事はもともと<a href="https://askgramps.org/time-dont-honor-your-parents/" target="_blank" rel="nofollow noopener noreferrer">ask gramps</a>に投稿されたものです。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e5%ae%b6%e6%97%8f/%e8%a6%aa%e3%82%92%e5%b0%8a%e6%95%ac%e3%81%a7%e3%81%8d%e3%81%aa%e3%81%84/">親を尊敬できない！そんなときがあってもいいですか？</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
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			</item>
		<item>
		<title>誰でも簡単にできる祈り方</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Ayae]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 18 May 2020 04:26:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[戒め]]></category>
		<category><![CDATA[祈りの答え]]></category>
		<category><![CDATA[自己改善する方法]]></category>
		<category><![CDATA[贖罪の力]]></category>
		<guid isPermaLink="false">http://ja.elds.org/morumonkyo-com/?p=1633</guid>

					<description><![CDATA[<p>正しい祈り方を知っていますか？祈った時に幸せを感じたことがありますか？祈ることは誰でもできます。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e6%88%92%e3%82%81/%e7%a5%88%e3%82%8a%e6%96%b9/">誰でも簡単にできる祈り方</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">苦しい時、辛い時、神が心の安らぎを与えてくれたら&#8230;最愛の人を失い、落ち込んだ時に、慰めが欲しい&#8230;世界中で多くの人が様々な場面で祈り、苦しみが和らいだり、ピンチから助けられたり、祈りによって奇跡を体験しています。神社で健康祈願や合格祈願のために手をあわすのも、祈りの一種ですよね。この記事で紹介する誰でもすぐ実践できる正しい祈り方で、日々の生活に希望、奇跡、健康、幸せをアップ！</span></p>
<h2><b><br />
祈りとは何か？</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">クリスチャンの聖典にはこうあります。</span></p>
<blockquote><p><span style="font-weight: 400;">「あなたの必要とするあらゆる助けを神に叫び求めなさい。&#8230;あなたのすべての行いについて主と相談しなさい。そうすれば、主はあなたのためになる指示を与えてくださる。」（アルマ37:36−37）</span></p></blockquote>
<p><span style="font-weight: 400;">つまり、</span><b>神はわたし達に祈って欲しい</b><span style="font-weight: 400;">！みたいです。</span><b>やること全て、主なるキリストと相談して欲しい</b><span style="font-weight: 400;">みたいです。そうすると、なんと！直接</span><b>キリストからどうすればいいか指示が与えられる</b><span style="font-weight: 400;">って書いてあります。これ、サラッと書かれてますが、すごい事ですよね？！その相談を祈りによってします。</span></p>
<p><b>祈りは神と意思疎通する方法</b><span style="font-weight: 400;">です。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">「祈りの目的は、</span><span style="font-weight: 400;">神​の​御​心​を​変える​こと​で​は​なく、神​が​わたしたち​に​与えよう​と​すでに​備えて​おられる​祝福​を、自分​の​ため、また​人々​の​ため​に​得る​こと​で​ある。しかし、それ​を​得る​には​求め​なければ​ならない。</span><span style="font-weight: 400;">」（聖句ガイド―</span><a href="https://www.churchofjesuschrist.org/study/scriptures/gs/prayer?lang=jpn"><span style="font-weight: 400;">祈り</span></a><span style="font-weight: 400;">）</span></p>
<h2><b><br />
正しい祈り方</b></h2>
<p><iframe title="祈りは神と話す方法" width="800" height="450" src="https://www.youtube.com/embed/hLfxDBVuK34?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe></p>
<p><a href="https://files.morefaith.jp/2014/02/祈り方.jpg"><img loading="lazy" decoding="async" class="alignnone size-medium wp-image-16274" src="https://files.morefaith.jp/2014/02/祈り方-300x169.jpg" alt="祈り方の説明" width="300" height="169" srcset="https://files.morefaith.jp/2014/02/祈り方-300x169.jpg 300w, https://files.morefaith.jp/2014/02/祈り方-768x432.jpg 768w, https://files.morefaith.jp/2014/02/祈り方.jpg 960w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></a></p>
<p><span style="font-weight: 400;">イエス・キリストがわたしたちと神との間の<a href="https://morefaith.jp/イエスキリストと教え/モルモニズムの答え：キリストはどのような意味/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">仲保者</a>です。ですから終わり方は、「イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン」となります。</span></p>
<p><b>祈りの答えはすぐには来ない</b><span style="font-weight: 400;">かもしれません。また、答えがきているのに、それに</span><b>気づかない</b><span style="font-weight: 400;">かもしれません。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">祈りの答えを得るためのカギは諦めないことです。必ず答えが与えられると信じ、待ってください。また、心にふと考えや思いが浮かんだら、それが答えかもしれません。それが正しい答えか、もう一度祈りにより聞いてください。良い穏やかな気持ちを感じたり、暖かい気持ちを感じたら、そうです。ぜひ実行に移してください。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">主はこんな約束もなさっています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">「あなたは祈るとき、自分の部屋に入り、戸を閉じて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。すると、ひそかに見ておられるあなたの父は、公に報いてくださるであろう。（中略）あなたがたの天の父は、これらのものがすべてあなたがたに必要であることをご存知だからである。」（3ニーファイ13:6、32）</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">すごい約束ですね。密かに祈っているのに、公に報われるって&#8230;しかも、個人個人の必要に応じたケースバイケースで。自分に一番ベストな方法で、です。</span></p>
<h2><b><br />
いつ祈るのか？</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">主イエス・キリストの使徒であるジェームズ・E・ファウスト長老は、「</span><a href="https://www.churchofjesuschrist.org/study/general-conference/2002/04/the-lifeline-of-prayer?lang=jpn" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><span style="font-weight: 400;">祈りという命綱</span></a><span style="font-weight: 400;">」というお話の中でこう語っています。</span></p>
<blockquote><p><span style="font-weight: 400;">「自分の生活の、小さなことでも大きな関心事でも、わたしたちには日々祈る特権があります。わたしたちが直接神に叫んで乞い願わないまでも、わたしたちは祈りの中で、絶え間なく心を開いて神に心を向けるべきです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">この世のどのような権威者も、わたしたちが創造主に直接語りかけることを妨げることが出来ません。わたしたちが祈る時には、たとえ機械の故障や、停電が起こったとしても、妨げられることはありません。毎日、何回まで祈れるとか、どのくらい長くまで祈れるなどの制限は全くありません。</span><b>神様はいつでもどこでも耳を傾けてくださいます。」</b></p></blockquote>
<p><span style="font-weight: 400;">日々祈ること、朝夕、食事のためにも。</span></p>
<h2><b><br />
祈りの力</b></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">祈りは平安と、信仰と、生きる希望をもたらしてくれます。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">また、様々な研究において、祈りには体調を良くする効果があったり、ストレス改善、また心の健康にも効果的であると知られています。（</span><a href="https://matome.naver.jp/odai/2147729808368487601?&amp;page=1" target="_blank" rel="noopener noreferrer"><span style="font-weight: 400;">実験で実証された『祈り』の驚くべき効果</span></a><span style="font-weight: 400;">）</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">古代の預言者によって記録された『聖書』や『モルモン書』でも、人々の生活における祈りの力について話しています。</span></p>
<h3><span style="font-weight: 400;">【願いが叶う】</span></h3>
<p><span style="font-weight: 400;">『旧約聖書』には、不妊であったハンナが、神殿で息子が授かるように神に懇願した様子が書かれています。</span></p>
<blockquote><p><span style="font-weight: 400;">「ハンナは心に深く悲しみ、主に祈って、はげしく泣いた。そして誓いを立てて言った、『万軍の主よ、まことに、はしための悩みをかえりみ、わたしを覚え、はしためを忘れずに、はしために男の子を賜りますなら、わたしはその子を一生のあいだ主にささげ、かみそりをその頭にあてません。』（中略）そこでエリ［神殿の祭司］は答えた、『安心して行きなさい。どうかイスラエルの神があなたの求める願いを聞き届けられるように。』」（サムエル上1:10、11、17）</span></p></blockquote>
<p><b>神はハンナの祈りを聞かれ、彼女は息子、サムエルを授かりました</b><span style="font-weight: 400;">。そして彼は主の偉大な預言者になりました。ハンナはその後ほかの子供たちも授かりました。</span></p>
<h3><span style="font-weight: 400;">【守られる】</span></h3>
<p><span style="font-weight: 400;">ダニエルは一貫して神に祈ったので、ダニエルに嫉妬心を感じていた人たちの一部が、彼に対して陰謀を企み、彼はライオンの穴に投げ入れられてしまいました。</span></p>
<blockquote><p><span style="font-weight: 400;">「こうして王は朝まだき起きて、ししの穴へ急いで行ったが、ダニエルのいる穴に近づいたとき、『生ける神のしもべダニエルよ、あなたが常に仕えている神はあなたを救って、ししの害を免れさせることができたか。』ダニエルは王に言った、『王よ、どうか、とこしえに生きながらえられますように、わたしの神はその使いをおくって、ししの口を閉ざされたので、ししはわたしを害しませんでした。これはわたしに罪のないことが、神の前に認められたからです。王よ、わたしはあなたの前にも、何も悪い事をしなかったのです。』」（ダニエル6:19−22）</span></p></blockquote>
<h3><span style="font-weight: 400;">【赦される】</span></h3>
<p><span style="font-weight: 400;">『モルモン書』の劇的な改宗談の中で、アルマは息子のヒラマンに、自分の神に対する悔い改めの祈りによって、</span><b>恐れと罪悪感とが喜びと驚くべき光に変わった</b><span style="font-weight: 400;">事について話しました。</span></p>
<blockquote><p><span style="font-weight: 400;">「まことに、わたしは自分のあらゆる罪と不義を思い出し、そのために地獄の苦しみを味わった。わたしは自分が神に逆らってきたことと、神の聖なる戒めを守っていなかったことを知ったのである。（中略）わたしの罪悪が非常に大きかったので、神の御前に行くことを考えるだけで、わたしは言いようのない恐怖に責めさいなまれた。おお、そのときにわたしが思ったのは、自分が追放されて霊と肉体がともになくなってしまえば、神の御前に立たされて自分の行いを裁かれることはないだろうということであった。さて、三日三晩、わたしはまさに罰の定めを受けた者の苦痛に責めさいなまれた。そして（中略）かつて父がイエス・キリストという御方の来臨について民に預言するのを聞いたことを思い出した。イエス・キリストは神の御子であり、世の罪を贖うために来られるというのである。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">心にこの思いがはっきりと浮かんできたとき、わたしは心の中で、『おお、神の御子イエスよ、苦汁の中におり、永遠の死の鎖にしばられているわたしを憐れんでください』と叫んだ。さて見よ、このことを思ったとき、わたしはもはや苦痛を忘れることができた。まことに、わたしは二度と罪を思い出して苦しむことがなくなった。おお、何という喜びであったことか。何という驚くべき光をわたしは見たことか。まことに、わたしは前に感じた苦痛に勝るほどの喜びに満たされたのである。」（アルマ36:13-20）</span></p></blockquote>
<p><span style="font-weight: 400;">また、関東にお住みの主婦Aさんの経験。</span></p>
<h3><span style="font-weight: 400;">【見定める】</span></h3>
<p><span style="font-weight: 400;">家を買うと決めた時、どこに買ったらいいか夫婦でよく考えていました。限られた予算の中で、子供たちを育てる環境、ご近所さんとの関係、通学や通勤のしやすいなど条件がありました。わたしたち家族にとっていい場所に家を買うことができるように祈っていました。不動産屋さんの紹介でいくつかの場所へ行きました。それでも、ピンとくる場所はありませんでした。その日は一度帰り、また日を改めで不動産屋さんへ行くまでの間、毎日家族でよい場所に家を見つけることができるように祈りました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">その後不動産屋さんの紹介で別の場所へ行きましたが、そこもあまり気が進みませんでした。最後に不動産屋さんが出してきた場所の家は、特別いい物ではありませんでしたが、そのチラシがとても気になったので、紹介してもらいました。その場所に着いた時、そこに住むことが簡単にイメージできました。そして、家族みんながここがいい、と感じました。その後その場所へ引っ越し、数年が経ちます。ご近所さんに恵まれ、子供ものびのび育てることができています。</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-weight: 400;">それぞれの祈りは、必要と結果において非常に違っていますが、</span><b>神の時に従って、神の力を通じて答えられました</b><span style="font-weight: 400;">。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">もしあなたが神を知ること、心に平安を得ること、人生の疑問に答えを得ること、ピンチを助けて欲しい、あるいは罪の赦しを探し求めているのでしたら、祈りのステップに従い、真心から神である永遠の父に心の願いを告げるようにお勧めします。また、恵まれて幸せに暮らしていると感じていたら、どうか周りの人、世界中で困っている人のために祈ってください。あなたの祈りを神は必要としています。そして、あなたも神に祈ることが必要なのです。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"><br />
祈りの経験談や質問、コメント欄でお待ちしています。また、祈りについてもっと詳しく知りたい方は<a href="https://morefaith.jp/お問い合わせ/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">こちら</a>まで。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;"><br />
〈参照サイト〉</span></p>
<p><a href="https://jesus.christ.org/" target="_blank" rel="nofollow noopener noreferrer"><span style="font-weight: 400;">jesus.christ.org</span></a></p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e6%88%92%e3%82%81/%e7%a5%88%e3%82%8a%e6%96%b9/">誰でも簡単にできる祈り方</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
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		<item>
		<title>クリスマスの本当の意味</title>
		<link>https://morefaith.jp/%e3%82%a4%e3%83%99%e3%83%b3%e3%83%88%e3%83%bb%e8%a1%8c%e4%ba%8b/%e3%82%af%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%82%b9%e3%81%ae%e6%9c%ac%e5%bd%93%e3%81%ae%e6%84%8f%e5%91%b3/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[Aoi Villalobos]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 22 Dec 2018 05:22:38 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[イベント・行事]]></category>
		<category><![CDATA[あなた・わたしがキリストに近づくために]]></category>
		<category><![CDATA[クリスマスの過ごし方]]></category>
		<category><![CDATA[贖罪の力]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>日本とアメリカのクリスマスの違いは？</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e3%82%a4%e3%83%99%e3%83%b3%e3%83%88%e3%83%bb%e8%a1%8c%e4%ba%8b/%e3%82%af%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%82%b9%e3%81%ae%e6%9c%ac%e5%bd%93%e3%81%ae%e6%84%8f%e5%91%b3/">クリスマスの本当の意味</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400">「クリスマス」と聞くと、皆さんは何を思い浮かべますか？また、クリスマスの本当の意味って考えたことありますか？</span></p>
<h2><strong>日本のクリスマス</strong></h2>
<p><span style="font-weight: 400">わたしたち日本人にとって、クリスマスと言えば、カップルでロマンチックなデート、ケンタッキーフライドチキン、サンタさんの乗ったケーキ、イルミネーションなどがクリスマスを象徴するものではないでしょうか。わたしはクリスチャンになるまで、一度もクリスマスの本当の意味について深く考えたことがありませんでした。わたしは幼いころから、映画に出てくるような、真っ白い雪が降る日に、キラキラと輝く大きなクリスマスツリーの横に座り、静かで神聖なクリスマスを過ごすことに憧れて育ちました。幼いころのクリスマスは、家族みんなでツリーの飾りつけをして、チキンとケーキを食べたり、ゲームをして遊んだり楽しく過ごしましたが、大学生になり、実家を離れて一人暮らしを始めると、彼氏のいないクリスマスは寂しく、「自分には関係のないイベント」と感じるようになっていました。</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400"><br />
<strong>アメリカのクリスマス</strong></span></h2>
<p><span style="font-weight: 400">アメリカのクリスマスは、日本のクリスマスとは少し違います。まず、恋人と過ごすのではなく、家族や親戚と過ごします。国際結婚をしてアメリカに住んでいるわたしの家族の伝統は、感謝祭の次の日にクリスマスツリーと家中にクリスマスの飾りつけをし、それぞれ買ってきたクリスマスプレゼントをツリーの下に置きます。12月24日に家族や親戚で集まり、ハムや七面鳥、マッシュポテト、クリームコーン、デザートはケーキやパイを食べます。そして</span><a href="https://www.lds.org/manual/true-to-the-faith/family-home-evening?lang=jpn"><span style="font-weight: 400">家庭の夕べ</span></a><span style="font-weight: 400">でクリスマスの歌を歌ったり、イエス・キリストの生涯と、救い主に感謝していることなどを話します（子供がいる場合はクリスマスの劇をする家族もいます）。そして25日のクリスマス当日の朝にプレゼントを開けます。クリスマスの日はみんなでパジャマのまま、ココアを飲みながらゆっくり映画を観たりして過ごします。</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400"><br />
<strong>最高のクリスマスプレゼント</strong></span></h2>
<p><span style="font-weight: 400">わたしの義母は小学校で働いています。ある年のクリスマス前に授業参観がありました。その日はクリスマス前の最後の登校日だったので、子供たちはみんな、担任の先生（義母）にプレゼントを持って来ていました。しかし、そこに悲しそうに下を向いてうつむく男の子がいることに気が付きました。彼女はその男の子に「どうしたの？」と尋ねると、彼は悲しそうに、「先生に何もプレゼントを持って来れなかったんだ」と答えました。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">その時、その男の子の母親は刑務所にいました。父親は一日中働いていていましたが、とても貧しい家族であることを義母は知っていました。義母は男の子を力強く抱きしめ、「あなたが今日元気よく学校に来てくれたことがプレゼントよ。ありがとう」そう言いましたが、男の子はまだ下を向いてほかの子供たちが先生にプレゼントを渡す姿を眺めていました。しばらくして彼は着ていたセーターのポケットの中に手を入れると、何かとても良いことをひらめいた様子で大きく目を見開き、満面の笑みを浮かべて義母のもとにやってきました。そしてポケットからひとつのコインチョコレートを差し出して言いました。「先生に大事なものをあげたいんだ」義母は、目に涙を浮かべてそのチョコレートを受け取り、その男の子を強く抱きしめて、小さい声で言いました。「今までで一番のプレゼントよ。本当にありがとう」彼女は、本当にそのクリスマスプレゼントが今までで一番嬉しかったプレゼントだったと話しました。その男の子には、ほかの子供たちのようにプレゼントを買うお金も、高いコートを買うお金も、高価なおもちゃを買うお金もなかったのです。それでも彼は、彼が持っているすべてを与えてくれたのです。「その年のクリスマスが忘れられないわ。本当のクリスマスの意味を彼から学んだの」義母はそう話しました。</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400"><br />
<strong>クリスチャンにとっての本当のクリスマス</strong></span></h2>
<p><span style="font-weight: 400">クリスチャンになってからのクリスマスは、今までのクリスマスとは違って大きな意味を持つものとなりました。それはカップルで過ごすロマンチックな日でもなく、プレゼントをもらううれしいイベントでもなく、イルミネーションを見に行くことだけではなく、「イエス・キリストのことを考えるシーズン」となりました。わたしたちに救い主が与えられ、主の贖いを思い起こすことができます。イエス・キリストは、生涯人々に愛を与え続けました。そして今もわたしたちに愛を与え続けてくださっています。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400">クリスマスのこの時期、イエス・キリストがどんな人だったか、彼の贖いを通してわたしたちに何が与えられたか、どうすれば彼のようになれるか、どのような方法で周りの人に愛を与えることができるかを考えることで、クリスマスがもっと特別な日になることを約束します。</span></p>
<p><iframe title="大きな喜びをもたらす良い知らせ：イエス・キリストの誕生" width="800" height="450" src="https://www.youtube.com/embed/Iz8CoAFrhbg?start=196&#038;feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture; web-share" referrerpolicy="strict-origin-when-cross-origin" allowfullscreen></iframe></p>
<h2><span style="font-weight: 400"><br />
<strong>クリスマスにおすすめの聖書箇所</strong></span></h2>
<p><span style="font-weight: 400">・</span><a href="http://web1.kcn.jp/tombo/v2/JOHN01.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="font-weight: 400">ヨハネによる福音書第1章</span></a></p>
<p><span style="font-weight: 400">・</span><a href="http://web1.kcn.jp/tombo/v12/isaiah07.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="font-weight: 400">イザヤ書第7章</span></a></p>
<p><span style="font-weight: 400">・</span><a href="http://web1.kcn.jp/tombo/v12/isaiah09.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="font-weight: 400">イザヤ書第9章</span></a></p>
<p><span style="font-weight: 400">・</span><a href="http://web1.kcn.jp/tombo/v12/isaiah11.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="font-weight: 400">イザヤ書第11章</span></a></p>
<p><span style="font-weight: 400">・</span><a href="http://web1.kcn.jp/tombo/v12/isaiah53.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="font-weight: 400">イザヤ書第53章</span></a></p>
<p><span style="font-weight: 400">・</span><a href="http://web1.kcn.jp/tombo/v12/jeremiah23.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="font-weight: 400">エレミヤ書23節</span></a></p>
<p><span style="font-weight: 400">・</span><a href="http://web1.kcn.jp/tombo/V1/daniel07.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="font-weight: 400">ダニエル書第7章</span></a></p>
<p><span style="font-weight: 400">・</span><a href="http://web1.kcn.jp/tombo/v12/micah05.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="font-weight: 400">ミカ書第5章</span></a></p>
<p><span style="font-weight: 400">・</span><a href="http://web1.kcn.jp/tombo/v2/LUKE01.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="font-weight: 400">ルカによる福音書第1章</span></a></p>
<p><span style="font-weight: 400">・</span><a href="http://web1.kcn.jp/tombo/v2/MATTHEW01.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="font-weight: 400">マタイによる福音書第1章</span></a></p>
<p><span style="font-weight: 400">・</span><a href="http://web1.kcn.jp/tombo/v2/MATTHEW02.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="font-weight: 400">マタイによる福音書第2章</span></a></p>
<p><span style="font-weight: 400">・</span><a href="http://web1.kcn.jp/tombo/v2/LUKE02.html" target="_blank" rel="noopener"><span style="font-weight: 400">ルカによる福音第2章</span></a></p>
<p><span style="font-weight: 400">・<a href="https://www.lds.org/scriptures/bofm/hel/14?lang=jpn" target="_blank" rel="noopener">ヒラマン書14章</a></span></p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e3%82%a4%e3%83%99%e3%83%b3%e3%83%88%e3%83%bb%e8%a1%8c%e4%ba%8b/%e3%82%af%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%82%b9%e3%81%ae%e6%9c%ac%e5%bd%93%e3%81%ae%e6%84%8f%e5%91%b3/">クリスマスの本当の意味</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
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		<title>キリスト教に改宗して学んだ回復の祝福</title>
		<link>https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e3%82%ad%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88%e6%95%99%e3%81%ab%e6%94%b9%e5%ae%97/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[ゲスト]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 09 Nov 2018 04:08:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[教会員ってどんな人？]]></category>
		<category><![CDATA[バプテスマを受けて人生が変わる]]></category>
		<category><![CDATA[聖餐会でのお話]]></category>
		<category><![CDATA[贖罪の力]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://ja.elds.org/morumonkyo-com/?p=15231</guid>

					<description><![CDATA[<p>多感な思春期にこの教会にめぐりあえたこと、本当に感謝しています。</p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e6%95%99%e4%bc%9a%e5%93%a1%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%a9%e3%82%93%e3%81%aa%e4%ba%ba%ef%bc%9f/%e3%82%ad%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%88%e6%95%99%e3%81%ab%e6%94%b9%e5%ae%97/">キリスト教に改宗して学んだ回復の祝福</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p>末日聖徒イエス・キリスト教会（モルモン書があるので誤ってモルモン教と呼ばれる）では、約2000年前のキリストがおられた当時に設立されたキリスト教が、現在回復されたと信じています。それによって救いに欠かせない教えや儀式などが回復されました。回復に伴う祝福を、末日聖徒イエス・キリスト教会に改宗することで実感してきました。回復の祝福と言うとたくさんありますが、その中で二つ、わたしにとって一番大切なことについて話したいと思います。</p>
<h2>神様がわたしたちを愛しておられるという知識</h2>
<p>一つ目は、神様がわたしたちを愛しておられるという知識があることです。わたしは14歳の時に改宗しました。14歳というと、ちょうど思春期だったり色々と多感な時期だと思いますが、当時のわたしもまさにそのような状態でした。自分と周りの人を比べては自信をなくし、「ああ、もしわたしがあの子みたいだったら幸せだったのに」とよく思っていました。しかし、宣教師がわたしに神様について教えてくれました。神様が実在し、わたしのことを愛しておられると教えてくれました。わたしに会う度に「神様は本当にまりちゃんのことを愛しているよ」と伝えてくれました。この知識は当時のわたしにとって大きな希望、また光でした。そしてある日、学校にたくさんの生徒がいる中で、この素晴らしい事実を知っている人はわたし以外に誰もいない、ということに気が付きました。その時に、周りの人をうらやむ気持ちが一瞬にして消えました。自分はなんて幸せなんだ、と信じられませんでした。<a href="https://www.lds.org/general-conference/2014/10/living-the-gospel-joyful?lang=jpn&amp;country=de">ウークトドルフ管長</a>が「今まさに，そしていつも，神は皆さんを愛しておられます。皆さんが弱点や悪い習慣を克服できたら愛そうと思っておられるのではありません。皆さんの困難を完全に理解したうえで、今、愛しておられます」と言っています。どこにいても、わたしがどのような状態でも、わたしのすべてを知り、変わらず愛してくれる存在があると知った時、自分に自信を持てるようになりました。</p>
<h2>イエス・キリストの贖いについての知識</h2>
<p>二つ目は、イエス・キリストの贖いについての知識があることです。この福音を知る前は、悔い改めの機会が与えられていることや、その方法を知りませんでした。小学生のころに本を読んで、イエス・キリストが十字架にかけられたことは知っていましたが、それがわたしのためだとは思いもしませんでした。しかし、イエス・キリストがわたしたちに悔い改めの機会を与えるために、わたしの罪を代わりに負い、十字架に架けられたと宣教師が教えてくれました。そのころのわたしは反抗期真っただ中で、故意にたくさんの間違いをおかしていました。でも、自分では悪いことをしていると分かっていたので、いつも罪悪感がありました。いつこの悪い行動が親にばれてしまうのか、ほかの人にこのことを知られたらどう思われるのか、といつも不安でした。良い方向に変わりたくても、自分のしてしまった過去は変えられない、わたしはこの罪悪感を一生背負って生きていくんだと思うと、毎日とても苦しかったです。</p>
<p>そんな時に、イエス・キリストがわたしのためにしてくださったことを宣教師が教えてくれました。その当時も今も、これ以上に素晴らしいことは聞いたことがありません。悔い改めてバプテスマを受けるだけで、この罪悪感を捨てることができると知った時に、何があってもこの祝福を受けたいと思いました。<a href="https://www.lds.org/general-conference/2015/04/latter-day-saints-keep-on-trying?lang=jpn">レンランド長老</a>が「神はその憐れみのゆえに、わたしたちが悔い改めて罪から離れるときに赦すと約束してくださっています。&#8230;&#8230;わたしたちは、キリストの贖いと自分自身の悔い改めによって、過去の行いを振り返ってこう言うことができるのです。『そうなのです。しかし今は違います。』どんなに悪に染まっていたとしても、こう言うことができます。『それがわたしでした。でも、もはや今のわたしは、かつての悪かったわたしではありません』」と話しています。彼の言葉が真実だと知っています。</p>
<p>自分の間違いを認めることは恥ずかしいことがあります。結婚してからも、自分の間違いを主人のせいにして謝らないことも多々ありました。しかし、自分の間違いを認め、悔い改めることは価値があることだと知っています。</p>
<p>著者：オールレッド真理子</p>
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		<title>失敗から学ぶともっと幸せになれる</title>
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		<dc:creator><![CDATA[スミス 寿子]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 04 Nov 2018 05:29:11 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[生活の知恵]]></category>
		<category><![CDATA[あなた・わたしがキリストに近づくために]]></category>
		<category><![CDATA[神様からあなたへのメッセージ]]></category>
		<category><![CDATA[贖罪の力]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>「失敗」と「イエス・キリストの贖い」と「わたし」の関係。</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-weight: 400;">自分の能力以上の仕事を果たそうとするときに、誰もが直面する大きな課題について近頃気付かされたことがありました。ミュージカル「ディア・エヴァン・ハンセン」の中の素晴らしい歌「So Big/So Small」は、あるシングル・マザーについて歌われたもので、息子を一人で育てることに力不足を感じている彼女の気持ちが表現されています。彼女は、自分の努力を内省し、次のように歌います。「わたしは、行けないときもあることを知っていた。満足させてあげられないこともあるだろうと思っていた。試行錯誤してもできないこともあるだろうと分かっていた。これまでもそうだったし、今もそうだし、そしてこれからもそうなのだろう。」</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;">わたしが初めてこの歌を聞いた時に、最後のこの歌詞がわたしの心に響き渡りました。「試行錯誤してもできないこともあるだろう」のフレーズには、親しみを感じます。わたしも数え切れないほどの失敗をしてきました。その失敗とは、過去の過ちや現在の欠点、確実に起こる未来の失敗も含まれます。考え出すと、圧倒されてしまいます。自分の失敗について思いを巡らすのは有効的ではありませんが、時に避けられないこともあります。失敗は、日ごろからわたしたち全員に影響を与えます。親も子供も経験します。それはまた、強い人にも弱い人にも及びます。おそらく最も悔しいと感じるのは、一生懸命にベストを尽くしているのに、それでも失敗するときです。すべての人は、いらだって泣き叫び、「なぜ人生はこんなにも難しいのだろう？なぜ何度も失敗するのだろう？どんなに頑張っても、どうしてわたしは成功できないのだろう？」と言うのではないでしょうか。</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;">わたしは心理学者なので、失敗の経験からくじけてしまった多くの人々に働きかける機会があります。大多数は、</span>自分は十分ではないという考えから抜け出すことができず<span style="font-weight: 400;">、落ち込み、落胆しています。</span><span style="font-weight: 400;">落ち込みは感情を破壊し、経験の全体像をゆがんで見えるようにしてしまいます。さらに落ち込むにつれ、失敗の痛みが激しくなり、以前は気にならなかったことが気になりだして前へ進めなくなるほど、大きな重荷に感じるようになります。これは多くの人から希望を奪う下方スパイラルですが、わたしは自分の経験から、失敗について大切な2つの教訓を学びました。その経験から、わたし自身が助けられ、クライエントがいらだちに対処し、落ち込みむ回数を減らし、もっと幸せを感じられるようになりました。</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;">1. 失敗は一時的なものである</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">人が失敗をする時の最大の問題点に、失敗を人格として捉えてしまうことがあります。自分に向かって、「わたしはダメダメだ」と言ったことはありませんか？あなたは一人ではありません。これは特に、末日聖徒イエス・キリスト教会の会員</span><span style="font-weight: 400;">がよく感じることです</span><span style="font-weight: 400;">。わたしたちは高い標準に従った生活をするよう勧められていますが、何度も頻繁に失敗せずに生活するなど不可能です。失敗を自分が行ったことととらえず、自分自身のことをダメ人間ととらえてしまうと、そこには進歩や幸福が入るスペースがなくなってしまいます。「わたしはダメ人間だ」と「わたしは今日失敗した」の2つの文の違いをよく考えてみてください。最初の文は永続性を暗示していて、2つ目の文はある程度の希望が示唆されています。もしあなたが、今日自分は全面的にダメだったと思ったところで、明日になったら何か変わるでしょうか？この種の考え方は、人生において広範に影を投げかけ、絶望へと導きます。しかし、2つ目の文「わたしは今日失敗した」は、現在のあなたの欠点を認めていますが、明日は違うという楽観的な感覚を残しています。</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;">実際には、「わたしはダメ人間だ」と「わたしは成功者だ」という文は、共に正確ではありません。すべてのことにおいて、成功していると主張できる人は全く存在しません。一番頭の良い人であっても、失敗を経験します。「今日わたしは、成功よりもより多くの失敗をした」または「今日わたしは、失敗よりもより多くの成功をした」の方がもっと正確な表現です。何週間、何ヶ月、何年もかけて、一連の経験パターンが自己をかたどっていきます。「失敗者、つまりダメ人間であることと、よく失敗してしまうことはどう違うのでしょうか？結果は同じです」と、反論する人がいるかもしれません。わたしは、この考えに対して反対意見を述べます。この人の毎日の結果は同じかもしれませんが、失敗に対する考え方はとても異なります。わたしたちは希望を失うと、変わることができるという信念も失い始めます。もうこれ以上変わることができないと信じることは、間違っているのです。</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;">ポジティブとネガティブの両方の見方は、全く同じ方法で発展します。心理学者がこれを発見するよりずっと前に、モルモン書に登場する預言者アルマは理解していました。アルマは、息子のヒラマンに勧告を与え、「小さな、簡単なことによって大いなることが成し遂げられるのである」（アルマ書37:6）と言いました。もしあなたが、刻一刻とネガティブなことに焦点を当てるならば、「小さな、簡単な思い」はやがて「大きくて、複雑なこと」になり、あなたの考え方と行動に大きな影響を与えることでしょう。落ち込みや絶望を刺激するこのような問題パターンに、自分が陥っていると気づく人もいるかもしれません。しかし、アルマの勧告に従えば、このパターンから抜け出すことができます。たとえ少しの間だけでも、もし何かポジティブなことに焦点を当てようとするならば、効果があります。自分の失敗を一時的なものであると考え、次の日には改善する努力をすると決意するならば、これが新しいパターンの始まりとなるでしょう。わたしたちは、一度に1つずつネガティブな思いとの戦いに勝ちます。今日は、成功の数より失敗の数の方が多かったですか？そうかもしれません。明日も、成功するよりももっと失敗するのでしょうか？そんなことは誰にもわかりません。今日の太陽が沈む前に、明日の結末を決めないようにしましょう。失敗は一時的なものです。自分の失敗を認め、達成を祝い、常にさらなる努力を続けましょう。</span></p>
<h2><span style="font-weight: 400;"><br />
2. 失敗することも大切</span></h2>
<p><span style="font-weight: 400;">高慢は万国共通の問題であり、わたしたちが霊的に成長するのを阻みます。理由が何であれ、わたしたちは自分の成功を目の当たりにすると、成長の原点が神であることをすぐに忘れてしまいます。失敗は、高慢に対し抑制的な役割を果たします。わたしたちが謙遜になるのを助け、従順であるよう勧め、天からの祝福と守りを与えてくれます。残念なことに、失敗を受け入れられない人々が多くいます。わたしは、ある地元の小学校で、勝敗が生まれる活動を休み時間にすることを禁止したという話を聞きました。休み時間に、子供たちが急にサッカーの試合などを始めれば、「勝者」と「敗者」が生まれることを学校管理者が心配したためでした。学校側は、誰にも敗者になって欲しくなかったため、解決策として、敗者または失敗する者が生まれる可能性のあるものを排除する決断をしたのでした。</span></p>
<p><span style="font-weight: 400;">わたしは、学校管理者は、善かれと思ってこの決断をしたと理解していますが、彼らの意図は間違った方向へ向いていると感じています。すべての人が常に成功し、決して苦い思いを経験しない、失敗のない世界を想像してみてください。天上の大会議で、不名誉に提示されたあの要求を連想しませんか？ルシフェルの計画は、誰一人として失われないことを前提に、天父の幸福の計画を実行するというものでした。彼の無力な計画は即座に却下され、彼に従った者たちは惨めな状態に落ちました（注釈：天上の大会議とは、</span><span style="font-weight: 400;">前世​に​おいて​開かれた​会議。この​会議​で​御父​は​この​地球​に​来る​こと​に​なって​いた​すべて​の​霊​の​子供​たち​に、御​自身​の​計画​を​明らか​に​されました。この天父の計画に従い、イエス・キリストは、救い主となることを聖約されました。これに反し、神のもう一人の霊の子であったルシフェルは人の選択の自由を損なおうとしました。ルシフェルはサタンとなり、サタンとサタンに従った霊は天から投げ落され、肉体を受けて現世の生活を経験するという特権を失いました）。</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;">天父は、サタンが地上にさまよい、毎日わたしたちを誘惑することを容認しておられ、失敗から学ぶ機会を与えてくださっています。わたしたちは、大なり小なり日常的にサタンの誘惑に屈します。ときにわたしは、とても成功を収めていると感じる日もあります。このような日の終わりにひざまずいて祈るときに、わたしの祈りには、熱心さが欠けていることはいなめません。しかしサタンの誘惑に負けた日の、わたしの祈りはかなり違います。失意のうちに崩れ落ち、助け、赦し、強さを求めて心から祈ります。このような祈りはもっと効力があり、わたしが天父により近づけるよう助けてくれます。成功は、わたしたちをこのような祈りへと導かず、失敗はわたしたちを心から祈るよう駆り立ててくれます。</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;">モルモン書の預言者アンモンと伝道の同僚たちは、レーマン人に福音を伝えるために出かけて行きました。彼らは、非常に困難な任務に直面しました。レーマン人は、ニーファイ人（アンモンや同僚たちはニーファイ人）に敵対心を抱いており、かたくなな人たちでした。わたしたちは、この宣教師たちが経験した奇跡の話をよく知っています。しかし、大きな努力と苦しみがあったからこその奇跡であるということが軽視されがちです。彼らの伝道の経験について、アンモンはこう説明しました。「私たちが意気消沈して、まさに引き返そうとしたときに、見よ、主はわたしたちを慰め、『あなた方の同胞であるレーマン人の中に行き、忍耐して苦難に耐えなさい。そうすれば、あなたがたに成功を得させよう』と言われた」（アルマ書26:27）。このときの主のタイミングには、重要な意味があると思います。「最初の失敗の後に」とも「わたしたちの意欲が50パーセントに達したら」とも書かれていません。彼らは意気消沈し、「まさに引き返そう」としていたと書かれています。つまり、彼らは完全に疲れ切っていました。彼らの信仰と精神力は限界でした。彼らは、来る日も来る日も一生懸命に働いたのにもかかわらず、失敗に失敗を重ねました。彼らは落ち込み、虐げられました。まさにそのときに、主は現れ、彼らを元気づけられ、今後成功を得させると約束されました。この成功は、彼らが経験した中でも最高のものでした。あなたも、人生の中で似たような経験をすることでしょう。失敗よりも成功を楽しむ一方で、成功よりも失敗から多くのことを学び成長するでしょう。失敗は、あなたが、天父が望むような人になれるよう助けてくれます。失敗することも大切なのです。</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;">失敗は「一時的」で「大切である」という理由は、イエス・キリストの贖いがあるからだということを覚えていてください。もし赦しと変わることが許されないならば、失敗は深刻な脅威となるでしょう。しかし、救い主の贖いの犠牲により、すべての喪失、悲劇、過ち、苦悩は聖別され、わたしたちの成長や幸福へと変化することができます。主は、預言者ジョセフ・スミスに襲いかかる恐ろしい数々の出来事の前兆を示した後に、「これらのことはすべて、あなたに経験を与え、あなたの益となるであろう」（教義と聖約122:7）と勧告されました。失敗を成功へと導く唯一の方法は、わたしたちの崇高な救い主の憐れみを通してのみ与えられます。主は、素晴らしい賜物をわたしたちに与えてくださいました。</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;"><br />
</span><span style="font-weight: 400;">失敗を恐れないでください。優しい愛ある天父から与えられた、学びのプロセスであると考えてみてください。悔い改めと聖別によりもたらされる、変わることができ、成長する最高のチャンスであるという見方をしてみてください。毎日ベストを尽くしてください。感謝して、あなたの成功を喜び、謙遜になって失敗から学んでください。より大きな希望と幸せがあなたを待っています。</span></p>
<p><i><span style="font-weight: 400;"><br />
この記事はもともとDr. David T. Morganによって書かれ、</span></i><a href="http://www.ldsliving.com/" target="_blank" rel="nofollow noopener"><i><span style="font-weight: 400;">ldsliving.com</span></i></a><i><span style="font-weight: 400;">に</span></i><a href="http://www.ldsliving.com/LDS-Psychologist-Changing-Your-View-of-Failure-Will-Increase-Your-Happiness/s/88546/?utm_source=ldsliving&amp;utm_medium=sidebar&amp;utm_campaign=related" target="_blank" rel="nofollow noopener"><i><span style="font-weight: 400;">LDS Psychologist: Changing Your View of Failure Will Increase Your Happiness</span></i></a><i><span style="font-weight: 400;">のタイトルで投稿されました。<br />
<span data-sheets-value="{&quot;1&quot;:2,&quot;2&quot;:&quot;日本語©2018 LDS Living, A Division of Deseret Book Company | English ©2018 LDS Living, A Division of Deseret Book Company&quot;}" data-sheets-userformat="{&quot;2&quot;:6723,&quot;3&quot;:[null,0],&quot;4&quot;:[null,2,16777215],&quot;9&quot;:0,&quot;12&quot;:0,&quot;14&quot;:[null,2,0],&quot;15&quot;:&quot;Arial&quot;}">日本語©2018 LDS Living, A Division of Deseret Book Company | English ©2018 LDS Living, A Division of Deseret Book Company</span><br />
</span></i></p>
<p>The post <a href="https://morefaith.jp/%e7%94%9f%e6%b4%bb%e3%81%ae%e7%9f%a5%e6%81%b5/%e5%a4%b1%e6%95%97%e3%81%8b%e3%82%89%e5%ad%a6%e3%81%b6/">失敗から学ぶともっと幸せになれる</a> appeared first on <a href="https://morefaith.jp">信仰プラス</a>.</p>
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